お勉強23 人間はゴリラに勝てるのか
ピロピロピロピロ!
目の前に野生の海賊ボス・ゴリラが現れた!
俺の行動選択肢表示!
①聖剣の波動で弾く
②防御する
③逃げる
よし皆、俺と一緒によく考えようぜ!
事前情報としてゴリラだが、そう呼んだだけで
行動①として、あの巨体を波動で弾いても一発で気絶させられるだろうか? 一発で気絶させないと見つかって俺お仕舞い。つかそもそも弾けて飛んでいかない気がする。はい没収。
行動②として、
(お前の地面突き刺しバリアは、人間にも有効か?)
<聖女と同じで魔物のみの効果である>
はい没収。
行動③として、存在消されている俺なら逃走が可能。はい決定!
クルリと方向転換し、脱兎の如く俺は戦場から逃げ出した。<勇者!? 何故行かんのだ!>と騒ぐ聖剣を両手に握り締めて、元いた調理場へと避難する。
<勇者!>
「あーーっ! あんなのに勝てる訳ないじゃん! さっきの波動の威力じゃ絶対弾け飛ばないぞ!? 扉木っ端微塵の威力じゃ絶対
<聖騎士と賢者は立派に戦っておるのだぞ!!>
「あああーーーーっ!!」
ドオオォン……ッ!!
……パラパラパラ……
ギャーギャー騒いでいたら重いものが落ちた音がし、再度天井から木屑が降ってきた。
もう絶対あのゴリラがこっちの船に移って来たじゃん! 嫌や!
「俺は試練を乗り越えたと
<勇者!!>
「いって!」
何も聞きたくなくて両手で耳を塞いで首を振っていたら、塞いでいた手を波動で弾かれた。床に投げ出していた聖剣が怒りの声を上げる。
<仲間が今、危機に陥っておる! 聖騎士が力で押し、聖女が回復を行使し、賢者が頭脳を巡らせ、盗賊が敵地で何かしておる! 仲間は勇者を支えるために存在しておるのだ! 彼等が踏ん張っておると言うのに、其方は何をしておるのだ!!>
「は!? 勇者になりたくないものを勝手に召喚してきたのはそっち……ん? 今ビルってあっちの船に乗り込んでんの?」
<盗賊は補助の役割を担っておるからの! 何か動いているのを感じておるぞ!>
だから姿見なかったのか。……くそ! 存在が消えている俺だからこそできること! 行動選択肢④!
聖剣の波動以外、防御以外、逃げる以外で俺だからできることは……!
『聖剣単体で調理したものに、何か効果は与えられないかと考えまして』
ハッとした。
顔を上げた視線の先――――そこにはグツグツずっと煮込まれている、クリストファーのシチューが。
「……!」
「……!?」
「………!!」
耳に聞こえてくる喧騒が大きくなる。
持ち手が木製で出来ているので直に持つことはできたが、如何せん重い!
階段に白いドロリとしたスープを撒き散らしながら、バッと床扉を開けてやっと外に出た。
釜を引きずって帆柱から戦況を確認すれば、やっぱりゴリラがこっちに乗り込んでカインと剣を交わしている。筋肉隆々だから怪力なのか、カインは押され気味だった。ボスがこっちに来てカインの相手をしている分、下っ端の何人かがクリストファーの方に回ってしまっている。
接近戦が不得手な彼も押されている様子。……いま俺が状況を打開するから待っていろ!!
聖剣を腰に、釜を両手で抱え持った俺は小刻みに震える足に活を入れ、ダッとカインとゴリラに向かって駆け出した!
更屋敷くんは山でイノシシを倒していた! 俺は彼の幼馴染だけど舎弟みたいなモンなんだ!
舎弟の俺だって、その気になればゴリラの一匹や二匹くらいいぃぃ!!
「わあああぁぁーーーーーーっ!!」
「っ!? サトー!?」
「サトーさま!!」
「何だ!? 釜が浮いてこっちに向かって来るだと?!!」
「お化け釜!?」
俺の存在は力重ね掛けの結果消されているが釜は存在しているので、敵や船員には釜が空中に浮いているように見えているらしい。
だがゴリラを倒すことしか見えていない俺はザワつきオロつく周囲など何のその。目的地まで一目散に駆け抜ける! ゴリラとの距離があと少しのところまで迫ったところで、俺はカインに叫んだ!
