お勉強22 正夢になる確率はどれほどか

 調理場の扉を勢いよく開け、俺の目に飛び込んできた光景とは――



「……サトー殿?」

<止めるのだああぁぁぁー……>



 ――白いドロリとしたものを木壁に飛び散らかし、釜の中に聖剣を突っ込んでグルグルかき混ぜているクリストファーの姿だった。何これ。


 相変わらずフードを被って顔の見えないクリストファーだが、かき混ぜる手は止めずに振り返って侵入者たる俺の名前を発した。聖剣はもう泣いていそうな声を上げている。

 取り敢えず中に進ませてもらい、彼等のそばに近づいた。


「えっと、シチュー作りをお願いされたって聞いたので。あの、俺が寝ぼけたせいです。こんなことになってすみません」

<勇者! 我を助けるのだ!>

「……いえ。これも聖剣の力を試す為の一環ですので、願ったり叶ったりです」

「というと?」

「聖剣単体で調理したものに、何か効果は与えられないかと考えまして。コールドワークのようにもし穢れが人体に悪影響を及ぼしていれば、浄化効果のある食事を摂れば多少は軽減できる可能性が生まれます」

「なるほど!」

<なるほどじゃないのだああぁぁ!!>


 試してみる価値のある名案だが、どうにも聖剣は気に入らないようだ。


「おい、穢れから人を守るためだぞ。ちょっとくらい我慢しろよ」

<我は聖剣で木べらではない! 我の扱いが酷過ぎるぞ!>

「何だよ。お前ノリノリだったじゃんか」

<誰が木べらにされると思うでか!>


 具材としてグツグツ煮込まれないだけマシだろ。


 釜の中を覗き込んでも見た目も良いし、匂いも良い。頭良いし魔法も使えるし、美形だし、女子の髪結べるし料理もできるとか、クリストファーどんだけ。確かにこんなにデキる男であれば、何でもお願いしたくなるエミリアの気持ちが解ってしまう。……いや、でもブラックはダメだな。


「……聖剣から抵抗を受けて何度かスープを弾かれてしまいましたが、あと少しで完成します。座って待っていてください」

「あ、これスープだったのか。俺一応コイツの主だし、責任持って掃除しますよ」

「いえ。私の水魔法で一掃できますので」


 そう言えばそんな生活便利魔法があった。

 クリストファーは将来良い主夫になれる。


 主に救助を求めても素気すげ無くされたので、聖剣は諦めたらしく無言でグルグルかき混ぜられる道具になっている。


 クリストファーの厚意に甘え、調理場兼ダイニングなのでテーブルや椅子も設置してあるそこの一つに座って待たせてもらうことに。


 ……何となく黙ったままというのも妙に居心地が悪くて、ついつい話し掛けてしまった。


「あの。クリストファーさんって、カインさんとエミリアさんとは昔からの知り合い……なんですか?」


 付き合いの浅い人間の口から出る質問としては、微妙なラインだと思う。


 けど山越えも一緒にしたし、旅の試練も一つ一緒に乗り越えたし、数学の現地先生だし。ビルから中途半端に話を聞いた時から、結構パーティメンバーの人間関係は気になっていた。


 あの山での口喧嘩以降の二人は相変わらず、そんなこともう忘れましたみたいな態度でいる。必要な時以外話し掛けないし、軽口も叩かない。


 俺も初めは割り切ってドライな関係で行こうぜ! 仕事だろ!なスタンスだったのだが、思ったより旅が長くなりそうなので人間関係大事に頭を切り替えたのだ。ノンストレスで行きたい。


 釜をかき混ぜる手は止めず、少しして。


「……昔のことです。今は既にそれぞれ立場や相応の身分があります。人は時を経て変わりゆくもの。昔はそうだったからと、今も昔のようにとはいきません」


 淡々と紡がれる言葉は、あまりにも素っ気ない。

 会話する頻度ひんどが少し増えたからと言って、友好度が上がっているとは言い難いものがある。


 何だろう。生まれた時からじゃなくて、やっぱり途中で賢者の力が発現して貴族じゃなくなったってことが、クリストファー側は引っ掛かっているのか?


