お勉強28 勇者は度々襲撃される

 一体何が起こっているのか。

 俺がしゃがんでいた場所にカインが居る。


 振り下ろされた爪が相対あいたいした刀身に直撃して火花を散らし、その場で踏ん張り耐える構えだったカインの身体を弾き飛ばした。勢いをつけて飛ばされる鎧を纏った身体がその衝撃で土を擦削り、ズザアァァーーッと元いた位置から大きく離される。


「カインさん!!」

「問題ない!」


 派手に飛ばされたが大してダメージはなかったのか、言葉通りに即座に立ち上がり攻撃態勢をとる。心臓をバクバク言わしながらも状況を把握しようと、必死に頭を働かせる。



『ヒロシィ! どんな状況になっても頭だけは止めんな! 敵は待ってくれねぇ。ボーッとしてたら、すぐやられちまうぞ!』



 考えろ、目を逸らすな! 思考が止まったら死ぬ!


 襲って来たのは腕が鳥の翼になって、鷹みたいな足をしている。だけど完全に鳥そのものじゃなくて、おかしなところはそこだけで身体つきは人間のもの。


 ビルが言っていた魔物の特徴と合致している。

 している…………が!!


「あらァ。挨拶代わりの軽い一撃だったのだけど、見事に耐えられちゃったわねェ」


 クスクス笑って腕の翼をはためかせているその魔物から発せられた第一声も、女性そのもの。口調だけなら。


 …………ゴッリゴリの男!! ゴリラのゴリータと張れるくらいのゴリゴリなおっさん! 野太い声がまさかの女性口調で喋ってきて頭が混乱しそうになる!


 厚い胸板に女性特有の柔らかな二つのアレがない。あるにはあるが女性特有のアレじゃない。腹も見事に割れていて、あれがちまたで聞くシックスパック……って、違う!!


「ハ、ハハハハハーピーの皮を被ったゴリラ! は、はははは波動で返り討ちにしてやる!」

「やだァ。アタシ、どこからどう見ても可愛いハーピーじゃなァい。もう! 最近の若い子って皆こうなのかしら? ホントやんなっちゃあう!」


 腰をフリフリ振ってクネクネしながら吐き出される言葉と姿は、視覚と聴覚への暴力そのもの。俺の背中に庇う形でいるトールからも「うっ」と何か吐きそうな声を漏らしている。頼むから俺の背中で吐くなよ!


 俺とトールが地味にダメージを受ける中、緊張感を保っているのはカインただ一人。いつでも攻撃可能な態勢で、敵の様子を窺っていた。


<どういうことだ。我は魔素など感じなかったぞ>


 ポツリと落とされた聖剣の呟き。


 そう言えばそうだ。近くに来るまで、聖剣もカインも察知できていなかった。


「……変異種か」


 カインが唸るように言った言葉に、クネクネしていたゴリラハーピーの動きが止まってニヤァと笑う。


「ウフフ、ご名答ォ! ……軽い攻撃だったのだけど、普通の人間が喰らったら一日は昏倒こんとうするくらいの威力だったのよ? それをいなしてすぐ立ち上がれるだなんて…………勇者ご一行、なのかしらァ?」

「サトー! 今すぐ地面に剣を突き刺せ!!」

「えっ、えっ!?」


 あまりにも切羽詰まった声音に反射で言われるままに突き刺そうとしたら、「コケェ!」とニワトリアタックされて手から聖剣が飛ばされてしまった。コイツ!


「変異種は通常種よりも格段に強い! ハーピーは森に棲息する魔物の中でも上位種だ! 貴様は聖剣でそこのヤツと防御に徹しておけ!!」

「っ! トール!」

「わっ」


 腕を掴んで離れないように飛ばされた聖剣を取りに行こうと駆け出すも、テッテケテー!と走るニワトリの方が速く、またゲシッと蹴られて飛ばされる。マジでコイツゥゥゥ!!


「つかおい聖剣! お前波動で戻って来いや!」

<前に我がそうしたら怒ったではないか!>

「言ってる場合かあぁ!!」

「サトー!!」

「えっ、ギャアアア!!」


 怒声に振り返れば、ゴリラハーピーがカインなど見向きもせずに俺の方へと飛んできていた! 集中砲火ああぁぁぁっ!!!


