お勉強30 空を飛んでいる間は何をする?

 俺は佐藤 浩、十九歳!

 偏差値おバカだったことで大学受験に失敗して、今やガリ勉の鬼と化した浪人生だぜ! そんな俺の現状を聞いてくれよ!


 ……はぁ。疲れたわ。辛い状況になった時に現実逃避でいつも高めのテンションでやってたけど、何かもう疲れたわ。いいやもう。


 はーい。俺がニワトリの皮を被ったコカトリスの集中砲火に気づかなかったせいでカインが石化しかけて、その責任とベネロ草を取りに変異種らしい、オネェぶりっ子のゴリラハーピーとコカトリスのトリィと悠々ゆうゆう快適な空の旅中でーす。

 めっちゃ肩に爪が喰い込んでまーす。普通の防具だったら俺もう、掴まれた時点で終わってまーす。


 詳しいお話は森に着いてからだそうで、今は黙々と運ばれている最中。

 目に見える景色がほとんど茶色か黄色くらいしかないから、全然楽しくない。いや、楽しんでちゃダメなんだけど。どうしようか。何か思い出しとこう。


 えーと、明治の産業発展と社会運動で、一八九七年に制定された貨幣法によって採用された制度……金本位制きんほんいせいだろ。一八八三年に渋沢栄一しぶさわえいいち+αが設立したのは、大阪紡績ぼうせき会社…………ん?


 日本史の知識を引っ張り出していたところで、眼下の景色が町と城っぽい建物を通過して行った。


「あれってシルフィード城? ソルドレイクのよりかはそんな派手じゃないな」


 ポツッと漏らした呟きはゴリラハーピー……長いわ。もうゴリピーでいいや。ゴリピーの耳に届いたらしく、話し掛けてくる。


「そりゃあねェ。何てったって向こうは世界で一番栄えて、しかも国力もすごォい国でしょ? こんな緑しかない田舎いなかの国と比べられてもねェ」

「この国の人間が言うならまだしも、魔物が言う台詞じゃないと思います」

「あらそう?」

「それに緑全然ないのに緑しかないとか、嘘吐くの良くないです」


 スンッとして言うと、上からハァ~~と溜息が降ってきた。


「今はねェ。少し前まではもっと緑豊かな大陸だったのよォ? 急激に枯れ始めちゃって……」

「コッコケコー……」

「『魔素もなくなっちゃうし……』って言っているわ」

「ん? え、魔素もなくなった!?」


 何やら聞き捨てならない話が出たのに驚いて上向うわむく。


「それどういうことですか!?」

「詳しい話は森に着いてからねェ」

「嫌ならしキタ!」


 けど視界には森らしきもの(やっぱり枯れている)は既に映っていたので、そう待つこともないだろう。


 と、森の手前くらいに何やら気になるものがあった。

 それは遠目では城より小さかったので、ハッキリと輪郭りんかくとらえることは出来なかったが、瓦礫がれきのような……何だろう。


「はい! アレって何ですか!」

「え? 何? どれのこと?」

「アレですアレ。瓦礫っぽいの」

「ああ、アレ……って、本当に何なのかしらこの子。坊や普通にアタシ達と喋っているけど、怖くないの? さっきまで戦っていたでしょォ?」


 困惑したように言われて、うーんと俺も首を傾げた。そういやそうだよなぁ。何でだろ?


「今のところ命の危険がないからですかね? だってゴリピーもトリィも俺に何かしてほしいから、こうして連れ去っている訳だし」

「ゴリピーってアタシのこと!?」

「コッコケ!」

「『お前がトリィ言うな!』ですって」


 文句言われても。だってコカトリスって中途半端に長いやん。ゴリラとか正直に言ったら落とされそうなので、適当に話す。


「貴方変異種らしいし。ハーピーの中でも特別な呼び名って感じで、良いと思いません? あと魔物とお喋りするの俺、初めてじゃないんですよ。サハギンって知ってます? 俺あそこのキングサハギンと仲良くなって、お別れする時にも向こうから、住処に観光に来たら歓迎するって言われたんですよ!」

「えっ!? 坊や、あの海の悪魔と呼ばれるサハギン族、しかもそのキングサハギンと仲良しさんなの!? 空のハーピー族、海のサハギン族、陸のゴーレム族って三大中位魔物の一つなのよ!?」

「陸のゴーレム族!?」


 今知りたくなかった情報キタ! ヤダ強そう!

 と、いうか。


「普通に信じてくれるんですね。俺が嘘吐いていたら、どうするんです」

「風属性魔物はねェ、色々物知りさんなのよ? 坊や達が海を渡ってこの大陸にやって来たの、アタシ上から見てたし」

「見てたんすか」

「そうよ? 来た方角から推測してソルドレイクから来たんだって分かるし、あの一帯の海はサハギン族の縄張りだもの。アタシが知っているサハギン族ったら、それはもう残虐の一言に尽きるわァ。先代ハーピーの長がキングサハギンと戦ったことがあって、片翼もがれたらしいわよォ。ああ怖い!」


 ブルブル震える振動が俺にまで伝わって、浮遊感+振動で空中酔いしそうになる。酔うのは船だけで充分です。あとサハギンは良い魔物でした。……戦闘になっていたらどうなっていたんだろう……。


