お勉強33 やさぐれ勇者は確認する

 思念連絡の存在を思い出して呼び掛けてみたら大音量が返ってきて、思わず両手で頭を押さえた俺にゴリピーとトリィがそれぞれ、「どうしたの!?」「コケェッ!?」と声を上げる。


 思念だから俺が今どんな状態なのか聖剣に見える筈もなく、アイツは引き続き大音量で喋ってきた。


<勇者の感情は感じ取れるゆえ、其方が無事であることは分かっておったが! いつ連絡をしてくるのかとずっと待っていたというのに、遅い! 余りにも遅いではないか!! 其方の傍に在れず、我はずっとカタカタカタカタと――>

「あーーーーっ、俺の保護者かお前は!? つか音量下げろ!」


 ドデカ音量で、頭の中がキンキンうるさいったらありゃしない!


「ぼ、坊や?」

「何だ突然」


 あ。思わず口に出したから、ハーピー二体から不審な視線を向けられてしまった。


「坊や、一人で騒ぐ時あるわよねェ」

「この小僧大丈夫なのか?」


 とか言われている!


(お前のせいでゴリピーと女王から変な目で見られただろうが!)

<何の話だ!? こちらはこちらで其方が連れさらわれてから、とてつもなく重い空気感だと言うに>

(あっ、そうだ! カインは!? やっぱりビルの備蓄にベネロ草なかったか? こっちはハーピーの言う通り、ちゃんとあって採取もしたぞ!)

<……聖騎士は無事である。聖女の力により、石化は解除された>

(…………は?)


 ……え? ちょっと待てどういうことだ。


 顔が引きりそうになりながらも、何とか思念をしぼり出す。


(……石化の解除、ベネロ草だけじゃなかったのか?)

<…………聖女の持つ力は光の浄化。穢れを浄化可能であれば、魔物から受けた人体に影響を及ぼす状態異常もまた、浄化可能である>

「聖剣このクソお前えええぇぇぇ!!!」

「「「!!?」」」


 二体と一羽がビクッとするのも目に入らず、額に青筋を浮かべて大陸のどっかにいる聖剣に思念と口どっちもで文句を言う。


「喋るまでのその! 絶対エミリアがやってから、『あ、そういやそうだわ』って思い出した感じだろ!! つかマジで何なん!? 責任取りに連れ浚われた俺何なん!? どういうこと!? 何で急に俺ただの足手纏いになってんの!? 大体そういう浚われる役って可愛い女の子じゃん! エミリアじゃん! つかやっぱチェンジだったじゃん!! あの三人の内誰か一人がこっち側だったらこんなことにならなかったじゃんもおおぉぉぉっ!!!」


 魔物側のチーム結束力はしっかりしてんのに、何でこっちはこんなバラバラなんや! 試練一つ乗り越えても全然学習してねぇ!


 一体俺は今、どんな顔をさらしているのか。

 膝の上からトリィが消えゴリピーの足元へ、ゴリピーは俺から距離を取り、女王までが頬を引き攣らせているのが見える。


 かなりすさんだ気持ちになっているのだけは自覚しており、改めてあっち側の状況を確認する。


(俺は無事。今そっちどうなってんだ)

<わ、我は勇者の指示通りちゃんと王子を守っておるぞ! 勇者から生命の危機は感じなかった故、無事であるならと足手纏い及び、置いて行ったら国交問題になりかねぬ王子を城へと届けるため、今シルフィード城へと向かっておる最中である>

(ふーん)


 しくも向かう先は一緒ということか。ならいいやもう。時間気にしなくて……いや、ユグドラシルの件があるからそれは気にしないとダメだな。


 ……何か知らんけどすっごくモヤモヤする。


 確かにトールは王子さまだし戦闘力紙だし、そっち優先するのは分かるけど。



『仲間は勇者を支えるために存在しておるのだ! 彼等が踏ん張っておるのと言うのに、其方は何をしておるのだ!!』


『大丈夫ですサトーさま。私達が必ずサトーさまを魔王城までお守りしますから!』


『例え何があろうとも、聖騎士の私や賢者クリストファー、盗賊ビルが勇者サトーを守るからサトーはそれだけに集中しろ』


『……こちらも想定外のこととは言え、サトー殿にとっては迷惑でしかないことも重々承知しています。魔王討伐までの間、罪滅ぼしには足りないかもしれませんが、私が可能な範囲でサトー殿に勉学をお教えしましょう』


『何かサトー見てると難しそーなことも簡単に思えてくるから不思議だな』



 ――そう言っていた癖に。


 俺だって勇者だけど非戦闘員だし、戦闘雑魚なんですけど? それでも頑張って船で状況打破するために俺、立ち向かったじゃん。何だよ。俺より国交問題の方が大事かよ。……別に、俺無事だからいいけどさ。


 更屋敷くんに『テメェには友達なんかできねーよ!』って言われた後、本当に友達できなかった俺だから、別に気になんかしてないし。


 ……あっちはあっちの目的で城に向かうんなら、こっちはこっちの目的で城に向かえば良いんだろ! 俺はゴリピーとトリィの魔物組とは仲良くなったしな! 二手に分かれた方が効率的にも良いしな!!


