お勉強19 戦いを終え、町は平和を取り戻す

「サトー! 起きんか!」

「いって!」


 ドスンという音の発生源は、床と俺の身体から。

 またしてもベッドから蹴り出された俺はキッとカインを睨みつけ、抗議を開始する。


「何でカインさんはいつもいつも俺を蹴って起こすんですか!? 手で揺さぶって起こすとかの選択肢はないんですか!?」

「そうしても起きんからだろうが!! またジュケンベンキョウとやらで夜更かししたな貴様!」


 ベッドの中にある問題集を指差され、証拠を隠す前に寝落ちしてしまった現実を見せられる。しまった!


 だが俺は勇者であると同時に、受験生でもある。

 時間を押して勉強するのは受験生が持つ正当な権利だろう。


「受験勉強は勇者の仕事と同じくらい、俺には重要なんです!」

「勇者の仕事を優先して終わらせて、早く帰るという思考にならないのか!」

「そ……、……え?」


 怒鳴るカインに反論しようとして、けれど何かおかしいことに気づく。

 カインが俺を元の世界に返すニュアンスの発言をした。そういうのコイツ、今まで全然口にしなかったのに。


 違和感を覚えていると、部屋の扉がバタンと勢いよく開いた。入ってきたのは両手にミトンをして魔女が薬を作るのに使うようなかまを持っている、フードを外して素顔を見せたクリストファーだった。

 その目の下には色濃いクマがありながらも、ニコニコと笑顔を見せている。


 え? あれ? 何かクリストファー、キャラ違うくないか? というか両手塞がっているのにどうやって開けたんだ?


「……やっと起床ですか、サトー殿。もう太陽は空の真上にありますよ。さぁ、夜中から昼にかけて私が手製にかけ、じっくりコトコトと煮込んだこのシチューを共に頂きましょう。カインも」

「あぁ。うん、良い匂いがするな。よだれが垂れてきそうだ」


 今の俺じゃなくて、カインが言った。コイツも笑顔になっているのを見て、俺は腕に鳥肌が立った。


 え? コイツらいつ仲直りしたの?

 え? 涎がとかカイン、そんなこと言う??


 ドスンと重い音を立てて目の前に置かれたそれはふたがしてあるが、先程まで煮込んでいたのかまだグツグツと音が聞こえる。


「あー腹減ったー! 今日は俺の備蓄からじゃなくて、クリストファーのお手製か! やりぃ!」

「ふふふ、私も微力ながらお手伝いしたのですよ♪」


 そんなことを言いながら、開けっぱなしの扉からビルとエミリアも入ってきた。ん? ブラック発注するエミリアが手伝ったって言ったか……??


 どこかおかしい仲間達の顔を見回していたらビルから、「どうかしたかサトー?」と聞かれる。


「いや、何か皆おかしくないですか? 性格というか、反応というか」

「そっか? 普通だぞ?」

「サトーさま、まだ寝ぼけていらっしゃるのですか?」

「よし! クリストファーのシチューを食べて元気になれ!」

「……さぁ、お待ちかねのお食事の時間ですよ♪」


 絶対ビル以外おかしい!!


 エミリアは寝ぼけるとか言わないし、カインは笑顔で俺にそんなこと言わないし、クリストファーもウキウキして言わない!!


 魔物が化けているのかと考える間にも、クリストファーが意気揚々と釜から蓋を取る。


 グツグツもわもわと湯気を立たせながら現れた

ドロリとした白いスープに、ジャガイモやニンジン――――頭部に小さな王冠を乗せたサハギンの頭部が、プカプカと浮いていた。



「キングウウウウウウゥゥゥ!!??」



 指を差し、どういうことだと全員の顔をグルグル見回す。


「どっ、どうし、何で、シチュー◎$♪×△¥●&?#$!!?」

「何を仰っているのですかサトーさま? ふふふ、隠し味で浄化を一つまみ加えましたので、とても美味しく仕上がっていますよ♪」

「……助かりました聖女。貴女の浄化一つまみがなければ、この味は出せなかったことでしょう」

「まぁ、そんな」

「浄化一つまみって何!? つまめるようなもんなのか浄化って!? てゆーか味見しちゃったの!?」


 もう止めてくれよ!

