お勉強34 王子様の日記帳

 ゴリピーが行けないと、そう告げた意味。

 ここは。


 ――森のダンジョンはダンジョンではなくて、だから。



 だから守護水晶に認められた魔物じゃないと入れない。入れるのは女王だけ。

 目の前に鎮座するこの緑色の水晶は、守護水晶じゃない。偽物。二つの守護水晶を見たから判る。


 これには神聖で神秘的な何かは全く感じない。見た目だけが良く似た、ただの石だ。

 穢れた守護水晶が本来在るべき場所になければ、その影響を受けずに聖域は聖域のままで、ダンジョン化しないのだろう。


 ……やってくれてるよな、本当。

 勇者の俺がそう感じるんだから、同じく穢れ浄化要員の聖女であるエミリアも、多分俺と同じことを感じる筈だ。

 でも聖域もダンジョンも人間は勇者パーティしか入れない筈なのに、どうやって入れ替えたんだ?


 謎は残るが、取り敢えず証拠を提示するために台座から偽水晶を取る。

 そして近くで淡く白い光を放っているショートカット魔法陣の上に乗ってヴォン!と転移すれば、聖域の入口へと一瞬にして戻ってきた。


「お待たせしました!」

「お帰りなさい」

「ケッケコー」


 タッとゴリピー達のところに駆け寄って行くと、ピョンとトリィが跳んできたので、偽水晶を抱えていない方の腕で受け止める。

 コイツめっちゃ俺になついたよな。


「じゃ、城に行きますか!」

「……それ、持って行くのォ?」

「ん? あ、はい。大事な証拠なので持って行って、本物はどこや!って、突きつけてやります」

「そう。……アタシ達に協力してくれてありがとう、勇者」

「いえいえ別に…………えっ」


 普通に返しかけ、何やら聞き捨てならない単語があったことに恐る恐る見れば、ゴリピーは苦笑した。


「付き人って勘違いして、ゴメンなさいねェ。クイーンハーピーさまに言われたの。『本当に貴様はクソだな! アイツが勇者だろうがァ!』って」

「女王が!? え、どうやって」

「迷いなく防御壁を解除できるってのと、聖域に行きたいって坊やの発言ね。ほら、聖域ダンジョンは人族だと勇者一行しか入れないから。勇者の付き人って言っても、力を持つ者に該当しないから入れる訳ないのよねェ。それに聖剣をこのクソとか言えるのは、所有者の勇者しか有り得ないだろ!って」


 何と! 自分が勇者だってことを無意識の内に口からポロリしていたとは。

 というか、女王それだけの情報で見抜いたのスゲェ!


「えっと、何と言うか、やっぱり勇者と魔物って一般的には敵対関係ですし。俺その、ゴリピーいわくキンキラ坊やにも従者って勘違いされていましたし。そりゃ俺とカインだけなら、銀の鎧着ている方が勇者っぽく見えると思いますけど。俺別に自分から従者とか付き人って言ってませんし」

「ウッフフフフフ! そんなキョドキョドして言わなくてもいいわよォ。本当に坊やって不思議な子ねェ。何だか毒気抜かれちゃって、戦う気が起きなくなるんだもの」

「コケッ! コココココケッ!」

「『トリィも! お前のことは嫌いじゃない!』ですって」

「ゴリピー。トリィ」


 何て良い魔物達なんだ。

 俺、お前達のために頑張るからな!


「行きましょう、ユグドラシルさまを救出しに!! ついでに守護水晶の奪還も!!」

「勇者がそれついでにしちゃダメじゃない。フフッ、了解!」

「コケー!」


 宵闇の中、一人と一体と一羽は上空へと舞い上がった。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 …………舞い上がった筈だった。


「ふざけているのか貴様ァ!!」

「ブボゥッ」

「ゴリピィィィ!!」

「コッ!」


 恐る恐る女王にご報告申し上げていたゴリピーが暴力を振るわれるのを、俺とトリィはただ見ていることしかできなかった。


 俺達は一度大樹へと戻ってきていた。

 何故なら、ゴリピーは飛べなかったのだ。


 語弊ごへいがあった。飛んだけど夜だからよく見えなくてしばらく空を彷徨さまよい、このままだと迷子になりそうだったから朝にしようって俺が言った。


 とり目という単語があるように、フクロウやミミズクでもないハーピーゴリピーはただの鳥に属するようで、暗いところや夜は普通に目がよく見えなくなるらしい。

 だったら何で聖域には行けたのかと言えば、そこは近かったからだそうな。早く言えや!