 あっという間に追いつかれ翼で打たれそうになるのを、何とか寸でのところで避ける。俺の動体視力と反射神経は、更屋敷くんの山での地獄のシゴキで鍛えられてんだ!


「ん~、さすがに勇者ご一行ねェ。付き従う人間もそれなりに動けるわねェ。坊や、悪いことは言わないわ! そのキンキラ坊やをアタシに渡したら命までは取らないであげる!」

「キンキラ坊や? トールのこと!?」

「僕!?」


 まさかの要求に俺も、狙われていたらしい本人も驚愕する。

 再び旋回せんかいして向かってくるゴリラハーピーにザッと前に出てきたカインが斬りかかろうとして、上空にかわされた。


「もう! 勇者ったら邪魔よ!」


 ゴリラハーピーがそう言って睨みつけるのはカイン。コイツもカインが勇者だと思ってる! 俺そんなに勇者っぽくないの!? 複雑!


「何が狙いだ貴様!」

「だから言っているじゃない。アタシが欲しいのはそこの、ぼ・う・や♡」

「うううっ」

「耐えろトール! 吐くな!」


 叱咤激励すれば、青褪めて涙目になりながら片手で口許を覆っていた彼がコクリッと頷く。よし!


「何で彼を狙うんですか! 一体どういうつもりですか!」

<勇者ああぁぁ!!>

「ニワトリ聖剣蹴って飛ばすんじゃねえぇぇ!! フライドチキンにすんぞ!?」

「コッケェー!!」


 ゴリラハーピーに真意をただそうとする合間にもあのコンチクショウは聖剣を蹴って飛ばし、俺から引き離される剣が悲鳴を上げる。

 

 だからお前波動で弾くなりなんなりしろや! スープは飛び散らかした癖に!


「鳥頭め! 何度アタックしても俺に効くか!」

「コッケコッコォ!!」

「……あらァ?」


 文句言ったらすぐアタックしてきたニワトリとそれを跳ね返す俺に、ゴリラハーピーが何故か興味深そうな声を上げた。


「ウッフフ、面白いじゃなァい!」

「来るぞサトー!」

「何もできねぇよ!?」


 上空からゴオォォッと風を切るような音をさせて下降してくるヤツが俺とトールに向かって羽を飛ばしてくるのを庇いながら避けるも、ブーツに何枚か突き刺さる。

 一瞬ヒヤッとしたが、さすがクリストファー作の魔防具ブーツ! 俺ノーダメージだぜ!


 本体はカインへと向かって翼で打つのを、斬撃ざんげきで受け流すに留まっている。かなり頑丈な翼らしく剣で斬った筈なのに、羽が数枚ぱらりと舞うだけだ。そしてカインが次の攻撃をしようにも、相手はすぐに上空へと移ってしまう。


 接近戦が得意な聖騎士では空を飛ぶ魔物相手は不利だ。

 ここに遠距離攻撃が可能なクリストファーか身体強化が扱えるビルが居ればと思うが、そんなことを思ってもどうしようもない。……聖剣の波動で弾き飛ばすしかないっぽい!


 ニワトリが俺にアタックし再度上空から下降している今がチャンスだと、離されて地面に転がっている聖剣に向かって叫ぶ!


「来い、オルトレイス!!」

<承知した!>


 瞬間、波動でドッと跳んできた剣を――――やっぱり抜き身の刀身が俺に向かって来るのを――――


<何故避ける!?>

「せめて柄の方で跳んで来いや! 俺の手が瞬殺されるわ!」


 しかし地面にグサッと突き刺さったので、これはこれで結果オーライとする。


「カインこっち! 聖剣結界バリア発動可能! 取り敢えず避難!」

「くっ」


 カインもまともに攻撃が通らないのをこれ以上やっても仕方ないと判断したらしく、ゴリラハーピーを注視ちゅうししながらもこちらに向かって駆け出す。

 取り敢えず避難しとけば、魔物は聖剣の結界に阻まれて手出しできない。分かれた三人がこっちの喧騒けんそうに気づいて来てくれるのをそれまで待つしかない。


 けれどカインが向かってくるのを、ゴリラハーピーは追い掛けて来なかった。アイツは空中にいながら――――ニタァと、嗤った。



「――――いつから魔物がアタシだと、錯覚してたのかしら?」



 ドオォッ!!と、衝撃音が周囲に響き渡った。

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