 何だよこれ一体どうなってんだよ!

 どういうことだよ! 夢なら覚めてくれよ!


 クリストファーがシチューをおわんによそって俺の頬にグイグイ押し付けてくるのを、何故か一切の抵抗ができず押し付けられるがままの俺がそう必死に願っていたら、ビュン!と青銀色の光がものすごい勢いで飛んできた。


<勇者! そのシチューを口にしてはならぬううぅぅぅ!!>


 ビシッ! バッシャアアァァーーーーッ!!


「わあっ!?」

「きゃあっ!?」

「くっ!?」

「わ、私が夜中から昼にかけてじっくりコトコトと煮込んだシチューが!?」


 飛んできた聖剣は勢いのまま釜を貫通し、釜を真っ二つに割った。そして何故か波動を出しやがってスープと具材が四方八方に弾け飛び散り、俺と仲間達にグツグツ沸騰していたそれが降りかかるのをスローモーションで見つめる。


 白いスープが目の前に迫るのを最後に、俺の視界はホワイトアウトした――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「あっちいいぃぃぃ!!!」

「サトー!」

「サトーさま!」


 カッと目を開いてガバリと起き上がれば、すぐ近くでカインとエミリアの驚きと安堵の混じった声が聞こえ、慌てて安否あんぴを問う。


「大丈夫か二人とも!? 火傷しなかったか!? クリストファーのシチューが!」

「え? 火傷、ですか?」

「……何を寝ぼているサトー!!」

「いってー!」

「カイン!」


 何でか知らんが強い蹴りを喰らってゴロゴロ転がされたものの、その衝撃でやっと今まで何をしていたのか思い出した。転がりは台座にぶつかって停止する。


 水晶触って穢れの中に閉じ込められて、浄化した。

 ……守護水晶はどうなった!?


 台座に手をついて起き上がり水晶の状態を確認すると、もう最初に見た鈍い黒ではなくなり、透明度の高い紫色へと変化していた。……うん、あの青水晶と同じくらい神秘的な感じがする。


「あの、浄化って」


 振り向いて聞くと、ニコリとエミリアが微笑んで教えてくれる。


「無事に終わりました。私が外の穢れを浄化し、サトーさまと聖剣オルトレイスが内の穢れを浄化したのです。ですが浄化が済みましたのに、サトーさまがずっとお目覚めになりませんでしたので、心配しておりました」

「守護水晶の穢れを浄化したことによって、ダンジョンは聖域となった。魔物は留まれん。キングサハギンは自らの部下を連れて去り、クリストファーとビルに町の様子を見に行かせている」


 言われて気がついたが、確かにその二人とキングはここには居なかった。そうか、終わったのか……。


 そう思ったら何だかんだと緊張していたようで、途端にドッと疲れが押し寄せてきた。


「……あーもー。宿で留守番からの流れが鬼畜きちく過ぎて辛い。宿で勉強して待つだけの簡単なお仕事だった筈なのにー」

「次からはもう同行させるからな」

「一緒に行動した方が私達も安心することが分かりましたものね」

「はい」


 お留守番係廃止決定されてしまったが、俺も今回の件でその方がマシだと思ったので素直に頷く。


 キングは良い魔物だったから良かったものの、次もそうだとは限らない。勉強も大事だが、命の方がよっぽどだ。

 はぁ~と息を吐き、そう言えばと周囲を見回すと、聖剣は俺が蹴られるまで居た場所に転がっていた。主が目覚めた時に何か声を掛けてきそうな剣なのに、まだ声を聞いていない。


 台座から聖剣のところに戻って、、柄を掴んで持ち上げる。


「おーい。俺、起きたぞ。…………?」

「……サトーさま、聖剣オルトレイスですが。ここに来るまでにずっと波動を放出され、浄化の際にも意識のないサトーさまの身体を穢れから守り、意識を内外で繋ぎ止めるお役目を果たしておりました。そして内部の浄化に関しても、その力を多大に消費されたことでしょう。恐らく、暫くはお休みになられるかと」