(分かった。どっちみち俺も城に行くことになるし、じゃあそこで落ち合うってことでよ・ろ・し・く・な!)

<待て勇者、何やらとげを感じるぞ>

(俺は俺で忙しいから! じゃ!!)

<じゃって、我の話はま――>


 ブチッと思念連絡回線を切り、俺から距離を取っている魔物達を見遣みやる。


「どうしたんすか」

「いや、お前がどうした」

「どうもしてないです」

「絶対何かあったでしょ。絶対何か見えないモノと交信してたでしょ!?」

「コッコケェー!?」

「『お化けぇ!?』って言っているわよ!」

「魔物がお化け怖がるなや。おるんかこの世界」


 気持ちがやさぐれているからか、返答まで素っ気なくなる。色々各方面での考え及び事情を短い間で考慮して、俺は決めた。


「話戻しますけど、つまり皆さんが俺にしてほしいことって、シルフィード城の結界をどうにかしろってことですよね?」

「そ、そうだ」

「分かりました。魔素が抜かれるって効果だけなら、人間の俺は普通に入れると思いますし。人間が張れるものなら、多分俺解除できると思いますし」

「本当か!」


 だって俺、勇者だしな! 放置されたけどな!

 ただの人間が張れるようなものなら、勇者の俺が解除できない訳ないしな! それが普通の人間に可能なら、俺なんか要らね!って元の世界に帰れるしな!


「ただ、俺もちょっと確かめたいことがあるので、城よりもまずはそこに先に連れて行ってくれませんか?」

「コケェ?」


 あ、これは通訳なしで分かるぞ。

 どこぉ?ってことだよな。


 訝しげにしている魔物達に向かって、俺はその場所を告げた。



「――森の聖域。今はダンジョン化しているそこへ、連れて行って下さい」





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 両肩を掴まれてゴリピーに運ばれ腕にトリィを抱えた俺は、暗い枯れ木の森の中にあるそこへと降ろされた。時間帯は既に夜となっている。女王は弱った魔物を守るために大樹から離れられないので、俺達だけ。


「ここよォ」


 告げられて視界に映る建物は、神聖な教会のような相様をしていた。水のダンジョンは大きくて高い建物だったけれど、森のダンジョンは特に階層はなさそうだ。


「何か、ダンジョンの形って色々ですね」

「他のところは知らないけど、ここのダンジョンは転移形式だから。坊やが確認したいのって、水晶のことでしょ?」

「! はい」

「でしょうね。実際に人族側にも現状を知ってもらった方が良いってアタシ達も思ったから、こうして来た訳だけどォ。それじゃ、行ってらっしゃい」


 片翼をバサバサ振ってくるゴリピーと、腕からピョンと飛び降りたトリィに首を傾げる。


「え、俺だけ? 一緒に行ってくれないんですか?」

「……行けないのよねェ。大丈夫よ、坊やだけでも」


 行かない、じゃなくて、


 その言葉が指す意味が……もう俺の知りたい答えを提示している。それでもちゃんと目で見て確かめないことには、現実をハッキリと見ないことには気持ちが決まらないと思ったから、このまま入ることにした。


「じゃあ行ってきます」

「コケー」


 トリィから応援をもらい、扉のない薄暗い建物の中へと一歩を踏み出す。ここがユグドラシルのお膝元だからか、石畳の床にはまだ小さな草、苔や蔦葉が生えていた。

 ハーピーとコカトリスしか見ていないけど、多分山でエンカウントしたような植物系魔物も本来なら居るんだろう。穢れに喚ばれた、魔物達が。


 とてつもなく嫌なことだが、俺は魔物に集中砲火される。けれど建物の中に入っても、襲い掛かられる気配は全くない。

 まぁ女王が眠りに就かせているんだから、そりゃ居ないよな。


 中を進んで、薄く緑色に光っている魔法陣のような模様を見つけ上に乗る。経験のあるヴォン!をした後、同じような部屋をただ進んでまた転移を繰り返すを続けると、雰囲気の違う部屋へと着いた。


 そこはキングのボス部屋と同じように殺風景で、唯一他の部屋と違う箇所を上げれば、壁から天井までが木の根で覆われているところか。まるで木の根で造られた、まゆの中にいる感じ。


「……」


 何となくかんで足が向いた先に歩いて行くと、シュルシュルと根自身に意思があるかのように動いて、木製の扉が現れた。


 扉を開けるとやはりここだけは異次元なのか、目の前に森が広がる。顔を上に向けると広葉樹のしげり重なり合う枝葉えだはの隙間から陽の光が差し、外は夜だと言うのに晴れやかな青空が見えた。


「不思議だよなぁ。……えーと、祭壇祭壇」


 景色に見入っている場合じゃないことを思い出してサクサク進んだら、見覚えのある台座が見えてきた。


 そしてそこにはちゃんと――――緑色をしている水晶が、あった。


 石段を登って、台座に在る水晶をジッと見つめて。俺は。



 落胆の溜息を吐き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る