「カインあっち行け!!」
「何をする気だサトー!」
「くっ、また魔物か!?」
言いながらもバッとゴリラとの距離を開けたのを視界の隅に、お化け釜と対峙しようとするゴリラに向かって――――
「オンマリシエイソワカ! オンマリシエイソワカ!! ゴリラ退散んんんんんん!!!」
――――バッシャアアァァーーーーッ!! と、勢いよく釜の中身をぶちまけたのだった。
……良い子の皆は食べ物を投げちゃダメだぞ☆
◇+◇+◇+◇+◇+◇+
「~~~~癒しの力! ……はい、もうこれで大丈夫ですよ」
「本当に悪かった……」
俺があの夢を見て目覚めた第一声と全く同じことをゴリラも野太い声で叫んだ後、ヤツはあまりの熱さに耐えきれず床に倒れ伏した。
そして自分達のボスが倒されたことに動揺した下っ端どもは動揺して、それまでの動きを鈍らせカインとクリストファーに一網打尽にされてお縄となった。
ロープでグルグル巻きにした下っ端どもを皆で転がしている最中に、ビルがひょっこり姿を見せたので今まで何をしていたのかと聞けば彼は肩を竦めて。
「いやさー。敵船に乗り込んだはいいものの、毛むくじゃらの大男がいたから中々動けなかったんだよ。俺だけじゃ絶対勝てないし。居なくなった隙に色々と爆弾とか積んでたらそれで爆破してやろうと思ったのに、そんなん一つもなくって拍子抜け。でっかい花火打ち上げたかったんだけどな!」
彼はシチューぶち撒けよりも余程過激で酷いことをしようとしていたらしい。
そんな話を俺の足元で転がっていた下っ端グルグル巻きその①も聞いていて、突然わっと泣き始めた。
「何で俺達ばかり!」
「俺達が何をしたって言うんだ!」
「見えない人間とか何なんだよ! 魔物かよ!」
と泣き叫ぶのを聞いて、伝染したように他の下っ端グルグル巻きどもも大声を上げて泣き出す。
子供のように涙と鼻水を流す大人の集団は何とも見るに
ビルと二人で顔を見合わせて何だかなぁとなっていると、船員の一人があれ……?と呟く。
「どうしたんですか?」
聞くと彼は信じられないというような顔をして。
「よく見たらこの人達……僕達が立ち寄る予定のコケコットの領民です」
「え?」
「僕、何度も行き来したので覚えています。この人と何度かやり取りもしました!」
「え!?」
船員が指を指した先は、俺の足元で転がって泣く下っ端その①。
彼が言ったことを受けて他の船員達も、「そういや……」「あ、確かに!」と声を上げ始めた。
「ちょ、この人達海賊じゃないんですか!?」
「いえ、確かにコケコットの人達です! それに前まで海賊なんてものはいませんでした! 気の良い人達が何でこんなことを。僕達がだるくてずっと眠っていた時に何が……」
ザワザワする船員、わーわー泣く下っ端。
ちょっともう収集がつかなくなってきたので俺とビルは離れた場所で作業していたカイン達の元へ行き、どうするか相談しに行った。その結果ボスゴリラにどういうことなのかと話を聞くため、船部屋に場所を移してエミリアにボスゴリラが負った大火傷の治療をしてもらったと。
「で、お前達は本当にコケコットの領民なのか?」
眼光鋭いカインの眼差しと質問を受け、グルグル巻きゴリラは肩を落とし深く頷いた。
「……はい。間違いありません」
「何故この船を襲った? お前達は動物を飼い、その畜産物で生計を立てているだろう。コケコット産の卵は特に有名でソルドレイクでもその名を聞く。勤勉に生活していたお前達が、何故海賊紛いのことをした」
暫く俯いていたゴリラは、その理由をポツポツと話し始める。
「ずっと前から、もうダメになっていたんだ。動物達から卵やミルクは採れても野菜が全く育たなくなり、魚を得ようにもコールドワークからの取引は急に止まって、飼育している動物達から採れるものや肉を食べるしかできなくなった。卵やミルクだけじゃ身体がもたない。だが肉を食べたら、食べる動物もいなくなる。国に嘆願しても、どこの領地も同じ状態で俺達の声なんか届かない。だから俺達は、もう他の国から来る船を襲って食糧を得るしかなかったんだ」
