お勉強27 勇者による王子教育

「王様の次男って、え、王子様!? 本当に王子様だった!」

「第二王子だと? 馬鹿な、聞いたことがない」


 驚愕したのは俺だけだった。カインは冷たい声音で切り捨てている。

 王子様(仮)はカインのそれを聞いて、自嘲気味に笑った。


「聞いたことがないのは当然かもしれないな。僕は表に出せない存在として、城に閉じ込められていたから」

「……あの、それって小説とか漫画でよくある、出生しゅっせいとか平民の血がってことですか?」

「マンガ?は知らないが、そうじゃない。僕の素行そこうが王族として恥だからという理由だ」


 素行が王族として恥。


 けど誤解とは言え、国民のことを思って城を飛び出してきたんだから、良いヤツなのではないだろうか?

 まぁいきなり人を斬りつけてくるとか暴走するのは止めてもらいたいが。


 俺はしゃがんで、王子様(仮)であるトールと視線を合わせた。


「えっと、質問して良いですか?」

「……勇者殿の従者か。良いだろう」


 勇者は俺や。


 しかしそれを説明して信じてもらう過程が面倒くさいので、えて訂正しないままで質問する。


「お城ってここから遠いですよね? どうやってそんな詳細に見えたんですか? あとどうやって此処ここまで来たんです? 護衛の人達は?」

「ふっ。僕のこの身にとうとき血が流れているとは言え、好奇心旺盛な十六歳の男児だ。部屋を抜け出すことなど生まれて何年も経てば簡単なこと! 城内を密かに探険し、宝物庫まで侵入を果たした僕は、そこでそこに居ても遠くが近くに見える宝を手に入れたのだ! こう、筒が二つあってくっ付いていて、筒の先にガラスが埋め込んであるのだ」


 それ絶対双眼鏡だわ。


 何? この世界風呂もトイレも水道もあって、双眼鏡まであんの? つかトールの隠密能力がすごいのか見張りの能力が雑魚なのか、これはどっちや。


 ……十六歳! スルーしかけたけど歳下だった!


 異世界外見年齢ショックを受けながら、自慢げに話す本当は少年・歳下トールの話を続けて聞く。


「ここまでは馬に乗って走らせて来たぞ! ふっ。衛兵どもは魔物が来ないからと腑抜ふぬけていて、僕が馬をかっぱらって城の外に出たことなど微塵みじんたりとも思わないだろう! はっはっは!」


 うん、確かに王族の素行じゃないな。ちゃんと教育してこうなのか? そして王子様のくせに護衛もつけずに、盗賊が出るかもしれないところまで一人のうのうとやって来たと。


「……うん。はぁ……えっと、それで一人で来て、悪人だと思っていた俺達と戦って勝てると思ったんですか?」

「人のいない至るところで、探険ついでに独学で鍛えていたからな! 書物で学び、脳内で何度も何度も描き動きを練習したぞ! 腑抜けた衛兵どもの動きでは参考にならないからな!」


 トールが喋る度に目が遠くなる俺。


 勇者パーティだと信じてくれたとは言っても、会って数十分も経っていない見ず知らずの人間に、仮に王族がペラペラと内情喋っちゃダメだろ。トールの危機管理能力が紙過ぎるぞ。

 こうして誰かと話すこともなかったのだろうか。碧眼を輝かせて、まるで褒めろとでも言うように俺を見つめてくる。


 どうしようかとカインを見るも、兜の隙間から覗いている目がとても冷たい。ついでに大人しく俺の横にいるニワトリを見たら、コイツは俺をジッと見ていた。何でなん。


 仕方なく、歳上の威厳を以ってトールに教えることにした。


「トールさん、よく聞いて下さい」

「何だ?」

「貴方が王族の恥かどうかはさておき、そして本当に王族かどうかもさておき、仮に王族だとして、全く以って貴方の危機管理がなっていません!」

「何!?」


 目をかっ開くトール少年にピッと人差し指を立てる。

 王子様だからって何だ! この世界の身分階級なんて特別枠の俺にとったら、ただの見た目コスプレ野郎だ!


「王子様なんでしょう! その身体に貴き血が流れているんでしょう! 何一人でノコノコやって来ているんですか! 危機にひんしている国民を助けようとする正義感は、確かに素晴らしいです。居ても経ってもいられなかったのは良く分かります。しかし! お城でずっと生活して実戦経験もない貴方が、魔物相手の実戦経験豊富な相手に勝てる訳がないでしょう。相手が俺達だったから良かったものの、これが盗賊や魔物相手だったらどうなっていたことか。最悪、死んでいたかもしれないんですよ」

「だがっ、書物では勇者があっという間に魔物を倒していたぞ!」

「絵本の世界に憧れる子供かよ! 現実をちゃんと見て下さい! 実際倒されたでしょうが! カインさんから見てトールさんの戦闘力は如何いかがか!」

「紙だな」


 ほら見たことか! 出立式の件があるから忖度そんたくしないヤツだとは思ったが、ド直球に言ったな!