 俺が召喚された場にいた緑ローブは、ほぼおっさんの集まりだった。もし魔法省がむさ苦しいおっさん共の巣窟そうくつだとして、貴族の狭い世界しか知らなかった純情クリストファー少年がある日突然有無を言わさず、おっさんの群れに放り込まれたとしたら……。


「……お待たせし……サトー殿? 顔を両手で覆ってどうしました」

「何でもないです。変な想像してすみませんでした」


 いたいけなクリストファー少年に群がるおっさん軍団なんか想像するんじゃなかった。心がヒュンッてなって、精神的ダメージ食らった。


「シチュー完成したんですよね? じゃあ俺、皆を呼んでき――」


 手を顔から外してそう言い掛けた時、ドオォン!!と重い音が聞こえ、船が揺れる。


 パラパラ……と天井から木屑が落ちてきて、一体何事かと見上げるも、内部のここからでは状況が分からない。


「……敵襲でしょうか。見て参りますので、サトー殿はここに」

「えっ。でも俺」

「海では山のように逃げ場がありません。サトー殿は隠れていた方が安全を図れます」


 サッと短く告げて、クリストファーは出て行った。


 た、確かに非戦闘勇者の俺じゃ行っても役立たずだし、怪我もしたくないけど。でも皆が戦っているのに俺一人隠れているのも……や、集中砲火されるのにノコノコ出て行った方が邪魔だ。


「……あーっ、もう! 後ろに引っ込んで勉強するってことだったのに、下手に一つ試練乗り越えちゃったからやる気出てきとるじゃん俺! どうしよう!」


 頭を抱えて唸っていたら、<勇者よ>と未だ釜の中に入っている聖剣から呼ばれる。


<ちいと妙であるぞ>

「妙? 何が?」

<船の周囲に魔物が発する魔素が感じ取れぬ。魔物による襲撃ではないやも知れぬ>

「え?」


 言われ、確かに今の俺はビルから八回も気配消しの力ディスピアを重ね掛けされている身であるし、実際に外に暫くいても魔物には船旅に出てからは一度も襲われていない。それどころか仲間以外の人間に無視される始末。


「……え? 魔物じゃなかったら何に襲われとるん?」


 いや、そもそも襲撃じゃないかもしれないじゃん。岩にぶつかったとかさ。


 しかしそう考えた次の瞬間には、上の方からドタドタ踏み鳴らされる音やギャーギャー騒ぐ声、金属の交わる独特な音が聞こえてきて、襲撃じゃないよ案は秒でちりと化した。


 選択肢どんどん消されて、

[海賊に襲撃されている]しかもう答え残ってないじゃん! 何でなん!? RPGとか小説や漫画でよくあるけど、実際に起こるなマジでいらん!


<勇者よ! 魔物でないのなら、勇者が集中的に狙われることはあるまい! 安心するのだ、我が全て弾く!>

「非戦闘員だって言ってんだろうが! 俺を足として戦いに行かそうとすな! ……あ、エミリアの結界バリアでサハギンみたいに閉じ込めて動き封じるとか」

<聖女の結界バリアは魔物にしか効果はない>

「マジで」

<……其方が聖騎士と聖女に問うたことを思い出すのだ。其方は魔物で例え答えを迫ったが、彼等はどちらかを選び取ることはできなんだ。魔物ではなく、守ろうとしている人間から攻撃を受ければ迷いが生じることは必至>

「!」


 ……魔王討伐と穢れの浄化のために俺達は旅をしている。何のために? 決まっている。魔物や穢れから人族を助けるためだ。


 考える。エミリアの攻撃は人間には効果がない。きっとカインはエミリアを守りながら、船員達も庇って戦う。ビルは山で見た限りだと一人でも戦闘は大丈夫そう。クリストファーは……風魔法でどうにかできるよな?


「サハギン捕獲の時みたいに、海賊だけ風で舞い上げて一か所に集めれば」

<狭い船で人間が多く乗り込んでおるのに、敵のみを舞い上がらせることは相当な芸当である>

「ことごとく行かなくて良い選択肢潰してくるなや」


 くっそ、この聖剣のやる気満々どうにかしろよ!

 斬るとか吹き飛ばすとかより、弾いて気絶させる方がお互い多分怪我も少ないよな!?


「ああもう! お前ちゃんと弾いて敵気絶させろよ!?」

<承知したぞ勇者!>


 釜から聖剣を抜き取って、船の階段を駆け上がる!