 エミリアから遠慮がちにそう言われ、ウンともスンとも反応のない剣を再度見つめる。


 浄化する時は強い青銀の光を放っていたのに、その刀身は今、銀の単体色となっていた。

 そっか。コイツにも他に色々することがあったから、勇者の浄化方法伝えられなかったのか。


 ……いや。一瞬納得しかけたけど、でも祭壇部屋入った時に言う暇はあっただろ。やっぱダメだわ。


 半眼になって思い直したところで、仕方なしに柄を手で持ったまま移動するしかないことに気づく。いつもならクリストファー作の鞘に入れて腰に装着するソードベルトに固定して持ち運んでいたので安全だし楽だったのだが、何もないのでしょうがない。


「サトーはもう動けるようだな。では私達も町へ行きましょう、聖女さま」

「はい。サトーさま、参りましょう」


 その言葉に頷き、祭壇部屋のちょうど中央辺りで淡く白い光を放つ模様の上に、キングと一緒に来た時と同じように乗る。するとやはりヴォン!と視界が揺れて、一瞬後には…………船の上に移動していた。


 俺と、手に持った聖剣だけ。


「……!!!」


 乗った時に気づいた。

 キングがもういないってことは、俺に掛けられた防水壁アクアベールの効果って無いのでは……?と。


 カインとエミリアにはクリストファー作の魔具があるから良いが、元留守番児の俺にはない。

 聖剣は休息中。もし戻されるのが聖域の入り口だったら、完全に俺だけ終わっていた。危な!!


 ドキドキする心臓を片手で押さえ、冷や汗が流れる中でザザン……と揺れる波の音を聞く。


 ……俺、ここからどうやって町まで帰るん? 俺とキングが海中に入った後も船は海面で揺られていた訳だから、相当流されているのでは。


「……」


 何で俺だけ最後までハードモードと、ゴロリと甲板に転がっていじける。太陽の光がずっと当たる。熱い。もうヤダ帰りたい。


 木の床にのの字を書き始めたところで、ぬっと急に陰った。見ると、頭に王冠乗っけたサハギンがこちらを見下ろして……。


「ぎゃああああぁぁぁぁ!! キングウウウゥゥゥゥ!!!」

「◎$♪×△¥●&?#$!!?」


 思わず上げた悲鳴にキングも変な奇声を上げて、後ろに下がったものの網に足を取られて態勢を崩し、海にドボンと落ちてしまった。


 そしてまたすぐ船に上がってくる。


「何故俺ヲ見テ悲鳴ヲ上ゲル!?」

「ごめん。思わぬ再会だったもので、つい」


 だって最後に見たのが釜で煮込まれて浮いていた姿。とんだ悪夢である。


 身体を起こしてキングと向き合う。するとキングは急に頭を下げてきた。


「勇者。部下ヲ、穢レニ呑マレタ部下達ヲ救ッテクレタコト、感謝ニ絶エナイ」

「えっ。うわ、ちょ、止めて下さいよ! というか、それ言うなら俺じゃなくてキングさん自身の行動にあると思いますけど。だってキングさんが俺を宿から連れ去らなきゃ、こんな被害最小限に収まらなかったと思いますし。……あの、少しの犠牲は出しちゃったかもしれないですけど」


 多分ダンジョンの二階まで行く時に、キングの部下倒しているだろうな……。


 そう思ってチクリと胸が痛んだが、しかしそれにキングは首を傾げる。


「部下ハ皆無事ダ。皆、聖剣ニ弾キ飛バサレテ気絶シタダケダト言ッテイタ」

「え? 一階と二階は?」

「ソノ階ハ罠ガ張リ巡ラサレテイル。部下達ノ管轄ハ三階カラダ」

「そうなんすか!」


 ホッと一息吐いて安堵し、現在の事情を話したらキングが町まで送ってくれることになったので、これについても一安心。一人と剣で揺られてぶらり旅が始まらなくて本当に良かった。


 ちなみにキングの部下が突然いなくなった俺のことをカイン達に知らせに行ってくれているそう。あと何で船にキングが現れたかと言うと。


防水壁アクアベールハ行使シタ者ト一定ノ距離ガ離レタラ、効果ガ切レル。ソノコトヲフト思イ出シタ。人間ハ海ノ中ダト呼吸ガ出来ナクテスグニ死ヌ。恩人ヲ死ナセル訳ニハイカナイ。勇者ノ臭イハ覚エテイタカラ、辿ッテ来タ」


