お勉強25 ビルの忠言

 道中に心配していた盗賊と出会うこともなく(もしかしたらビルが力を使っていたのかもしれない)、俺達は無事にコケコット村へと辿り着いた。


 しかしながら、村を一目見て俺はデジャヴを感じていた。いない。人が。誰も。


 ボロボロの土壁にほら、何て言ったか……ああそうだ茅葺かやぶきだ。日本にも今は重要文化財として残されている古い日本家屋みたいな、あんな感じの家がポツポツと見られるけど外には誰も出ていない。


 人間はいないが、放し飼いか放牧なのか元気にニワトリだけがコォケコッコー!と、テッテケテッテケ走り回っている。人間はどうした。


「はい! 村人さんはどうしたんですか」


 手を上げてゴリータに聞けば、彼はハァと疲れたように溜息を吐き出した。


「動くと体力が消耗して腹が減るだろ? 俺ら食糧調達以外のヤツらは、腹を空かせないために家の中で閉じこもるようにしているんだ」

「切実過ぎる」


 コールドワークはだるい動きたくないで寝て引きこもっていたけど、ここはある意味正当性のある引きこもりである。


 男衆はそれぞれ運んだ荷物を位置的に村の中央付近で降ろし、食糧をどのように分けるかで話し合い始めた。ちなみにカインに奪われた俺の木箱はそのままヤツに運ばれた。くそっ。

 ビルがキョロキョロと辺りを見回しているのが視界に映って、彼の傍まで行く。


「どうですか? いそうですか?」

「……んー。や、探知の力ディテクションに引っ掛からない」

(お前は?)

<我も魔素は感じぬ>


 ボソッと短い言葉のやり取りをして、俺もはてと首を傾げる。

 それというのも、ビルと二人になった時に彼から告げられた、とある一言によるものだった。





『……シルフィード、キナ臭いぞ』



 固く張り詰められた声と嫌なフラグっぽい台詞にギョッとする俺に、彼は懐から鳥の羽根を出して見せてきた。


『何ですかこれ? 羽?』

<む? これは……ハーピーの羽であるな>

『ハーピー!?』

『そ。敵船に潜り込んだ時に内部でこれ見つけた。あ、ハーピーって言うのは森に棲息している、腕が鳥の翼と足が鳥の足になっている女形鳥型魔物な』


 うん、俺の世界のRPGとこの世界の魔物は、どうも姿形が共通しているようである。山でエンカウントした植物系魔物とか、サハギンも見た目ほぼ想像通りだったし。


『で、これが外じゃなくて内部にあったってーことは?』

『え? えっ。……ん? ハーピーって喋ります?』


 そう聞いたのは、魔物としてどの位置にいるのかと把握するため。


 サハギンは喋れる魔物で漁もできて、且つ水道を詰まらせることもできる知能のある魔物だった。人語を喋れるということは、それなりに知能のある魔物と言えよう。

 聞いたらと答えが返ってきたので、だったらどうなのか。


 暫く考えた俺の頭は、まさかの答えを弾き出した。


『な、何も食べるものがなくて、遂にハーピーを捕獲して食べ……っ!』

『うーん。それサトーのした質問と関係あったか?』

『ないです』


 俺の頭ではそれしか思いつきませんでした。

 ビルはゴリータを一瞥して、話を再開させる。


無音の力サイレントで、離れてからの会話はアイツには聞こえないようにしてる。つまりさ、内部にこれがあったってーことは、そいつらが近くにいて何かしら動き回っているかもってことだよ。探知の力ディテクションに引っ掛からなかったからもう船にはいないみたいだけど、魔物が関係している。シルフィードの森はハーピーの棲息地。森は城下よりももっとずっと先の場所にある。そこからわざわざこんな海に出てくる理由って何だ? ハーピーはサハギンと同等の魔物だ。ただの人間が普通に戦って勝てる相手じゃないぞ』


 サハギンは自分の意志では人間を殺さなかった。


 ハーピーも……ゴリータは人間による窃盗被害の話はしたけど、魔物による被害を受けたという話はしていない。

 それに話ではサハギン以外の魔物は出てこなかった。船内に入り込まれたことに気づかなかった?