 ショックを受けているトール少年には可哀想だが、俺も彼の為を想ってちゃんと伝える。


「良いですかトールさん。そういう場合、貴方のように戦闘力が紙の人間は自分で向かうんじゃなくて、戦闘にけた人を向かわせるんです。お城の外に出たの、初めてなんですよね?」

「そうだ。王子である僕が救わなければと」

「戦闘力や実戦経験があるのなら良いです。でも、一人でできないことだってあるんです。ほら、見て下さい」


 俺は聖剣を抜いて、ガリガリと地面に『人』という文字を書く。


「これは俺のか……国では『ひと』と読みます」

「ひと」

<我を筆扱いするでない>

「この字の形としては、人間と人間が支え合っている姿を模しています。つまりですね、人は人によって支えられています。極論で言えば、協力し合わないと人間は生きていけないんです!」

<聞いておるか勇者>

「一人で突っ走る前に誰かに相談! 王子様なんだから直訴じきそすれば誰か一人くらいは聞いてくれる人が居る筈! 報告・連絡・相談! 適材適所!」


 文句垂れる聖剣はガン無視し、そこまで言いきった。

 本当は漢字の成り立ちとして俺の説明したことは間違っているが、嘘も方便ほうべんである。


 トールは地面に書かれた『人』を見つめ、ポツリと。


「……でも僕は、僕がしなくてはと……」


 現実カインに負けたくせに、いっちょ前にプライドは高い模様。


「お部屋から抜け出すの、最初の一回でできました?」

「いや。……うん、そうか」


 否やの答えを返し、俺の言いたいことが伝わったのかコクンと頷いているが、その視線が『人』から外れない。

 何か最初にあったような覇気はきもなくなっているし、哀愁あいしゅうが漂っている。


 と、俺の横で大人しくしていたニワトリが。


「コケッ」

「あ!」


 コイツ俺の書いた『人』消しやがった!

 テテテと字の前まで行って、片足振り上げて文字ごと土飛ばしやがった! 何てニワトリだ!!


 そしてまたテッテケテー!と勢いよくひざにアタックし始め、信じられない目でソイツを見つめる俺の耳に「うっ」と嗚咽おえつ音が……!?


 ハッとして見ると、何とトールの碧眼からボタボタと大粒の涙が流れ落ちているではないか!! シルフィードの人間涙腺るいせんもろ過ぎ!


「サトー……。まだ年端としはもいかない少年を泣かすとは」

「これ俺じゃなくてニワトリコイツのせいじゃんどう見ても! 俺のせいなのおかしくね!? わっ、ちょ、また書きますから! ……っ……あああーっお前邪魔や!」


 書こうとするのに腕にアタックして邪魔してくるニワトリとの攻防に悪戦苦闘していると、「僕はっ、認められない存在だから……っ」と絞り出された言葉に手を止めた。

 ゴシゴシと腕で目元をぬぐっても、次から次へと溢れ出してきている。


「何が悪いことなのか、僕の何がダメだったのか、分からないんだっ。シルフィードの王族として、僕の考えや行動は違うと。兄や姉を見習えと! でも僕はそれが『良い行い』だとは思えなくて! どうしてダメなんだ。何がどういけないんだ。ダメだと言うばかりで、誰も僕に答えを教えてくれなかった……!」


 濡れた碧眼が俺を見つめる。


「適材適所、と言ったな」

「え。はい」

「……勇者殿なら、救えるのか? を」


 本人(勘違い)じゃなく従者(勘違い)の俺に聞くのは何故なのか。

 トールが求めている言葉は雰囲気的に察せれるが、そもそも投げかけられている問題の内容が不明。


 ……トールは本当に、本物の王子様なんだろう。



『可能性の話だけどな。けど、結界の話が本当のことだとして、国民から嘆願されても何も動かない。他国にも支援要請を求めない。だからキナ臭いんだよ』


『衛兵どもは魔物が来ないからと腑抜けていて、僕が馬をかっぱらって城の外に出たことなど微塵たりとも思わないだろう!』



 魔物が来ないから。結界が張られているから、魔物が来ない。だから衛兵は腑抜けている。


 話をしてみて、トールは良いヤツだと俺は思った。

 トールの家族がどういう考えで彼のことを認めず否定するのか、その心理がキナ臭いことの鍵となっている気がする。


 取り敢えずいい加減な答えは返したくないので、どういうことなのか詳しく話を聞こうと口を開こうとし――――


<勇者!!>

「サトー!!」

「えっ?」


 一人と剣から怒鳴るように呼ばれてカインを向こうと振り返る前に蹴り飛ばされ、身体がトールを巻き込んで転がった。


「急に何す――……」


 何事だと顔だけ振り向いた、俺の視界に飛び込んできたものは。



 ――――腕が翼となっている人型の魔物が鳥足の、その大きく鋭い爪を振り下ろしてカインに襲い掛かる姿だった。

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