 そして何とか大樹まで戻ってきて、初めて来た時と同様、上から歩いて坂を下りて行くのをまたもや女王の風に飛ばされて、今度は加減を正確にしてくれたようで顔面スライディングすることはなかった。

 「…………早い戻りだなァ」と目を細めて女王が言ったのを、そこでゴリピーが恐る恐る彼女にご報告申し上げたと。


「あ、ああああ朝には出発しますから! どうかそこまでで勘弁してやって下さい!」

「コケエェェェ~」


 もう見ていられなくて嘆願たんがんすれば、一旦その手を止めた女王の目がキロリと俺を見た。


「お前が勇者なのはもう判っている。弱い振りをするのは止めろ!」

「え? いや、俺自体は弱いです。穢れの浄化要員で非戦闘員ですから」

「は? ふざけ――」

「ふざけてないです本気ですマジと書いて本気と読みます!!」


 俺は見逃さなかったぞ、言いながらその腕を動かそうとしていたのを! 危ない!


「……フン。確かに“力”の領分は勇者ではないな。だが、勇者という者は必ず何かの能力が突出とっしゅつしている生き物だ。それが何なのか、お前自身はまだ知らぬのか」

「知りませんでした。そんな話は何度目かの初耳です」


 何だそれは。大陸に上陸してからも初耳なことが多過ぎるぞ。

 というかその何かの能力ってまさか、魔物ホイホイ集中砲火のことなのでは。

 え、マジで特殊能力だった?


 真顔になる俺にトリィが、「コッコケェ?」と鳴いた。

 現在ゴリピーはピクピクして倒れているので、通訳は不可能だ。


「えっと」

「『お前寝なくて大丈夫なんか?』だ。妾らは人族のように眠らなくても支障はないが、お前は差し障るだろう。坂の途中に部屋になっているところがある。そこで休むが良い」


 困っていたらわざわざ女王が通訳してくれ、そんなことを言われて首を傾げる。


「部屋って誰のですか? いいんですか、勝手に使って」

「死した者はどうこう言わぬ。好きに使え」

「……分かりました。えっと、ありがとうございます」


 ペコリと頭を下げて、トリィを降ろそうとしたら暴れたため一緒に連れていくことに。

 坂を登って行って暫くすると、確かに芯側に中に入るための扉があった。いつも女王の風に飛ばされていたから、見逃したんだな。


 開けたらキィときしんだ音が鳴る。

 中は二、三人が過ごせそうなほどのまぁまぁな広さで、木製の小さな机と椅子、蔓で編んだらしいハンモックなどがあった。

 大木の中に部屋ってファンタジーみたいだ。


 中に入ってハンモックを確認したら劣化してもほこりを被ってもいなかったので、普通に寝られそうだ。

 こんな家具とかがあるんなら、もしかしてここ、人間が使っていたのか?


「コケッ」

「あ」


 トリィがピョンと腕の中から抜け出し、テッテケテーと部屋の中を走り始めた。


「おい、俺これから寝るんだぞ。お前が走り回るとうるさくて寝られないだろ」

「コォケコー! コッコッコ! コッコッコ!」

「通訳いないからお前が何言っているか分から……え、なに? こっち来い?」


 机の奥に棚があって、そこに乗ってピョンピョン跳んで何か訴えているようだったので行けば、「コケ!」と棚に置いてある一つの古ぼけた箱を尾で指し示す。


「コッコッコ! コッコッコ!」

「あー、うん。多分開けろってことだよな……?」


 えさでも入っているんだろうか? 腐ってないか?と思いながら開ければ、本が一冊……いや、これ日記帳っぽいな?

