お勉強31 ベネロ草採取と暴虐の女王

 目の前に群生する植物は、すごく毒々しい色をしている。待って。もしかしてあれがベネロ草?


「すみません。あの紫色がベネロ草ですか?」

「そうよォ」


 まさかの是の返答がきた衝撃に、たまらずビシッと指を突きつける!


「毒じゃん! どう見ても毒草や! 間違って口に入れたら高確率で死ぬ系のヤツじゃん!?」

「コッケコー!」

「『失礼なことを言うな!』って、トリィちゃん。ベネロ草は毒草じゃなァい」

「コケッ!?」

「えっ、マジで毒草なん!?」


 俺と一羽を呆れたような顔で見るゴリピー。


「常識じゃなァい。坊やは聞かない? 石化は毒で制すって。あ、人族は素手すでで触っちゃダメよ。手が溶けちゃうから」

「何それ初耳なんですけど。あと毒を毒で制すなら聞きますけど」


 本当予備知識ないって大変だな! どうやって持ち帰ればいいんや! いやでも、トリィの毒視線攻撃が効かなかった俺なら、ワンチャン素手でもイケるのでは……? まぁそれもクリストファー作の魔防具のおかげだろうけど。


 クリストファーは有能という今までの実績を信じて、試してみることに決める。けれどベネロ草に向かって一歩を踏み出した俺の足に、トリィが何故かアタックしてきた。


「コケコケ!」

「何だよトリィ」

「『溶かされたいんか!』って」


 ゴリピーの通訳を聞いて目が丸くなる。


 何やコイツ……俺のこと、心配してくれたのか?

 村からずっと集中砲火していたのに? あれか? 『へっ……やるじゃねーか』『ハッ……お前もな!』って、タイマンした後に友情が芽生える的なヤツ。


 不思議なことだが、魔物から心配されて嬉しいと感じる俺は変なのだろうか? 何か人間よりも魔物と仲良くなる方が早いって、俺マジで勇者としてどうなんだろう……。


「いや俺、トリィの毒攻撃が効かなかったんなら大丈夫かなって思って」

「コッコケェッケッケコー!」

「『トリィが採取するからお前は引っ込んでろ!』って」

「えっ」


 ゴリピー通訳後、ベネロ草に向かってテッテケテー!して突っ込んで行き、トリィはその長い青緑色の尾で巻き取るようにして何本か根っこごと引き抜いた。ヤバいトリィ何て素敵な鳥!


 そして引っこ抜かれたベネロ草は、トリィの羽毛うもうに覆われた背中に収納され……って、全部入った!


「それどうなってんの? トリィの背中は異次元なんすか?」

「そんな訳ないじゃない。羽毛で膨らんでいるから地肌まで遠いのよ。寒い時はトリィちゃん重宝するわよォ」

「それなのにアタックあんな威力出んの!?」

「ココココケッ」

「『体当たりする時は魔素で覆うからっ』って。アタシも羽を飛ばす時はそうよォ」

「へぇー……うわっ」


 俺の魔物知識が広がったところで、バサッと再度飛んだゴリピーが俺の肩を掴んで浮き、トリィが俺に向かってジャンプしてきたのを抱き留める。


 そして羽ばたいて上へ向かって飛翔すると、大樹に穴が開いているのを発見。その中に入って俺は降ろされた。

 大樹の中は加工されており、しんたる中央に沿った螺旋らせん上の坂になっている。


「下に行きましょ。そこで坊やにしてもらいたいことを話すわ」


 ゴリピーに促され、トリィを抱いたまま彼(彼女?)の後に付いて歩く。坂はとてもなめらかな造りで下手したらすべって転びそうだが、不思議と足に馴染んでいた。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「あの……ゼェ……下はまだですか……ゼェ……」


 坂を下っても下っても同じ景色ばかりで完全にループしている。登るより楽な筈なのに、軽く息切れまで起こし始めてしまった。


 現代人の体力のなさ舐めんな! 更屋敷くんにシゴかれたと言っても、俺の体力の底なんて高が知れてんだ! 受験勉強で部屋に引き籠っていた分、低下もしているしな!


「えーやだァ。坊や体力なさすぎィ」

「コケコォ」

「『軟弱ぅ』ですって」

「トリィは俺に運ばれている分際で何を言っている」


 歩いていると身体も暑くなってきて、トリィ抱いているからメッチャ胸元暑い。コイツ今要らんわ。


「でもあと少しよ。坊や頑張って!」

「コッコケコ!」

「あーーーーっ!」


 気合いを入れるために叫んだその瞬間、ビュオゥッと背後から吹きつけてきた突風に押され、あまりの風力で身体が飛ばされた。


「っ!!?」


 本当に瞬間的なことで風に浚われるままの俺は、どんどん坂下へと飛ばされる。どういうことなのか奇跡的にどこにもぶつかることなく、最終的に風がやんでも勢いはついていたためベシャアーッ!と地面に転がった。


「……坊や、大丈夫?」

「コケー?」

「……」


 うつ伏せで顔面スライディングした俺の頭上から、ゴリピーとトリィの声が降ってきた。


 ……うん、物理ダメージは受け付けないからどこか痛いとかはないけど、心臓がバクバクしているからちょっと放っておいてほしい。マジで魔防具なかったら俺完全に終わってた。


