お勉強29 目に見えているモノは真実か

「いつから魔物がアタシだけだと、錯覚してたのかしら?」



 言葉の意味が頭に入って来ない。

 目に見える魔物は、コイツしか。


 テッテケテーと、ニワトリが俺からカインに向かって駆け出して。俺にずっと仕掛けていたアタックをジャンプしてカインの腹部に決めたのを、俺はただ見ていることしかできなかった。


 ハーピーに足で飛ばされた時よりも勢いを増して飛ばされる。枯れ木にドオォッ!!と激突し、枯れていても太い幹がバキバキと盛大な音を立てて割れて倒れたことで、それがどれだけの威力だったのか知れた。


「……嘘だろ」


 あまりの光景にそんな言葉しか出てこない。


 待て。何でただのニワトリアタックが、あんな威力……!?


 最早切り株になってしまったそれにもたれかかる形でうめくカインにニワトリが近づき、コツンとくちばしでレギンスアーマーをつつくと、そこからピキ……ピキ……と灰色がゆっくりと浸食し始めた。


<石化……此奴、コカトリスか!! 不味いぞ勇者! 石化が全身を覆い尽くせば完全な石像となり、人間には戻れぬ!>

「なっ……!? え、どうすんの!?」

<コカトリスの棲み家にはベネロ草が群生する! ベネロ草を一口含ませればたちまちに石化は解かれる!>

「どこやコカトリスの棲み家!? 植物枯れてんのに生えてんのか!?」

「従者!」


 トールの悲鳴とバチッ!と弾かれる音がして見れば、いつの間にかあのゴリラハーピーが接近していた。薄い白煙を上げる自身の翼を見ていた奴は、「あらまァ」と言った。


「これ結界? やるじゃない坊や。それにさっきから一人で騒いで面白い子ねェ。いらっしゃい、トリィちゃん」

「コケッコ」


 呼ばれたニワトリ……コカトリスがテッテケと戻って来て、姿がブレる。次にハッキリと姿を現したそれはただ一ヵ所、尾が青緑色の長いトカゲのようなものへと変わっていた。


 目を見開く俺にハーピーが種明かしをし始める。


「アタシ達ハーピーってねェ、まどわしの術も得意なのよ? 風属性魔物のさがとでも言うのかしらァ? でも意外に勇者ってば呆気あっけなかったわねェ。もうちょっと楽しみたかったのに」


 視界に映るカインの石化は思ったよりもゆっくりのようで、そんなにまだ広がってはいない。あれだとたもって……何日だ。


(完全石化まで何日掛かる?)

<大体にして二日だ>

(二日……)


「ねェ、取引しなァい?」


 ぶりっ子な声を発して、そう話し掛けてきたのを睨み返す。頼れる人間がもう自分しか残っていないと認識した頭は、一周回って逆に冷静になっている。


「取引?」

「そう。本当はキンキラ坊やが欲しかったんだけど……何か、坊やってば面白そうな力ありそうだし。坊やが一緒に来てくれない? キンキラ坊やよりもアタシ達の役に立ってくれそうだもの。こっちの取引材料としては、石化解除のベネロ草でどうかしら?」


 ターゲットが何故か俺になった。内容をかんがみるに、どうもコイツの趣味で連れ去りたい訳じゃなくて、何か企み事が別にありそうだ。


「穢れの影響で一番森が枯れてるんじゃないんですか。ベネロ草があると言って、だます気ですか」

「……信じるかどうかは坊や次第よ。アタシ達もね、もう悠長にしてはいられないの。駄々をねるんだったら、この結界ブチ壊してでも坊やのこと、さらうわよ?」


 表情が凄味すごみを帯びて、本気で言っていると悟る。


「サトー……!」

「! カインさん!」

「耳を貸すな……っ、コールドワークの時と違うのは、お前にも判るだろう……っ!」


 くぐもった声で制してくることに、唇を噛みしめる。


 判っている。全然違う。コイツらは明確に初めから俺達を襲ってきた。つか何で俺も気づかなかった!

 あの一羽だけは他には目もくれずに、ずっと俺だけを狙っていたじゃないか!


 何でビルの探知の力ディテクションに引っ掛からず、聖剣も魔素を感じ取れなかったのかとか疑問が浮かんでくるが、今回のことに関しては俺の失態だ。何のために気配消しの力ディスピアを解除した。

 魔物がひそんでいるかどうかを確かめるためだった! 俺が気づいていれば、カインがあんな姿になることも!


 この途方もない罪悪感とせり上がってくる後悔は、あの時と似ている。



『ヒロシのせいじゃないからー。身体弱過ぎのコイツらのせいだからー』



 かつて野村くんはそう言って俺を慰めてくれた。


 予防接種をしていたにも関わらず、インフルエンザに掛かって意識朦朧もうろうとしていた俺を心配して、彼等はお見舞いに来てくれた。けれど俺が完治したと同時に、今度は野村くんを除く三人が同時にわずらってしまったのだ。


 野村くんはああ言ってくれたけど、息子の部屋に通した母親も母親だけど、何より俺が一時間以上の滞在を許すべきではなかったのだ。


 意識朦朧としながら、このまま死んでしまうのかと怖くて辛くて、寂しくてグズグズ泣いたから。普段『軟弱野郎だなヒロシ!』とかつを入れてくる更屋敷くんでさえ、あの時は優しかったから。