 俺に人様の日記を読む大胆な趣味はないのだが。


 しかしジッと見つめてくる目があるので、読めと言うことなのだろう。

 箱に入っていたせいか表の保存状態は良いが、しかし手に取ってみたら思ったよりも厚さに対して軽いような。


「あ、やっぱり」

「コケッ!?」


 日記帳の見る方向を変えれば、数十枚くらい破り取られた形跡があった。

 留め紐も解いて一応中もあらためてみたが、記入していただろうページは全部取られている。


「コー……」


 それを一緒に見ていたトリィが、すごく悲しそうな鳴き声を漏らした。

 そんなに読ませたかったんだろうか。


「えっと、何て言うか。残念だな」


 声を掛けても鳴き声を出すことなく、しょんぼりとして棚から降り、テ……テ……と足取りも重く、椅子にジャンプして丸まってふて寝の態勢に入っている。

 何も残されていない日記帳を持っていても仕方がないので、箱に戻す……あっ。


 日記帳のカバーが何かの皮で作られているので、ツルリと滑って床に落としてしまった。

 かがんで拾い上げて、落とした拍子ひょうしに開いてしまったページを見て、あれっと目が丸くなる。


 何やら文字が書いてあった。

 このページは破り取られたところから、空白二ページ挟んだページに記されている。


 あ、分かったぞ。これ、次のページまくる時に重なっているの気づかなかったパターンだろ。

 ……ん? とすると、破り取ったのは持ち主じゃなくて別人か? 書いた本人ならどこまで内容書いたか分かるだろうし。


 取り敢えず、それだけでも読んでみる。

 やっぱり見たことのない文字の羅列だけど、不思議と読めた。



『生還を果たしたら、一番にユグドラシルへ語って聞かせよう。その時がとても楽しみだ。

 ユグドラシルと彼女を慕うクイーンハーピー、それにサウザス。


 俺が旅立つゆえ、サウザスは一人、この森を人族側の立場で守らなければならない。

 俺がシルフィードを不在にする間、ある懸念けねんを失くすため、サウザスにあれをたくそうと考える。俺のためにと作られたものだが、国を、物心ついた時からの遊び場であったこの森を想う気持ちを、彼も理解してくれる筈だ。


 彼の言う通り、懸念が杞憂きゆうであれば良い。

 仲間であるから信じたい半面、俺も立場があるから疑いを捨て去ることはできない。

 旅立つこの時まで決断に悩むとは、俺もまだまだ未熟である。遅過ぎる判断は命取りになると言うのに。


 ……生還を果たして後、我が家族、偉大なるユグドラシル、我が親友であるサウザスの笑顔を、再びこの目にすることを――』



「――することを願う。祈りを込めて――――セルジュ=アネモス=ツー=シルフィード。…………えっ、これ書いたのってシルフィードの王子さま!?」


 今……じゃ、ないよな!

 これ古いし女王さっき死した者って言ってたもんな! 王族の日記勝手に読んじゃった!ってビビったぜ!!

 ……うん? あれでもトールが名乗った時って、ラダって言ってなかったっけ? ツー??


 そこら辺の貴族の名前継承の法則は全くの無知識だが、ここから拾える知識は王子さまが旅に出たってことと、森が親友サウザスとの遊び場で、ユグドラシルとも親しい関係性であったということ。

 あと王子さまには何やら心配事があって、王子さまの私物をサウザスにあげたらしいことだ。


 ページが破り取られていなければもっと何かしらの情報は得られただろうが、この奇跡的に残っていた一ページだけでも何だかすごい情報を得た気がする。


 トールも、この日記をつけた人物だって良い人間っぽいのに、どうして今のシルフィードは嫌な感じになったんだろう。

 やっぱあれか? 王位争いで性根の悪いヤツが勝っちゃったのか? 謎や。


 故人こじんの物を勝手に持ち出すのは躊躇ためらわれるので、キッチリと留め紐を結んで箱に戻す。

 ……多分これは、ここにあった方がいい。そんな気がする。


 そして俺は慎重にハンモックに乗り、ようやく就寝。一応ふて寝中のトリィに小さな声で挨拶する。


「お休み、トリィ」

「コケー」


 起きてたんかい。

 明日は確実に大変だろうなぁと思いながら、横になった途端に襲ってきた睡魔すいまに身をゆだねた。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 日が入るまだ薄暗い朝焼けの空の下、大樹の穴の入口へと立つ。


 両肩にゴリピー、腕にトリィ、そして器用にも風を操って作ったらしい蔓ポシェット(制作:女王)に偽水晶を入れたずさえた俺は、空へと向かって飛翔した。


「行くぞ! シルフィード城へ!!」



 ――ユグドラシルを救出し、守護水晶を取り戻す!!

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