 本当思い出してくれて良かったわ。何で船の上に戻されたのかはキングにも分からないらしいが。


 そうして俺と聖剣は無事にコールドワークの船場に着き、一足先に帰っていた仲間全員と合流することができた。


「サトーさま! ご無事で!」

「本当によく面倒を起こす勇者だ!」

「一人だけはぐれるって大変だったな、サトー!」

「……住民達は皆、やる気を取り戻しています。これでこの地は、もう大丈夫でしょう」


 四者四様の反応が返って来たところで、わああっと歓声が至るところから上がる。


 うん、港が見えてきた頃から人たくさんいるなーって分かっていたから、そんな感じになると思った。


 町の住民達が俺達に感謝の歓声を上げる中、一人の青年が進み出てくる。町長の息子だった。


「この度は本当にありがとうございました! 勇者さま方のお力により、私達は元気に仕事に取り組めます! 静かで陰気だったこの町がまた栄えるよう、一層の努力を胸に抱き邁進まいしんする所存でございます!!」


 圧が凄い。そして住民達の歓声にかき消されられないぐらい声がデカい。彼はやはり他の住民とは格が違う。この人がいる限り、確実にコールドワークは将来安泰と言えよう。


「が、頑張ってください」

「はい! ……キング!」

「!」


 元気に返事をした息子は、海から顔を出していたキングにも声を掛けた。


「ずっと関所の窓から見ていた! 君はいつも部下サハギンとコソコソしながら船を出していたな! また今度は何のイタズラをしているのかと思えば、やる気を出せず動けなかった私達に代わり、貨幣を稼いで納税までしてくれていた! 手続きするのに帽子と口に布を巻きつけただけじゃ、変装にもなっていなくてバレバレだったぞ!」


 マジかキング。そりゃバレるわ。魚臭いし。


 バレていないと思っていたらしく、息子の暴露にキングはガーンとショックそうな様子だ。


「クッ……! 流石ハ大キナ家ニ住ンデイル人間! 俺ノ渾身コンシンノ変装ヲ見破ルトハ!」

「キングさんはもうちょっと考えた方が良いと思います。体臭とか」

「何ト!?」

「だがキング、ありがとう! おかげで私達は未納税することなく、この日を迎えることができた! コールドワークの住民は、サハギン族に感謝する! ただ今度またイタズラして水道を詰まらせたりしたら、反省文三枚から五枚に増やすからな!」

「ハッ! 今ニ見テイルガイイ! 俺達サハギンハ侵入経路ナド網羅モウラ済ミ! 全テノ水ノ道ヲ同時ニ詰マラセタ時コソ、俺達ノ完全勝利トナルノダ!!」


 陸地と海で言い合いながらも、何だか楽しそうな二人。

 町の住民達も受けて立つと拳を握り、海面にはキングの後ろに部下だろうサハギン達が、ポツポツと海面に顔を覗かせ始めている。気持ち悪っ。


 俺は仲間達を振り返って、肩を竦めた。


「どうですか? キングの話は本当だったでしょう? ……戦闘、しなくて本当良かったです」


 エミリアは目を白黒させ、カインはその光景を眩しそうに見つめ、他二人は――やはりノー顔出しなので分からなかった。

 ただクリストファーもビルも、カインと同じ光景を見ていたことだけは確かである。


<……勇者……>


 ポソッと小さな声が聞こえたので見ると、また<勇者……>と呼ばれた。


「起きたのか?」

<……我は、叱られるのか……>

「あー」


 しょぼくれたような声で呟いて黙ったため、相当嫌そうなのが窺える。

 甘やかさないと決めた以上、俺にとったらダメだったことに関しては叱らないといけないのだが……。


「……今回は良い。最初だし」

<む?>


 こんな良い雰囲気の中にいては、そんな気も失せてしまった。ダメなことも多かったけど、それ以上に助けてくれたしな。


「次ダメなことやったら叱る」

<承知したぞ、勇者!>


 途端に元気になった。現金な剣め。



 ――そうして俺達は冒険の旅に出て最初の町、港町コールドワークの地の浄化を果たしたのだった。

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