お勉強26 勇者は襲撃される
空は青く澄み渡り、薄らと白い雲が亀の歩みで風に流されて移動していくのを、ぼんやりと眺める。
上は平和そのものなのに、少し目線を下げて視界に映る景色にげんなりする。
枯れ草、枯れ木、茶色い土。
茶色か黄色しかない。緑が欲しい。緑が。
ちら、と牧場柵の向こうにいる牛と羊を見れば、モォ~やらメェ~やらと
「コォケコケッコー!」
「……」
普通じゃないヤツいたわ。
嫌々しながらカインと並んで歩く俺の足に、歩きながらなのに後ろからテッテケテー!と勢いをつけて激突してくるニワトリ。
何なんコイツマジで。俺に何の恨みがあるんや。カインも無視するなや。
物理耐性ブーツを履いているのでただの衝撃振動くらいで痛くないので、飽きたらいなくなると思って放っておいたのだが何故かいつまでも付いて来る。そして俺の足にニワトリアタックし続ける。どうしようと思っている。
「カインさん、いい加減このニワトリどうにかしませんか。とても歩き辛いです」
遂に相談すべくカインに話し掛ければ、周囲を見渡していた目が俺を見て。
「そのくらい大目にみてやれ。後を離れずに付いて来るなど、可愛いものではないか」
「自分がされていないからって他人事のように。こっちはすごく困っているんです!」
「……珍しい人間だとニワトリも分かっているのか?」
「動物にまで異世界人差別されてんの俺!?」
衝撃的な見解にショックを受けかけ、しかしそれはおかしいと思い直す。
「でもそれだとこの一羽だけっていうの、おかしくないですか? 他のニワトリはそんなことなかったですけど」
「ふむ……ん?」
と、その時カインの目線がフッと逸れた。釣られてその視線の先を見るが、枯れ木の群生しかない。
「カインさん?」
「行くぞ」
「えっ」
「コケコ!」
ボソッと短く言って歩き出したカインの後を慌てて付いて行き、そんな俺の後ろをニワトリもトコトコ付いて来る。
「どうしたんですか?」
「付けられている」
「え」
誰に。何に!?
<魔素は感じぬから魔物ではなかろう>
聖剣の言葉にカインが軽く頷く仕草をした。
また人間かよ! ……あ、まさか盗賊か!?
こういう場合は余計なことは喋らず、相手に感づかれたと思わせてはならない。
空気が読める俺は大人しくカインの歩く先へと付いていく。何故かニワトリも空気を読んでアタックせずに付いてくる。何でや。
しかしながら俺もカインも食糧を持っているような
……いや、城下だとまだあるのか? 物価が
そんなことをつらつら考えながら歩いていたら。
「!」
いきなりカインに腕を掴まれ、もの凄い力で引かれた先に投げられた。たたらを踏むどころじゃなく、本当に足が宙に浮いて背中から飛ばされる俺の目には、はっきりとその行動理由が映る。
俺の居た場所に振り降ろされた、銀色の刃。
それが
すぐにカインが剣でそれを薙ぎ払おうと振るうが、相手も対処が早く剣同士が甲高い摩擦音を響かせた。
「何者だ!」
「お前達こそ何者だ!」
鋭利な声音で問うたことに返されるのは、怒りを
ギィンと一度引き払い、手元目掛けて斬りつけようと下から斜め上に向かってくる刃を敵が応戦しようとしたところで腰を落としたカインが足払いをかけた。
「いっ……!」
その動きが相手の隙を突くことになり、見事転倒させることに成功。そして敵の首元に剣先を当てて、完全に動きを封じた。
カインの足を包むのは銀のレギンスアーマー。対する敵の足を包むのは、俺の履いているようなブーツ。
圧倒的防御力の差! それは当たったらさぞかし痛かろう! あっという間過ぎて心臓がドキドキする暇もなかったな!!