 一番重症化したのは神風くんだ。俺は泣きながら皆のお見舞いに行った。


『ヒロシのせいじゃないよ……。ちょっと、時期が悪かったとしか言いようが……。ウイルスって奴、あなどれないじゃん……』


 彼は熱で真っ赤な顔になって辛そうにしながらも、笑って俺のせいじゃないと言っていた。もうお見舞いに行く前から泣いていたけど、更に大泣きことは言うまでもない。



 俺のせいじゃないと言われる。でも俺は、ずっと俺のせいだと思っていた。……俺には、ちゃんと気づける情報が提示されていたのに。


 顔を上げて、真っ直ぐゴリラハーピーと目を合わせる。


「ベネロ草、ちゃんと生えているんですよね?」

「あるわよォ」

「っ!? サトー!」


 声を上げるカインの方は見ずに、震えそうになる足も気にせず、心のふるいだけを保つ。何をされるか分からない恐怖もたばかられるかもしれないという疑念も、何とか奥に押し込める。


 ここでジッとしていても何も始まらない。ビルの備蓄にベネロ草がある可能性にも賭けたいが、なかった場合が怖い。目の前に助けられる可能性があるのなら、俺はそれを掴み取りたい!!


(お前はここに居ろ)

<!? 何を言う勇者! 我が共に在らねば>

(他にも魔物が居るかもしれないだろ。そうなった時カインは動けないし、トールもいる。……ちゃんと俺の仲間を守ってくれ)


 一度覚悟を決めたら、もう迷いはなかった。


 聖剣もそれを感じ取ったのだろう。引き留める言葉はそれ以上出されることなく、俺は目の前にいる魔物へと一歩踏み出した。


「ふぅん。中々きもわった坊やじゃなァい。まあそうよねェ。勇者が死んでしまったら、どうしようもないものねェ」

「無駄口は後にして下さい。俺にも時間はないし、そっちだって悠長にしている暇はないんでしょう」

「……聞き分けの良い子は好きよ♡」


 バチンとウインクしてきて一瞬悪寒がほとばしったが、結界の外に出た俺の両肩をハーピーの大きな鳥足が掴んでくる。コカトリスがジャンプしてたくましいハーピーの肩に乗った後、バサッと上空へと舞い上がった。


「サトー……っ!!」


 悲痛な声を絞り出すカインに向けて、大きく口を開く。


「絶対ベネロ草採って来ますから! 戦闘雑魚でも俺だってやる時はやるんですーーーー!!」


 遠くなっていく姿に告げた後もどんだけ高く上がるのか、もうゴマ粒くらいの大きさになった。高所恐怖症じゃなくて良かったぜ!


 そして広く眼下を見渡せるようになって、分かれていた仲間達らしき姿も見えた。


 ……って、めっちゃ近かったじゃん! もうちょっと待っていれば確実に来てくれたじゃん! 判断ミスったかもしれない!!


 聞こえるかどうか分からないが、取り敢えず大声で叫ぶ!


「ちょっと出掛けてきまああああああす!!!」

「何それ。ホント面白い子ねェ」


 プッとハーピーが噴き出した。

 気を遣っているのか何なのか、襲ってきた時よりもスピードは速くなくてゆっくりと飛んでくれている。


 これならお喋りしても舌は噛まないだろうと、俺の今後について質問してみた。


「はい! 俺これからどうなるんですか!」

「肝が据わり過ぎてない? ……そうねェ。詳しい話は森に行ってからにしましょ。ベネロ草があるってこともハッキリさせておきたいのよ」

「コッコケ!」

「んもう、本当は石化まで予定になかったのに。トリィちゃんったら」


 上で交わされる魔物同士の話に、これは本当にベネロ草がありそうだと思う。


 多分関係としてはコカトリスが偵察か何かで、ハーピーが実行犯っていう感じか? 予定とかわざわざ人の目にニワトリに見せていたとか、そうだとしか思えない。……待て。


「石化の予定はなかったって、どういうことですか?」

「トリィちゃん?」

「コッコケコココココ! コケッココケッココッコケコッコ! コケコケッコッコッコッコ!? コォコケッコッコ、コキャーーーーッ!!」

「あらまァ。災難だったわねェ」

「全然分からん」


 最後コカトリスが憤慨ふんがいしたっぽくて、絶叫したことしか分からん。

 ふぅと溜息を吐いてハーピーが通訳してくれる。


「『何度やっても体当たり効かなかった! 普通はあの銀のかたまりみたいに吹っ飛んでいくのに! ジッと目を合わせて見つめても猛毒におかされもしないって何なん!? コイツもうヤダ、あーーーーッ!!』ですって」

「……」

「コケコッココケコッコ、ケコケココォコケコ! ココココココッケッケッケ、コケコ。ケコッ」

「『自分が魔物としてダメになったのか確かめたくて、銀の塊にぶつかってみた! アイツには体当たり効いて嬉しくなって、石化もやっちゃった。テヘッ』だそうよ」


 完全に俺のせいだった!!


 マジで完全に俺が集中砲火に気づかなかったせいだった!! カイン本当サーセンした!! それと物理攻撃も毒も防いでくれる魔防具効果凄すぎ! クリストファー有能すぎる!!


 戻って事情説明したら絶対に蹴り入れられる未来が頭に浮かび、俺は墓場までこの秘密を持って行くことに決めたのだった。

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