お勉強17 ボス部屋越えて真の戦い開始

 ボス部屋をノー戦闘で終えた俺達勇者パーティは、遂にこの地の守護水晶が鎮座する祭壇へと辿り着いた。


 ソルドレイクの時の祭壇はそこがまるで外であるかのような風景だったが、やはりここも他の部屋とは相様が異なっている。いや俺ボス部屋しか見てないけど。多分そう思う。


 まるで本当に海の中にいるような、そんな景色だった。ボス部屋はちゃんと石っぽい材質の床だったのに、完全に砂地。キラキラとした美しいサンゴ礁があり、天井はなくて青だけが見える。色々な青。


 海って空の色が反射して青く見えるってことだけど、ここはどういう原理でそう見えるのか。やはり不思議な空間である。


 そしてその奥にある、神秘的な景色に唯一そぐわない、黒光りしているもの。聖剣が浄化していたからあの青水晶は神聖な感じがしたけど、ここの祭壇に鎮座している水晶は元がどんな色をしているのか分からない程に、鈍い黒に染まってしまっていた。


「水晶の色って、元々黒色ってことあるか?」

<戯け! 穢れに侵された守護水晶は全てああなっておる>


 やっぱりそうらしい。

 エミリアがギュッと唇を噛みしめ、俺を見る。


「サトーさま。では早速浄化を始めましょう」

「待ってください。俺浄化の仕方とか何も聞いてないです」


 当然のように言ってきたが、説明も何もなくできるようなことなのか。何も知らない初心者だぞ。


「あ、そうですね。私は聖女としての浄化なら分かりますが、勇者さまの浄化方法というと、少し分かりかねます。ただ文献には聖女が外の穢れを結界バリアで押さえ、勇者が聖剣と共に内の穢れを浄化させるとありました」

「何その行きあたりばったり感。え、俺実地で覚えなきゃダメなの?」

<我がついておるぞ、勇者!>


 ドヤァと聖剣が言ってくるが、本当にそこに俺いなきゃダメなのか? ほぼお前の波動で弾き飛ばすだけでボス部屋まで来たんだろ? 波動だけで穢れ、弾き飛ばせないの?


 苦い顔をする俺の肩に、人ではない水かきのついた手がポンと乗せられた。


「勇者ナラ、出来ル。俺ハオ前ヲ信ジル」

「キングさん」


 ヤッベマジで良い魔物。


 この世界に来て魔物と一番分かり合えている俺は本当に勇者かと一瞬思いはしたが、やる気と聖剣を手にエミリアと共に台座に近づいた。


「サトー」

「はい?」


 何かあった場合はそれぞれ動けるように、適度な距離を開けて待機する構えのカインに呼ばれたので振り向くと。


「貴様にとっては初めての浄化の儀だ。例え何があろうとも、聖騎士の私や賢者クリストファー、盗賊ビルが勇者サトーを守るからサトーはそれだけに集中しろ」

「ありがたいお言葉なんですけど、何かのフラグっぽいから素直に喜べません」


 立ってないよな? 俺戦えないからな?

 瞬殺されちゃうからな?


 ちょっぴり嫌な予感を胸に抱きながら、聖剣の指示に従って水晶の左側に俺が、右側にエミリアが立つ。

 鈍い黒いもやが僅かに水晶から漏れ出している。


<聖女が内から噴き出る穢れを抑えるための結界を張り、勇者。其方は水晶へとその手を触れさせるのだ>

「え? 俺だけこれに触らなくちゃなんないの? 嫌なんだけど」

「分かりました。では、参ります!」

「え? 待って俺ちょ、マジで触んなくちゃダメ!?」


 抗議する間にも、杖を両手でかざしたエミリアが詠唱を始めてしまい、その身体を淡い白の光が包んで次第に輝きが増していく。

 水晶を含む台座を中心に光が俺とエミリアを内包したその時、水晶が一人でに振動して台座に擦れ、カタカタ音が鳴り始めた。


 そして――――ブワアァッと、大量の濃い黒の靄があふれ出す。


 それはまるで、水面に真上から石を落として全方位に広がる水の輪のように。

 足元へと落ち広がり、バチバチと静電気が発生した時のような痛さが両足にくる!


 ……触れたから分かる。解る。理屈じゃない。そんなものでは知れない。

 勇者としての宿命なのか本能か知らんが、感覚的にこれだけしか解らない。


 これは――――この世にあってはならないものだと!



<勇者! 水晶に触れるのだ!>

「くっそおおぉぉぉ!!」


 言われるがままにガッと水晶をわし掴む!


 途端に溢れ出る黒がズワアァァッ!と、勢いよく俺の掴んだ左腕を這ったのを視界に映して最後、そこで意識はフッと途絶えた――……。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





 ――…………! ……、…………!?



 ……誰かが怒りの声を上げているような、そんな感情が伝わってくる。


「……ん?」


 パチリと目を開け、重い頭を持ち上げて周囲を見回す。


「どこだここ」


 辺り一面真っ暗。左右上下三百六十度見回しても真っ暗。ブラックルーム。


 何か頭重いし考え纏まらない。何だっけ?

 えーと……何してたっけ?


 自分がどこにいるのかも、何をしていたのかも分からなくて考えるが何一つ思い出せない。ヤッバい、記憶喪失かも。


 目で見えるものも全部真っ暗で何もない。歩いて確かめる気にもならない。面倒くさく感じる。ずっとここで眠っていたいような、そんな気がする。


 そしてまたまぶたが下がりかけた時、再び何かの声が聞こえてきた。



 ――……ぜ! ……ぜ……は、…………ない!!