 争いの喧騒が未だ続いているのを聞きながら外の様子を直に確認するため、床扉を少し持ち上げて周囲を見遣ると、持ち上げた扉の枠淵わくぶちに丁度誰かの足が引っ掛かって転んだ。


「いたっ! 何だこれ床扉が一人でに!?」

「波動」

「ぎゃあっ!?」


 仕方がないので、波動で弾き飛ばして気絶させておく。

 ここは船の後方で、この船の構造を知らなければ分かりにくい場所にある。帆柱で影になってもいるので近くを通らなければ、見つけるのはそう容易い床扉じゃない。


 転んだ時の台詞から絶対船員じゃないと思ったが、やっぱり敵だった。偶然にも傍に落ちていたロープで腕と足を縛って、動けないようにさせておく。


 帆柱の影からコソッと窺うが、こちらの人数は俺達勇者パーティ四人と船員六人の合計十人に対して、敵は……結構いるな!? 倍くらいいねぇ!?


 そして予想通りにカインは後ろにエミリアと三人の船員を庇いながら応戦し、クリストファーも三人を庇いながら杖で撃退……物理!!

 あ、そうか。魔法使いってどこの世界でも戦闘スタイル上、接近戦得意じゃないよな。しかしビルは一体どこに行ったのか、姿が見えなかった。うーん?


<勇者、考えている暇はあるまい! 我を抱え突撃して弾きまくるのだ!>

「いやちょっと待て。考える」


 見ていて敵は闇雲に攻撃してこず、連携して動いている。あれは襲撃するのに慣れた動きじゃないか?


 だとしたらそれを受けるに不慣れな俺達では、畳み掛けられてしまう可能性は高い。聖剣の波動で弾き飛ばしても誰か一人でも味方を人質にされてしまったら、手も足も波動も出せなくなる。



『ヒロシー、どんどん仲間呼ばれちゃうねー。まだ町まで遠いから、キングスライムになったら俺達やられちゃうよー』



 ゲームコントローラー1と2で野村くんとプレイした時のこと。


 ダンジョンに潜ってボスを協力して倒したまでは良かったものの、回復アイテムは使い果たしてスッカラカン。町まで移動する呪文もMPがなかったのでできず、徒歩で進んでいたらスライムとエンカウントした。しかしそれは普通の初期に出てくるスライムではなく、仲間を呼んで合体系のヤツであった。


 MPがないので呪文もスキルも使えず攻撃一択しかなく、しかし倒しても倒しても仲間呼びやがってキリがない中、そこに瀬伊くんが部屋を通りかかった。


『逃げれば良いのでは?』


 俺と野村くんはハッとした。


 戦うことしか頭になかった俺達は、そこで初めて逃走を図った。スライムだから逃げられるとおごりがあった。

 [回りこまれてしまった!]と表示が出た。スライムはキングスライムになった。全滅して視界が真っ暗になった。


『てかさ。もっとHPあった時に敢えて合体させて、一網打尽にしたら良かったんじゃない?』


 床に倒れ伏した俺と野村くんに向けて、部屋を通りかかった神風くんが放った一言である。


 ……放った一言である!



「それだ!」

<どうしたのだ>

「絶対どっかに海賊のボスいるだろ。集団行動するヤツらは下っ端処理しても、仲間呼んで増えるからな。頭さえ潰せば下は機能しなくなる!」

<勇者、急にやる気になっておるな>


 船じゃ酔って勉強できないしな! だったら石材の扉を木っ端微塵に吹き飛ばせる俺絶対安全剣を手に、人助けをした方が人道精神の安寧が保たれる! ボスはどこだ!?


 見晴らしが良いのに避けられなかったのか、俺達の乗っている船に……何だあれ? かぎ縄? 

 忍者が壁上りに使いそうなヤツが船縁に引っ掛けてあって、それで固定して飛び乗って渡って来たっぽかった。大体の海賊はボスも乗り込んできてヒャッハー!しそうだが、こちらの船にボスっぽい人物は見当たらない。


 え? ボスなのに仲間の後ろで悠々自適生活なん?

 俺かよ。


 向こうの船に残っているとしたら、船を渡らなければいけなくなる。


 聖剣を両手で握ってコソコソ移動する最中に戦闘状況を確認したが、さすが魔王討伐のために集ったパーティ戦闘担当。二人とも一人で結構な人数と渡り合っている……と、カインと目が合った。


「サ……!!」


 咄嗟に口に指を当てて静かに!の意思表示をしたが、目を見開きながらも敵からの斬撃がきたのでそれに応戦して、カインは俺どころではなくなった。


 どやされてせっかく消されている存在が見つかってはならないと、急いでジャンプして渡ろうと船縁に足を乗せたのだが――……。


 足を乗せたと同時に向こうの船から出てきた人物を目にして、俺はその足を引っこめざるを得なくなった。



 ……人間がゴリラに勝つにはどうしたらいいか、誰か教えてください。

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