お勉強37 そこに囚われているものは
意識が段々と覚醒して、薄く目を開ける。
薄目で見たそこは、やはり一面真っ暗でそれ以外に何も見えなかった。
むくりと起き上がって、一応周囲も見回してみる。
うん、左右上下三百六十度見回しても真っ暗。
ブラックルーム再び。
水のダンジョンの時は記憶が
何だろう、その地の穢れによって変わるんだろうか? そしてやっぱり聖剣は手元にない、と。
一度深呼吸した後、ゆっくりと立ち上がる。
取り敢えずあの時みたいに穢れの中で何か答えを出さないと、多分浄化できないのだろう。
それに早くユグドラシルも捜さないといけない。
「……浄化、か」
ポツリと独り
ユグドラシルの救出に関しては魔物達の悲願や、トールの懇願があったから気持ちも動いたけど、浄化に関しては気が乗らなかった。
どうすればいいんだろう。
でも穢れを浄化しないと、ユグドラシルをここから出せない。魔道具による魔素の吸収も止めた今、彼の魔物の消滅は阻止できた筈だ。
でも、また同じような魔道具が作られてしまったら?
ユグドラシルがまた囚われて、消滅の危機に晒されてしまったら。
穢れは、浄化しない方が――……。
『なに悩んでんの?』
「え、わっ!」
唐突に声が聞こえて、いつの間にか下げていた顔を上げればいつ出現したのか、目の前に子供がいた!
「おまっ、お前急にどこから!?」
『くっらい顔してさー。そういうのやめてよね。暗い空間が更に暗くなっちゃうじゃん』
「初めから真っ暗なのに!?」
とんだ理不尽なことを言われて思わず突っ込んでしまったが、ハッとする。
前の時も子供が現れた。
まさかコイツも、かつてこの地で
「ずっとここに居るのか……?」
無意識に呟いた言葉に
『しょうがないじゃん。魂は生まれ変わって、切り離された想いだけがここに残される。ずっと繰り返されてきたことだから、受け入れるだけだよ』
子供は至極当たり前のことのように、当然かのように言っているが、意味がよく分からない。
魂は生まれ変わって、切り離された想いがここに残される? 確かに聖剣はここに囚われているのは思念だけだと、言っていたけれど。
「すまん。よく分からん」
『は? バカなの?』
言い方!
親はこの子にどういう教育を施しているんだ!
確かに俺は大学受験に失敗して、一浪している偏差値馬鹿だけど!
しかしこの子供の言い方、初めて会った頃の神風くんを思い起こさせる。
神風くんは更屋敷くんの暴言にいつも泣かされる俺を今では慰めてくれているが、最初の頃は彼もかなり酷かった。
『は? 更屋敷に蹴られた? 何で避けないの?』
『は? 更屋敷に邪魔されて勉強できない? 睡眠時間削ったら?』
『は? 計算が合わない? ちゃんと解いた? 計算式合ってる? 何でここが5になるの? 馬鹿なの?』
等など。
野村くんに言ってもどうにもならないので、出会った当初(幼稚園から小学校低学年まで)は
瀬伊くんは絶対的な俺の味方になってくれて、けれど一緒に過ごしている内にそんな神風くんの俺に対する態度(言葉?)は、柔らかく変わっていったのだ。
『は? また更屋敷に蹴られた? 仕方がないよ、アイツ足癖悪いから』
『は? また更屋敷に邪魔されて勉強できない? それは仕方ないね』
『は? 漢字が覚えられない? ほら俺の学習帳あげるから。これで書き取り練習しな』
等など。
ん? あれ?
今思えばそう変わってないような……?
かなり昔と少し昔の違いを振り返っていた俺だが、ズボンが軽い力で引っ張られて見ると、子供が頬を膨らませてこちらを見ていた。
『無視?』
「え? いや、別に無視してるつもりはなかったんだけど」
『ふーん。まぁいいよ。アンタ勇者だろ。ここに何しに来たんだよ』
「何で俺が勇者って分かる!?」
驚いて言うと馬鹿にしたように鼻を鳴らされた。
『ここに来るのは****か勇者しかいない。アンタ****には見えないし、だったらもう勇者しかいないじゃん。俺だってアンタみたいな間抜け面が勇者だって思いたくないけど』
「出会って数秒しか経ってないのに何でそうボロクソ言うん? あと何か聞こえない言葉があるんだけど」
一部だけは口が動くのみで、音だけが消える。
……目を覚まして暫くするが、真っ暗な空間の中で他に現れるモノがない。
穢れの中に囚われている思念であるなら、中にいるユグドラシルの居場所を知っているかもしれない。
「俺、ここからユグドラシルを連れ戻すために来たんだ。どこにいるか知っていたら――」
『こっち』
皆まで言うことなくグイ、とズボンを引っ張られて、子供が先導する先へと付いていく。
不思議なことに子供が通ると、真っ暗だったその道は少しだけふわっと光が灯る。
何か落ちていても多分避けれるなと思いながら歩いていたが、急に子供が立ち止まった。
「何だ? 着いた?」
『……アンタさ、何で疑わないわけ? 俺がまったくの正反対を歩いているとか思わないの?』
「お前が俺の友達に似てるから、かな」
『は?』