「?」


 よく聞こえなかった。でも何か怒っているのだけは伝わってくる。何? 何でそんな怒ってんの?



 ――……のために、……………………てきた!?



 すっげー怒っているのに、全部聞き取れないから何に怒っているのか全然分からん。ちゃんと喋ってほしい。

 と、次の瞬間今までにない大きな叫びが空間も、鼓膜こまくも震わせた。



 ――こんな最期を知るのならっ、穢れなど浄化しなければ良かったんだ!!!



 怒りだけしかなかったのに。

 そこに隠されていた絶望が、顔を覗かせた。





「穢れ……? …………あっ、そうだ穢れ! 俺穢れ浄化するんだった……って、おい!? アイツどこ行った!?」


 言葉が脳髄のうずいに響いてハッとした後、右手に持っていた聖剣がないことに気づいて焦る。


 アイツ俺の命綱みたいなもんだろうが!

 ないとかどゆこと!?


「えっ、え!? つかマジでここどこ!? 全部真っ暗なんだけど! まさか穢れの中!? マジもー本当聞いてないことばっかり!! 一人で何しろっつの!」


 本当嫌だ。帰りたい。

 助けて、更屋敷くん瀬伊くん野村くん神風くん!!


 こんな時にいつも頼りになる幼馴染に脳内で助けを求めたら、彼等はポンと出てきてくれた。



『取り敢えず走って壁があったらぶっ壊せ!』

『下手に動くと命取りになります。ここは慎重を期すべきでしょう』

『寝るー?』

『そこって本当に暗いだけなの? 少しずつ移動して手探りで確かめたらいいじゃん?』



 神風くんの意見採用で!


 そうだよな、何事もまずは自分の現状把握と状況理解からだ。俺は佐藤 浩十九歳。大学受験に失敗して今は浪人生。勇者召喚されて勇者として今穢れをどうにかする感じ。クッソ帰りてぇ!


 空間は真っ暗だが、見えないだけで何か物とか落ちているかもしれない。よし、ハイハイで進むぞ!


 どっかに落ちているかもしれない聖剣目当てで、手を前方百八十度範囲で探りながらズリズリ少しずつ移動する。

 しかしよく考えたら、あの聖剣は自分で地面を弾いて移動可能。俺を探して遠方にピョンピョン跳んでいる可能性大。


「……まぁ、なるようになるだろ」


 そうでも思わないとやってられない。


 限りなく無いも同然な僅かな希望を胸に抱いて、ハイハイを続ける。暫く真っ暗の中を前進し続けていると、手に何かベチャッとした気持ち悪い感触を受けた。何だこれ……?


 気持ち悪いながらも情報を集めなければという思いから、恐る恐るそれを指でまみ、ゆっくり引き寄せてみると。


 そこにあったのは、首がチョンパされ片目が潰された――サハギンの頭部だった。



「キングウウウウウウゥゥゥ!!??」



 アイツら俺がいない隙にやりやがったのか!?とショックを受けそうになったが、ふとよく見ればこのサハギンには、あの小さな王冠が乗っていない。

 それにキングの皮膚の色はエメラルドグリーンだが、コイツは水色だ。何だ、サハギン違いか。


「ひっ!?」


 ホッとしたのも束の間、サハギンの残った片目がギョロリと俺を見、口に隠されていた牙を見せてきたので、怖くなってポイした。ポイしたのに転がってまた俺のところに戻ってくる。……呪われてしまった!


「おおおお俺じゃないです! 貴方やっつけたの俺じゃないです! むしろ貴方達のボスのキングさん助けました! 勘弁してください! 南無阿弥陀仏!」

『……戦イタクナカッタ……』

「……え?」


 ポツリと落とされた悲哀の呟きに、自然と目がグロテスクな頭部へと引きつけられた。石榴ざくろの種子のような目が、潤みを帯びている。


『戦イタクナカッタ。殺シタクナカッタ。死ニタクナカッタ。俺達ハ何ノタメニ生ウマレタ。ドウシテ自我ヲ持タセタ。使イ捨テラレル宿命ナラ、自我ナドイラナイ』


 潤んだ瞳が、ポトリと水の粒を落とす。

 そしてそれを皮切りに、辺り四方八方から同様の声が反響して聞こえてきた。


『要ラナイ 要ラナイ 感情ナンテ要ラナイ』

『殺セ 殺セ 殺セ 世界ノタメニ全部殺セ』

『ドウシテ ドウシテ 何デ 何デ』

『嫌ダ 嫌ダ 痛イ 痛イ 痛イ 痛イ 痛イ! 痛イ!!』

『死ンダ 死ンダ 死ンダ 死ンダ 許サナイ 許サナイ 許サナイ 許サナイ!』

『殺サナイト 殺サナイト 殺サナイト 殺サナイト 殺サナイト 殺サナイト』

『ヤツヲ ヤツガ ヤツデ ヤツニ ヤツシカ ヤツ』


「……っっ!!?」


 魔物だけじゃない、人間の声も入り混じった圧倒的な負の叫びに、耳から侵食される。

 絶望と悲哀、慟哭どうこく、憎悪、執着。全てが俺を呑み込もうと、這いずり回ってくる。


 サハギンの頭部が溶けて、ドロリとした泥濘ぬかるみとなったものが、俺の足をとらえた。

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