お勉強16 再会が感動的とは限らない

 ドガアアンッ!!と、部屋の石材でできている扉が木っ端微塵になって吹き飛び、石礫いしつぶてと化したそれらが進行方向に居る俺とキングにビシビシ当たってくる。


「いって! 痛い!」

「大丈夫カ勇者!」

「キングさんは何で平気そうなん!?」

「キングサハギンダカラダ」

「ずっる! 俺武器もなければ防御も……、……?」


 いや、クリストファー作の魔防具を着ている。

 何で石礫の物理攻撃貫通……?


 破壊された扉はもくもくと煙を立たせ、そこから姿を現したのは―― 一人立ちしている聖剣と仲間達だった。


 俺は察した。力ある者の攻撃は俺に貫通する。

 そして聖剣の声を耳で聞いた。結論。


「扉波動で弾いて壊すなや! 壊したものが攻撃と化して俺にダメージ喰らわせたんだが!?」

<勇者あああぁぁぁぁ!!>

「えっ。うわ、ちょ、ギャアアアアァァ!!」


 予備動作なく地面から俺に向かって跳んできた聖剣を必死に避ける。


<何故避けるのだ勇者!>

「避けるわ! 刀身剥き出しのまま跳んでくんな! 避けなかったらお前に瞬殺されてたわ!」


 部屋に残して来た時はちゃんと鞘に収まっていたのに、どうやって抜け出した!?

 ……って、待て俺キングとの会話と考え事に熱中し過ぎて、仲間の説得できてねえーーーーっ!!


「おのれキングサハギン……っ、私達の不在を狙ってサトーを誘拐するとは!」

「考えが甘かったです! サトーさまもお連れしていればこんなことにはっ」

「魔物も考えているってことだな」


 案の定仲間達はいきり立った様子で、クリストファーなんか既に何か詠唱し始めている!


 俺は慌てて仲間達を見据えているキングの前に陣取り、バッとかばうように両手を広げた。


「ちょ、待って! 待って下さい! これには事情が!」

「!? そこをどけサトー! 聖剣を持たぬサトーを連れ去り、シチューにして喰おうとした魔物を何故庇う!」

「どういうこと!? シチュー!?」


 伝わっている情報が何か変! ……ハッ!


 俺は足元までピョンと跳ねて来た聖剣を見下ろした。ヤツはクルッと向きを変えた。お前!!


「とにかく! 俺は無事だしキングさんも悪い魔物じゃありません! 皆武器下ろして! クリストファーさん詠唱中断! 終わり!!」

「だがサトー!」

「連れ去られた被害者の俺が終わりだっつってんだろうが!! 終われやあぁぁ!!!」


 考えまとまらなかったストレスと、思ったより仲間が来るのが早くて考え狂ったストレスと、聖剣から間違った情報しかも完全に俺を餌と見なされ連れ去ったと仲間が考え信じたことのストレスが爆発して、怒鳴り散らかした。


 俺の怒鳴り声で足元の水が揺れた。

 仲間はすぐに武器を下ろした。


「……勇者、ダ、大丈夫カ……?」


 ゼェハァと肩で息をする俺の背後から、キングが恐る恐ると声を掛けてくる。振り返って見たら、彼は若干後ろに下がっていた。キング何でなん。


 呼吸を落ち着かせて一度思考をクリアにする。そして色々なことの確認と説得のため、俺は皆へと言葉を発した。


「まず、救出に来て下さって本当にありがとうございます。これに関してはご迷惑と心配をお掛けしました。それで話は変わるんですが、外から見たらダンジョンはとても大きかったです。この部屋までの距離と魔物が襲ってくることを考えて、到着するの早過ぎると思います。えと、皆さんが強過ぎたのか魔物が弱過ぎたのか、どっちですか?」


 そこで仲間達の視線が俺の足元に集中した。

 俺も釣られて見下ろした。


<勇者の一大事だぞ! 其方の危機に我が一番に駆けつんでどうする!>

「えっとさ。サトーがキングサハギンに浚われたってまだ二階に居た時に聖剣から連絡来て、俺達戻ろうとしたんだよ。だけど少ししてダンジョンの圧が重くなってな。多分ボスのキングサハギンが戻って来たからサトーも一緒だろうってなった時にこの聖剣、すっげー速さで飛んできたんだぜ? 後はもう全部聖剣の波動で弾き飛ばしてここまで来たから、ぶっちゃけ俺ら全然戦闘しなかったんだわ」

「聖剣このクソお前えええぇぇぇ!!」

<何故怒る!?>


 プンプンして言う聖剣とビルからの補足で、俺的に余計なことばかりする聖剣の実態が明らかとなった。

 シチューで餌とかいらん嘘の報告はするし、手も足もないのに移動可能だし、ボス部屋までの到着時間は短縮するし!


