お勉強32 魔物側の目的

「本来ならば力でおど……せんの……服従させて城に放り込……返す計画だったが仕方がない。お前はクソのキングサハギンや、このクソとトリィとも何やら親しくなる能力があるらしいからな。人間でも魔物と話ができて通じ分かるお前だからこそ、妾らの事情を聞かせる。勇者の付き人、という点が唯一の難点だがな!」

「何回か言い直したの意味な……あ、いえ何でもないです。はい」


 ついくせで突っ込みかけたら睨まれたので、言葉はのどの奥に引っ込めて腹まで戻した。キングとゴリピーはクソ扱いなのに、トリィだけ別枠って何なん。


 そしてそのトリィ、余程俺の膝の上が心地良いのかすっかりそこで寛いでいる。良いよな、お前は自由で。

 女王の暴力の嵐に見舞われたゴリピーは、すっかり正座して女王の足元にボロッボロの状態でいる。俺は彼女の逆鱗げきりんに触れて、ああならないようにしなければ。


 一通り嵐が通り過ぎて行った後、落ち着いてよく見れば大樹の最下層に芯はなく、天井も蔦葉つたはが這って、上から淡く光っている実を下げている。

 そして顔面スライディングした時に地面と言ったように、下は株の表面ではなくて、完全にこけむした土の地面になっていた。


 その地面に座り込んだ俺に対してクイーンハーピー……俺はもう女王と呼ぶ。女王が放った台詞が冒頭のアレであると。


 女王は暴力を奮ってスッキリしたのか、お肌がツルリとしていた。そして彼女は魔物側の事情を話し始める。


「本来なら妾らはシルフィードの王族を服従させ、あの城の防御壁を解除し侵入する計画だった。妾らはそこで、さる御方をさがし出さねばならん」

「さる御方って……え、女王さんより上の魔物がいるんですか!?」


 ゴリピーをボロ雑巾にする女王が言葉を改める程の、上の魔物がいるのか!?


 驚く俺に女王がフッと笑う。


「そうだろう。妾が最強と思うよな? だがな小僧、世の中には上には上がいると言うものだ。妾は魔物の序列では中位。こんなことになっていなければ森のダンジョンに喚ばれお前達と対峙しただろうが、大陸全土の危機が到来している。さる御方が消滅すれば、完全に大陸の植物は死に絶えるだろう。そうなれば人族はおろか、動物も死に絶えることになる」

「コケコー……」


 シュンとしたように、悲しげに鳴くトリィ。

 黙っているがゴリピーも辛そうな顔をしている。


「今のところ動ける魔物は妾とクソとトリィのみ。魔素量が他よりも多い妾らだけが耐え、防御壁の解除を目的に、城から姿を現した王族を捕えるために空からクソに城を見張らせ、陸ではトリィにさる御方の手掛かりをずっと捜させていたのだ」


 なるほど。城に張られた結界は魔物を弾くかして近づくことはできない。だからその結界を解くようにシルフィードの王族を捕まえようとしていたと。だからトールを狙ってきたのか。


 だけど、さる御方が消滅すれば植物は死に絶える……? 植物が枯れているのは、穢れの影響じゃないのか?


「はい! 植物が枯れているのは、守護水晶が穢れに侵されての影響じゃないんですか?」

「……勇者一行はそういう認識か。見当違いも甚だしいな」


 目を細めて吐き捨てられた声音は、鋭く尖っている。


「この大陸に豊潤な実りをもたらしているのは、さる御方――ユグドラシルさまのお力によるもの。ユグドラシルさまが大陸に魔素をそそぎ御自らの生命と繋いで、元々荒れ果てたこの地を緑豊かな土地へと変えたのだ。の御方と大陸は一蓮托生。だから植物が一斉に枯れるということは、ユグドラシルさまの生命力が、魔素が尽きかけているということ」


 ユグドラシルという魔物が、荒れ果てていたこの大陸に緑を齎した? 魔素を注いで、生命を繋ぐ?


「あの、俺よく魔物のこと知らないんですけど、そういう力を与えたりするのって可能なんですか?」

「それができるのは、魔物の中でも上位だけよォ。それか魔族クラスね」

「魔族?」

「完全にどこからどう見ても人型がとれる魔物よォ。まァ、魔族クラスはアタシ達でも滅多にお目に掛かれないから、坊やが知らないのも当然のことだけどォ」


 質問に答えてくれたゴリピーに、トリィも「コケッ」と同意するように鳴いている。RPGとか漫画の世界にはよくある話だけど、この世界に関してもそうらしい。そんなのとエンカウントしたら、俺もうダメかもしれない。


「……えー、それでそのユグドラシルさまが行方不明で、ずっと捜していると」

「そうだ。妾は幼少の頃にお会いしたことがある。妾が生まれたのは、先代魔王さまの時代。幼い妾は未熟過ぎてダンジョンにも喚ばれず……この大樹の穴倉で眠らされ、護られていた。ダンジョンの主はユグドラシルさまだ。ハーピー族の先代女王であられた母上は、ユグドラシルさまをお守りするために当時の勇者一行と戦ったが敗れ、穢れは払われた」