「すごく似てるんだよ。たまに厳しい言い方するけど、でも優しくて。神風くんも天の邪鬼だけど、お前も天の邪鬼だよな。本当はずっと助けを求めていたのに、裏切られたから信じられなくて。それでも俺が勇者だから、信じてくれようとしてるんだろ? ――――セルジュ王子」
『……』
子供の表情が無くなる。
俺の答えは多分、間違っていない。
「ごめん、勝手に日記読んで。最後に書いていた内容で、貴方がどれだけユグドラシルのことを大切に思っていたか知ってる。魔道具は止めたから、もう魔力は吸収されない。悪いヤツらは俺の仲間が追い掛けている。完全に問題解決はしていないから、もう安心してほしいとは言えないけど、でも、ユグドラシルを捜し続けて、ずっと待っているヤツらがいる。何年も何十年も、大陸をあちこち捜して諦めなかったんだ。えっと、だからその、ここを出たら人間側として何とかどうにか現実の問題を『ふっ』
浄化のことを迷っているせいで纏まらずにゴチャゴチャ続けていたのを、一笑に付されて遮られた。
そして小刻みに肩を震わせ、耐えきれないというように笑い始める。
『あっはは! 分かった。よく分かったからもういいよ。何だってこう勇者って奴はお人好しで、物事の真髄を解っているのか、そうじゃないのか』
穏やかな顔で微笑んだかと思うと、その姿がブレて変化する。
『正解、けれど不正解。助けを求めていたのはセルジュであり――――』
「――――私よ」
トリィが抑えを開放して本来の姿に戻ったのとそれは似ているようで似ておらず、小さな姿が大人の背丈にまで成長し――まったく別の存在へと変わった。
春に芽吹く新緑の髪が、木漏れ日を受け温かみを宿す樹皮の色へと。
人型ではあるものの肌を隠すように木の葉を纏わせ、白いチューリップを逆さにしたような下衣から覗いているのは人の足ではなく、幾つかに連なった太い木の根。
頭に鹿のような二本の翡翠の角を生やしたその姿は、完全に魔物の姿で。
「……ユグドラシル?」
夜空色から角と同じ翡翠色に変わった瞳が、微笑みの形に細められる。
「ええ、お捜しのユグドラシルよ」
「えっ……え!? 何で!?」
死にかけの筈なのに元気そうとか、何で姿変えていたとか、俺の答え間違ってた!とか色々なことが「何で」に凝縮された。
ユグドラシルがふふっと笑う。
「だって私、守護水晶の守り手だもの。一応穢れの浄化をするに足る人物か、見定めないといけないから」
「ボスの仕事今します!? って、いやそうじゃなくて大丈夫なんですか!? 死にかけていたんでしょう!?」
「それはそうだけど。……魔素を奪われていたけれど、供給されていたからそこまで深刻じゃなかったわ。大変だったのは、私が大地に注いでいる魔素をあの魔道具がどんどん奪ってっちゃうから、それを均等に配給することよ。ちょっと配給分配間違えると一気に枯らしちゃうから、それがもう大変で大変で。穢れの圧が年々増して、それでちょっと最近手元が狂っちゃったのよね」
「どゆこと!??」
「あ、でも一度死にかけたのは本当よ? 私すごく魔素量ある魔物なのに、あの魔道具本当に有能ね。スッカラカンになりかけた時に水晶が中に入れてくれて、本当あの時は死ぬかと思ったわ!」
色々な事がどゆこと!?
大陸の植物が枯れているのはユグドラシルの消滅じゃなくて、ただ配給分配間違えただけなの!?
何なん!? 何でユグドラシルこんな暢気なん!?
「出ましょう! もうさっさとここから出ましょう! どうすればいいんですか!」
「魔道具も止まったし、出たいのは山々なんだけど。……出られないのよね」
はぁ、と息を吐き出し、翡翠の瞳がどこかを見つめる。
その瞳に映されているのは――――悲哀。
「貴方のせいじゃない。私がそう何度も幾度も伝えても、もう届かない。想いだけが切り離されたから……ずっと、ここに囚われて苦しんでいる」
彼女がそう言った瞬間、ベチャ……ヌチャ……と何かが這ってくる音が聞こえ始めた。
空間に響いて、見つめている先からそれが迫って来ているのが分かる。
「……力がないの。風属性の魔物から慕われ、偉大だと言われる私だけど。ここに残された、貴方を救う力がない。私じゃ貴方を救えない。穢れに囚われた、貴方をっ……!」
ユグドラシルの
空間の圧がドロリと重苦しくなる。
何かが迫ってくる先を見ていた俺の腕に、
小刻みに震える指の先を辿り、濡れた翡翠の瞳と出会う。
「お願いです……っ。彼の姿を借り彼のように話した私を、借主の正体を悟った貴方なら! 彼の想いを解き放って――……!!」
……何でトールに声が聞こえたのか、解った。
良いヤツなのは前提として、同じだったからだ。
求めていたものが。抱く気持ちが。
救いたいのに自分では救えない、その想いが。
――迷っていたものが晴れる。
後先のことはどうでもいい!
今目の前にあるものだけに集中しなければ、助けることなんてできない!!
暗闇の中から、ようやく姿を見せた巨大な
頭からドロドロと流れ、チョコレートファウンテンのように循環するそれを見据えた。
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