千里耳の力クロスイアで色々聞いている時に、変な話があった。シルフィードの城は絶対に魔物を寄せ付けない、強力な結界が張ってあるって』

『結界? え、それエミリアさんと同じ力を持っている人がいるっていう? 聖女が二人??』

<聖女はこの世でただ一人のみに発現する力ぞ>


 俺の発言は聖剣に斬られ、ビルも頷く。


『だから有り得ねーって俺も切り捨てたんだけどさ。穢れの影響が一番出ているところは、聖域の近辺だろ。森の聖域は森の中にある。多分話聞いた限りじゃ、俺の推測では森も枯れてんだと思う。ハーピーも食糧がない。森の聖域はシルフィードの王家によって管理されてる。森から一番近いのは城下だ。しかもこの大陸限定で一番大きいところなら、食糧だってそこにたんまりある筈だろ? ハーピーにとって人間なんてでもないんだから、襲撃して食糧を奪うくらいは何てことない筈だぜ?』


 そこまで聞いてハッとする。


『ハーピーが襲撃できないなら、城に結界が張ってあるって話は本当のこと……? だから向こうも食糧を探し回っているってことですか?』

『可能性の話だけどな。けど、結界の話が本当のことだとして、国民から嘆願されても何も動かない。他国にも支援要請を求めない。だからキナ臭いんだよ。末端まったんのコケコットにまで穢れの影響が届いてんのに、森に近い城下に結界があるっつっても全く影響されないってことは有り得ない。城に……王家に何か秘密がある』


 ……他国に支援要請を求めないのは、知られちゃ不味い秘密があるからか? 国民がこんなに食糧不足であえいでんのに、たくわえがあっても自分達さえ良ければいいっていう考えなのか?


 それは、かつて山で聞いたカインとクリストファーの口論を彷彿ほうふつとさせる。


 力ある者が数多の力ない者に喰い荒される。魔王討伐後、自分達の益の為に国同士の戦争が起きる。穢れ影響後の国の在り方が、その未来を示唆しさしているかのようで。


 俯いてそんなことを考えて、あれっと顔を上げる。


『何で俺だけに話したんですか? 皆いる時にそれ情報共有したら良かったんじゃ』

『あんな雰囲気になってちょっといざこざなったのに、言えると思うか? 絶対意見割れて城に行くか森に行くかで揉めるぜ?』


 はぁーあと呆れて言うビルに、それもそうかとなる。

 うん、二手に別れるよりは纏まって動いた方がいいもんな。力を合わせて問題を解決しなければいけないのに、序盤から足並みが揃わない勇者パーティとは。





 そんな訳で俺とビルの二人だけで情報共有し、まずは村でハーピーが隠れたりしていないかというので、ビルが探知の力ディテクションを使っていたと。

 俺は俺で気配消しの力ディスピアは解除されており、魔物がいるのなら俺を集中砲火する筈なので、内心ビクビクしながらそれを振り払うように仲間達のコミュ障のことを考えて脳内逃避していたと。


「俺も魔物に襲われていません!」

「だよな」

「じゃあ、村にはハーピーはいないってこと……ん?」


 足に何かぶつかったようなので見たら、一羽のニワトリが俺の足に激突していた。仲間以外の攻撃は俺に貫通しないので、ただの衝撃として伝わった模様。


 大体目算して二十羽くらいの数は元気にテッテケテッテケ走り回っているニワトリ達だが、アイツらはあんなに動いてお腹は空かないのだろうか? 不思議なものである。……それにしても、何やこのニワトリ。


 起き上がる度に俺の足に激突してくるんだが。コォケコケッコー!とか文句言われても知らんがな。え、なに俺邪魔なの?


 そう思って行きたいだろう進路方向から避けても、何故か付いてきて激突してくる。馬鹿なんだろうか。まぁ記憶力の弱いことの例えで、鳥頭って単語があるくらいだしな。


「サトーめっちゃ懐かれてんな!」

「これ懐かれてるんですか? むしろ俺、攻撃されているような気がするんですが」


 ビルから笑って言われてスンッとしていたら。


「サトー! 何ニワトリと遊んでいる貴様!」

「いって!」


 ドカッと背中にカインから蹴り入れられた! 全く本当にコイツの俺に対するコミュニケーションどうにかしろや!


「何ですか!」

「取り敢えず村内を見て回る。村の一面は牧場も敷地に含まれるために、二手に別れた方が効率的だ。軟弱で戦闘雑魚勇者の貴様は私とともに行くぞ」

「ええーっ!? クリストファーさんとチェンジ!」

「カイン、俺は?」

「ビルは聖女さまとクリストファーの方で頼む」

「分かったー」

「チェンジ! チェンジ! ねぇ聞いてる!?」


 俺のチェンジ要請は二人からスルーされ、カインに首根っこ引きずられて見回りに行くことになってしまった。


 勇者なのに意見が反映されない俺の存在とは、と真顔になる俺がそこにいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る