「アタシはお会いしたことないけど、先代から話だけは聞いているの。ユグドラシルさまは傷つけるために戦うのではなく、守るために戦う優しい御方だって。ユグドラシルさまが倒されてしまえば、大陸も死ぬ。消滅という意味では、決して倒してはならない御方。どういう戦いをしたのかは分からないけれど、ユグドラシルさまも先代も、穢れが払われても存命だったわ」

「だが勇者一行が次の目的地へとこの大陸から去った後、ユグドラシルさまは何の痕跡こんせきも残さずに、消えてしまわれた」


 顔を歪め、ギリッと歯ぎしりの音を響かせる。


「妾が目覚めたのは、消えてしまわれた後だ! 妾には劣るが、変異種のクソも生まれたのはその後! 当時母上は異変を察知して聖域化したダンジョンへ向かわれたが、既にそこにユグドラシルさまはられなかったのだ!!」

「え? ダンジョンが聖域化したら魔物は留まれないんじゃ」

「普通はな! だがユグドラシルさまと母上は水晶に認められていた! 悪しき者から己を護るための、守護者としてな!」

「悪しき者って、……え、誰のこと!?」


 どんどん新しい情報が更新されて混乱しながら言えば、「コォコケッコッココケコ、コケッコッコ」とトリィが。


「『魔物は力の序列が絶対の生き物だから、トリィ達は有り得ない』。人族から見れば魔物は総じて悪しき者でしょうけれど、アタシ達からすれば人族こそが悪しき者よ。当代の魔王さまがまだ存在されていなかった空白の時代は、いつだってアタシ達は討伐される対象でしかなかった。こっちは皆で森に引っ込んで暮らしていたのによ? だからアタシ達も応戦するしかなかったのよねェ」


 ぼやくようにそう言うゴリピー。

 話を聞いているとハーピー族も血気盛んという訳じゃなく、仕方がないから戦っていたと言う。


 え? 守護水晶が穢れに侵されて、それを浄化するために勇者達はダンジョンに訪れる訳で。

 聖域でも守護水晶が自分を守らせるために、魔物を認めている? どういう仕組みなんや。魔物じゃない悪しき者とか言われても……。



『どの時代も魔王が討伐されて後、国家間同士の争いへと突入しているのは火を見るより明らかです。力ある者を国が独占し、蹂躙する』


『盗みを働いているのは俺達だけじゃないってことさ。コケコット領以外にも、シルフィードに住んでいる人間は食べ物を奪い合っている。もうそんなことが日常化して、とっくに良識なんてなくなってるよ』



 クリストファーとゴリータの言葉が、何故かその時頭に浮かんだ。


 魔物じゃないとするならば、もう残っている選択肢なんて一つしかない。利益を求めて力を欲しがるから国が独占することは許されず、魔法師は魔法省で管理されている。魔王討伐後、何らかの弱みがあって勇者達は国に利用された。繰り返される歴史。



 ――希有けうな力を宿す守護水晶を人間が狙わないなんて、言えないんじゃないのか。



「……貴方達は、シルフィード城にユグドラシルさまがいると?」

「生命を繋いでいるから、あの御方は大陸からは離れられない。長き間、どこを捜しても見つけることはおろか、魔素を感じ取ることもできなかった。……唯一妾らが阻まれて捜せなかった場所は、あそこだけだ」

「……」


 嫌だな、と思った。


 話を聞けば聞くほど、ビルが感じていたキナ臭さと大陸の異変が固く結びついていく。作られた話じゃないなと思う。

 シルフィード王家が結界を張っているのは、他国に支援要請を求めないのは、大陸のかなめであるユグドラシルを捕えているからか? もしかして守護水晶も、本来在るべきダンジョンにはもうないのか?


 けどそれだとどうやって、ただの人間がユグドラシルを捕えることができたんだ? ダンジョンのボスだろ? 結界が使えるのは聖女と聖剣だけだし……あ。


「ちなみになんですけど、城の結界って俺がゴリピーを防いだ感じで入れないんですか?」


 ゴリピーは首を横に振った。


「いいえ。近づき過ぎると、ゴッソリ魔素を抜き取られるの。だから魔素を纏った攻撃もできなくなるし、そもそも変異種のアタシでも生命の危機に瀕しちゃうわァ」

「だが、城の防御壁が範囲を広げたようだ。今も少しずつ魔素が抜かれている。妾とクソ以外のハーピーや、トリィ以外の森に棲む他の魔物も動けなくなった。その者らは妾が眠らされていた時と同様、今はこの大樹の穴倉で眠らせ、妾が微力ながら魔素を注ぎ守っている。遺憾いかんなことだが、だから妾はここから離れることはできない」

「じゃあ、トリィが言っていた魔素もなくなっちゃうしって」

「そういうことよォ」


 ビルの探知の力ディテクションに引っ掛からなかったのも、聖剣が魔物の魔素を感じ取れなかったのもこれで分かった。


 ……もう何だよ、これ。俺はどうするべきだ。


 守護水晶を侵す穢れを浄化するっていう単純明快な目的のために来たのに、何でこんな複雑難解なものに巻き込まれるん? 複雑なのは応用問題と仲間の人間関係だけでお腹いっぱいや。


 魔物側の目的としては、ユグドラシルを捜し出して保護すること。俺の目的としては、最優先事項はカインの石化を解除するためにベネロ草を持って帰ること。

 取り敢えずベネロ草は手に入れていて、あとはカインに使うだけだけど……あ。


(おーい)

<勇者ああああ!!>

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