「そ、そうなんすか……」

「そうなの! ……あら大丈夫? だからまぁ納得できる話ではあるのよねェ。キングサハギンを恐れないんだったら、アタシのことも怖がらないの分かるわァ。勇者も聖剣を預ける程に大事な子みたいだし、良い拾いものしちゃったわ♪」

「落とし物かゴミ拾ったみたいに言うの止めてください」


 聖剣を預けるも何も、俺が勇者だし。

 非戦闘員の戦闘雑魚でも穢れを浄化する要員だから、死なないように守ってくれているだけだし。


 今でも俺じゃなくて良いのなら、元の居た世界に帰りたいと思っている。

 この世界の人の為という自己犠牲精神の立派なものじゃなく、自分の人道精神の為だ。


 所詮俺はこの世界の人間じゃないし、何より俺の居場所はここにはない。俺の居場所はやっぱり、あの四人の傍だ。じゃない。


 何か真面目にそう考えていたら悲しくなって寂しくて、久しぶりに涙が出てきた。


「帰りたい……。皆にっ会いたいぃぃ! 更屋敷くんの暴言聞いてっ、瀬伊くんに勉強見てもらってっ、野村くんと一緒に寝っ転がってっ、神風くんの作ったご飯たべたあぁぁぁいぃぃぃ!!」

「え。ちょ、どうしたの!? ヤダちょっと泣かないで!? 母性刺激されちゃうじゃない!」

「コケッコッコー!」

「『トリィって呼んでいいよ!』ですって!」


 ありがとな、トリィ。

 俺はゴリピーの母性なんちゃらって聞いた時点で涙止まったよ。悪寒おかんがしたよ。


 鼻だけをグスグス鳴らしながら枯れ木の森を飛んでいると、やっと緑色の木が見え始めた。そこからはあっという間で、狭い範囲ではあるがちゃんと木の葉も草も青々あおあおしく、生きている場所に到着した。

 ゆっくりと下降し、やっと足が地面と接触した喜びを噛みしめる。


「ここからは歩きねェ。飛んでたんじゃ坊や木にぶつけそうだし。アタシ、歩くの得意じゃないのよねェ」

「コッコココココケッ」

「そりゃァ、トリィちゃんはねェ。コカトリス飛べないし。坊や、ベネロ草採りに行くわよ」

「あ、はい!」


 俺側の取引物を求めに、トリィを先頭にゴリピーと並んで付いていく。キョロキョロして見ても木々は青々と雄々おおしく、ここだけは普通に森という感じだった。


「あの、さっきの瓦礫のことなんですけど。あれって何なんですか? 何かの人工物っぽかったですけど」

「ああ、そうだった」


 話題がれたせいで答えてもらえなかったことをもう一度聞けば、ゴリピーはどこか憂いを滲ませた表情で語り始めた。


「アレはねェ、森の聖域の管理を与えられた一族の、元住処よ」

「元?」

「アタシが生まれた時には既に廃村はいそんと化していたけど、先代は忌々しげによく口にしていたわ。『身の程をわきまえぬ愚者ぐしゃどもが、世のことわりに逆らいおった!』ってね。それは一族が大陸から去ったことを指しているのか、他の魔物によって全滅させられて死んだのか、先代も死んじゃったからもう分からないけれど」

「そうですか。……ん?」


 普通にへぇーと聞いていたが、何やら引っ掛かる情報があったような。どこで引っ掛かったんだっけ? えーと……確か森の聖域はシルフィードの王家が管理しているって、ビルが言っていたような……?


 ゴリピーとビルから聞いた話が一致していない。


「俺、森の聖域はシルフィード王家が管理しているって聞いていたんですけど、違うんですか?」

「え? 何それ。関係ないわよ王家なんて。あんなの、ただの人族の中での序列じょれつなだけでしょ? 管理者の一族は、魔物ともある程度は渡り合える力をさずけられているとも聞いているわ。だからこっちも変に手出しできないって伝えられていて…………あらヤダ。アタシ、何でこんなにペラペラ喋っちゃってるのかしら? 坊やアタシに何かした?」

「変な濡れ衣着せてくるの止めてください。ペラペラ喋っちゃったのはゴリピーの責任です」


 責任転嫁もいいところや。

 いやだけど、確かにキングも『聞かれたら何でも話してる』って言っていた。……まさかこれも変な勇者の力とか言わないよな?


 そして話を聞いて、コールドワークでの町長の息子とキングのやり取りと関係性に納得。うん、町長の息子は確かに他の住民と違っていた。


 しかしそうなると……と考えようとして、何か情報がひっちゃかめっちゃかになって頭の中で跳び回り始める。ダメだこれ、一旦座って書き出さないと繋げられない。暗算ができない俺は、紙に書かないと計算ができない人間である。


 潔く諦めた時、「コケコッコー!」とトリィが鳴いた。


「坊や、着いたわよ」


 ゴリピーからも言われて意識を歩く先に向ければ、樹齢じゅれい幾つだと言いたくなる大樹がそびえ立っている。そしてその大樹の根元、そこには濃い紫色の植物が円状に広がるようにして、群生していた。

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