「さすがカインさん! 俺を毎回足蹴にする足癖の悪さは
「蹴るぞ貴様!! ……で、何者だ貴様。私達を襲ってきた理由は何だ」
もう近づいても大丈夫かと、けど遠目から
よく見たらこの敵、装備というか服装が村人でもないし盗賊って感じでもない。
青と白を基調とした軍服みたいなものを着ており、その両肩には王子様かと言いたくなる肩留めなのか何なのか、黄色いヒラヒラする太い紐みたいなヤツ。其れが付いていて、丈が短めなマントをしていて。
それだけなら騎士と言えなくもなさそうだが、華美な腰紐やら装飾品が付いているのでどちらかというと貴族っぽい。容姿も金髪碧眼で、ザ・王子さまって感じだ。カインも俺と同じことを思ったようだ。
「領主にしては歳若い。その息子か?」
しかし敵はキッと碧眼を鋭くさせ、威勢よく大きな声を発した。
「この無礼者ども! 僕が領主の息子だと!? 我が国に断りもなく侵入し、あまつさえ我が民を暴行し
「は?」
言葉は分かるけど、その内容はさっぱり不明。
誰が民を暴行して捕まえた悪人だって?
「あの、何か誤解があると思うんですけど」
「誤解だと!? 僕は全て城から見ていたぞ! お前達の乗った船が向かってくるのに気づいた勇気あるコケコットの領民達が応戦しに行き、結果お前達が上陸しおった! 列で並ばせられ連行されて行く姿を見て僕は居ても経ってもいられず、領民をお前達の魔の手から救うために成敗しに来たのだ!!」
「それ盛大な誤解ですから!!」
客観的に見たらそうなるのか!? というか、この人どっから見たって言った? ……城?
「貴族か? ……いや、見覚えがない。王侯貴族であれば覚えている。名を名乗れ」
「誰が悪行非道な者どもに名を明かすと思うか!」
「すみません。あの、俺達全然悪行も非道もしてないです。どっちかと言うと、これからダンジョンと化した森の聖域に行って穢れを浄化しに行く、正義の勇者パーティなんですけど」
「…………何だと?」
ずっとカインを睨みつけていた目が、初めて俺を向いた。
だが彼の表情は未だにこちらを警戒したままだ。
「どこにそんな証拠がある。僕を
「えー証拠って言われても。カインさん、何かあります? 聖剣の声は俺達にしか聞こえませんし」
「何故私達がコイツに逆に証明しなければいかんのだ。……仕方がない」
本当に仕方なさそうに溜息を吐いたカインが突きつけている剣はそのままに、逆の腕を俺に向かって伸ばしてきた。
「ガントレットを取れ。私の左腕に印がある」
「あ、なるほど」
ずっと鎧を着こんでいて、確かにカインの生身は見たことがなかった。風呂関係もクリストファーの水魔法で綺麗さっぱりだったし。
いそいそと引っ掛けてある部分を外して抜き取ると、前にエミリアが見せてくれたような模様の薄い痣が、左手首の少し下側に確かに存在していた。それを青年にも見せつける。
「曲がりなりにも貴族だと言うのなら、話だけは聞いたことがあるだろう。魔王を討伐するため、創造神が選んだ者のみに発現する力の印だ。これ以上の証明はないと思うが」
食い入るようにカインの痣を見つめる青年の顔が、驚愕に染まる。
「な、何と……! 無礼を働いたのは、僕の方だったと言うのか……!」
それまで剣を突きつけられていても力が入っていた身体から、ガックシとそれが抜けたのが俺の目でも分かった。反撃や反抗の意思はなくなったと、カインも剣先を引いた。
ゆっくりと身を起こした青年が両手で顔を
「もう一度聞く。貴様の名は?」
「あっ。し、失礼した! 僕はこの大陸
両手を外して居住まいを正した青年が名乗ったそれは、俺達に驚愕を
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