 そしてトリィは風がやんだ瞬間に俺の腕から逃げ出していた。俺は身体が飛ばされている最中もコイツを守らなきゃ!って離さなかったのに、あのコンチクショウめ。


「加減誤ったか? ソイツ死んだ?」

「生きてますけどぉ!?」


 聞き捨てならない台詞にバッと起き上がって睨みつけようとして、ハッとする。ゴリピーとトリィの他に、もう一体のハーピーが居た。

 そのハーピーは完全に女性体で、大事なところは羽毛で覆われていて丸見えじゃない。ホッとしたような残念なような。


「え、誰ですか」


 ハーピーは背中まである長いストレートな髪を揺らし、腰に片腕を当てて踏ん反り返る。ゴリピーの腕は完全に翼だけだが、このハーピーには鳥爪だが人のように手があって、腕から翼が生えていた。


「こちらはアタシ達ハーピー族の長、クイーンハーピーさまよ。さっきの突風は彼女のお力によるものね」

「お前達がチンタラしているからだ。で、この弱そうなのがシルフィードの王子か?」


 俺をあごでしゃくってきたハーピーに、ゴリピーがバチンとウインクした。


「勇者の付き人よ♡」

「ふざけているのか貴様ァ!!」

「オブゥッ」


 腕を横に振り被ったハーピーのそれがゴリピーの腹に直撃して吹っ飛び、大樹の壁にドオォン!と激突した。ゴリピーはパタリと倒れ、ピクピクしている。


 あ、あのゴリピーが一瞬にしてやられた!


「ゴっ、ゴリピー!」

「コケェ!」

「王家の人間を連れて来いと言っただろうが! よもや貴様の趣味で連れてきた訳じゃないよなァ!? 勇者の付き人なんぞクソの役にも立たないような…………勇者の付き人?」

「ひっ!」


 ギロリと視線が俺を向いて小さく悲鳴を上げれば、トリィがピョンと跳んで俺のひざに乗ってきた。


「コケコケコケコケコケコケコッコ!」

「……なに? お前の攻撃が全部効かなかった? アイツのも?」

「そ、そう……。何かその坊や、結界も使えるみたいで……使えそう、だと……」


 ボロボロのゴリピーがよろめきながら戻ってきて、クイーンハーピーに伝えてくる正確にはクリストファーの有能魔防具と、聖剣の力です!


「ふぅん。なるほど、それは確かに使えそうだ。同じ結界使いなら、忌々しいあの防御壁も抜けられることだろうよ」

「防御壁って、あの……シルフィード城に張ってある結界、のことですか?」


 恐る恐る聞けば、ツィと視線が再び俺を見る。


「このハーピー族の女王たるわらわに普通に口を利くか。弱そうな見た目のくせに、中々肝が据わった小僧じゃないか」

「ちなみにその子……キングサハギンと仲良しさんらしいわよ……」

「は? 母上の腕をもいだあのキングサハギンとだと!? チッ!!!」


 メッチャ舌打ちされた!

 キング、女王に恨まれているぞ!


 ビクビクしながらトリィを抱きしめて様子を窺っていたら、ハァと女王が溜息を吐いた。


「……勇者が遂にこの大陸に上陸したか。時期が悪過ぎる! 妾が戦うにしても、ここを留守にしてはおけぬ。で、どうやってこの小僧を拾ってきた。よもや貴様如きが勇者と戦闘した訳ではなかろう」

「コッコケコーコッコケッケッケ」

「は? お前が? ……まさか当代の勇者は力に目覚めていないとでも言うのか? ならどうやってあのサハギン族の縄張りを越えて、この大陸まで来れたのだ!?」


 女王の剣幕がヤバいです。


 本当は俺が勇者ですとか言ったら、「ふざけているのか貴様ァ!!」ってゴリピーと同じ目に遭いそうなので絶対に言えません。怖い。


「と、とにかく! 勇者はトリィちゃんが石化させて、ベネロ草を条件に坊やを連れて来たのよ! こっちのやってもらうことは実はまだ言っていなくてボフゥッ」

「連れて来る間に適当に説明する時間はあっただろうがこのクソがァ!!」

「ゴリピィー!!」


 今度は逆の腕払いによって飛ばされたゴリピー。

 もうやだこの女王怖い! お口悪い! ゴリピーボロ雑巾ぞうきんにしないで!


 女王の振舞いを見ていて、俺は学校に通っていた時のことを思い出した。


 女王みたいな暴力系女子がクラスにいた。男子がその女子に歯向かおうものなら、ガァンッと机の足を蹴ってビビらせ、最終的に金的まで仕掛けてくるような残虐さだった。俺の四人の美形幼馴染がその場にいれば、その女子は暴君さなんて欠片も見せず、大人しい清楚系を演じていた。


 女子マジ怖いと思った。

 俺は心の中で密かにその女子のことを、更屋敷くん二号と名付けていた。俺は更屋敷くん二号に狙われはしなかったが、いつその牙が俺に向けられるかと戦々恐々としていたのを思い出してしまった。



 俺とトリィはただ縮こまって震えながら、暴力を振るう女王とボロ雑巾にされるゴリピーを見つめるしかなかったのだった。

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