「ん?」
ビルに聞いた話では、シルフィード国は守護水晶の恩恵で自然の恵みは豊潤って。……まさか。
同じことを考えたらしく、仲間達は一様に顔を見合わせて頷き合う。
「穢れの影響ですね」
「それしかないよな」
「ああ」
「……他にないでしょう」
コールドワークでは住民達のやる気を大きく損なわせ、シルフィード国では食糧難。うーん、穢れの影響も色々だな。
「事情は理解した。だが犯罪に走るのは違うだろう」
「……そんなことは百も承知だ! 俺達はずっと天の恵みに感謝して暮らしてきたんだ! けど天に祈っても飢えは
「え、サハギン船?」
「そうだ! コールドワークから出てくる船にはいつもサハギンが乗っていた! 飢えを凌ぐためと
「……」
俺は頭に小さな王冠を乗せたサハギンを思い出した。キング……。
「あの、釣りとか漁に出るとかじゃダメだったんですか?」
「海賊するまではそうしようとした! だがサハギンどもは、『魚ハ元々海ニイル俺達ノモノ。コレハ俺達ノ魚ダ!』って根こそぎ奪って行ったんだ!!」
「……」
キング、真っ当な漁じゃなかったのか……?
あぁいやでも、海を侵したとか言って嫌がらせするくらいだから、そこら辺は魔物っぽいな……?
遠い目をする俺を余所に、エミリアが困惑の顔を見せた。
「ですが、そんな状況に陥っていたのでしたら、何故シルフィード国からソルドレイクに支援要請が届けられていないのでしょう? 議会にも一切そのような話は出ておらず、私は聞いておりません」
「我が国はアルガンダとも取引が盛んです。シルフィードが弱みを晒すことを厭うたのではないかと」
カインが言ったことを聞いて、彼女は手に持つ杖をギュッと握りしめる。
「国民が苦しんでいるのにそのような考えを持つだなんて、王族として有り得ないことです。民の支えがあってこそ国は成り立つもの。本当にそのような考えで要請が為されていないのか、確かめる必要があります」
え? それ必要か?
疑問に思った俺が喋る前に、クリストファーが先に同じことを言った。
「……国の考えを確かめる前に、守護水晶の穢れを浄化する方が先です。食糧難となった原因を解決させてからでいいでしょう、そんなことは」
「ですがっ」
「大国の王女、浄化を担う聖女。他国の民を救うべきは、必要なのは一体どちらの貴女でしょうか」
ハッキリと指摘されたことに目を見開いて俯き、杖を握る手に力が入り過ぎているのか白くなっている。
「頭を、冷やしてまいります」と言ってエミリアは部屋を出て行き、チラとクリストファーに視線だけを向けたカインがその後を追った。うん、空気超悪い。
「えっと、さっきのはクリストファーさんが正しいかなって俺は思います」
「俺もー」
「……気を遣わなくても大丈夫です」
そしてクリストファーも出て行った。
……空気重っ。
俺とビルだけ残されても誰も何も言えない中、恐る恐るとゴリラが。
「何か、悪い。アンタ達見たとこコールドワークの人でもなさそうだし、旅でもしているのか? だったらシルフィードは止めておけ。今話したが、食糧難でどこも盗賊化しているからな」
「え。それってどういうことですか?」
「盗みを働いているのは俺達だけじゃないってことさ。コケコット領以外にも、シルフィードに住んでいる人間は食べ物を奪い合っている。もうそんなことが日常化して、とっくに良識なんてなくなってるよ。だからアンタ達、携帯食でも食べ物持ってるんなら、そういうヤツらの食い物にされるぞ」
注意してくれるゴリラは船員達の言うように、元々は気の良い人間なのだろう。この場合だって穢れのせいで、生きるために仕方なく嫌なことをするしかなかった。やっぱり穢れは完全悪だ。
「サトー、ちょっと」
「はい?」
腕を引かれてゴリラから少し離れ、何だとビルを見ると。
「……シルフィード、キナ臭いぞ」
潜められた声は固く張り詰めていた。
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