 頭が痛いことばかりだが、コールドワークの住民やサハギン族、そして俺達のために宣言する。


「取り敢えず結論から言わせて下さい。こちらにいるキングサハギンのキングさんとは、戦闘しません! このまま真っ直ぐ祭壇に行って守護水晶浄化します! 以上!!」

「何が以上!!だこの雑魚勇者が!」

「いって!」


 皆に聞こえるように大きな声で宣言したら、バシャバシャ近づいてきたカインに蹴り入れられた。


「俺が雑魚なのは認めますけど、キングさんに危害を加えるのは認めませんよ!」

「勇者のくせになに魔物と仲良くなっている貴様! 今のところ無事そうだが、お前を油断させる作戦だったらどうする!」

「ヘン! 言うと思いましたよ! ボス部屋まで連れてきておいて油断も何もないでしょう。殺すんだったら宿でトイレしている時にグサッとされています。俺の死体をバラバラに刻んで皆さんの目の前にポイした方が、単に連れ去るよりよっぽど絶望与えられます。はい論破!」

「ならば何故勇者である貴様をこのキングサハギンは連れ去った!?」

「キングさんは俺が勇者だと知らず、船で漁を手伝わせるために浚ったんです!」


 ここで俺はエミリアとクリストファーにも顔を向ける。


「貴方達この町の関所を抜けた時に言っていたでしょう、国に納められた税金のことを。穢れの影響で町の住民達が働けない間、このキングさんが住民達の代わりに漁をして稼いだお金で税金を納めていたんです! 住民達のために!」

「そうなのですか!?」

「……その話が事実ならば、確かにその疑問は解消されます。ですがサトー殿、では何故人族の敵である魔物がそのようなことを? それにここで見逃して、いつか住民達に危害を加えられてしまったら? されてしまった後ではもう遅いのですよ」


 クリストファーの指摘は痛いところを突いてくる。

 しかし俺はそれに対しても、ちゃんと答えを用意していた。


「魔物は人族の敵。それ、誰が決めたんですか?」

「……どういうことです」

「勇者、人族ト魔物ハ敵対関係ダ」

「キングさんシャラップ。今の空耳です皆さん」


 一生懸命論破しようとしているのに、何でキングがここで邪魔をしてくるんや。お前は下がって、ここは俺に任せておけ!


「人は善で魔物は悪ですか? 確かに今までの魔王は人族に暴虐してきたのかもしれませんけど、今の魔王は違いますよね? それによく考えてみて下さい。住民達は寝ていますよね? 町長の息子さん以外仕事してなかったですよね? ――生きていますよね?」


 エミリアがハッとした顔をする。

 他は兜とフードと目出し帽なので分からないが、多分ハッとした筈。


「そうです。住民達が動けない今、魔物が虐殺するのなんて簡単なことです。いつだって容易く命を奪えた筈。侵略していた筈。彼等を動けなくさせているのは、ここにいる魔物じゃない。守護水晶を侵している、穢れだけです」

「……歴史は、」

「悪と物語っている。そう言いたいんですか?」


 何度も、幾度となく世界の均衡のために繰り返されてきたこと。言いたいことはすごく良く分かる。


 ……やっぱりクリストファーが一番切り込んでくるな。

 賢者って頭良いイメージだし、もれなく彼にもそれは当て嵌まりそうだ。まぁ、遮らせてもらったけど。


「悪が何かという答えを返すなら、確かに歴史は物語っていますよね。魔王が倒された後のことで、人は善かという問題を投げかけたのはクリストファーさん、貴方ですよ」

「……!」


 グッと、杖を持つ手に力を入れたのが視界に映る。

 人間には善も悪もある。なら魔物だけは悪しかないと、どうしてそう言い切れる?


「確かに山で襲われましたけど、でもキングさんは俺が自分で勇者だと明かした後も攻撃せずに、話を聞いてくれました。考えを話してくれました。キングさんはちょっとイタズラするだけで、町の住民達も反省文で許してくれる、とても良い関係性を築いているんです」

「「「反省文?」」」

「詳細の確認は住民達にしましょう。もし話に虚偽きょぎがあったら、キングさんをやっつけてもいいです」

「エッ」


 唖然とするキングの声が聞こえた。

 エッじゃない。その場合は勇者である俺をたばかった罪が発生し、俺達は報復の権利を手にするだろう。


「とにかく! ここに傷一つない俺と言う、キングさんが無害である状況証拠が存在しているんです! 以後も住民達に危害を加えない理由も論じました! つべこべ言わず、さっさと守護水晶の穢れを浄化しますよ! はい終わり!」


 パンパン!と手を打ち鳴らし、皆を見つめて待つ。

 シーン……と静まり返った室内の空気を打ち破ったのは、ビルの笑い声だった。


「アッハハハハ! サトーすげーな! 一番エラい目に遭ってんのに、何でそんな堂々と開き直れんの!? フツー絶望するだろ! 山では襲われたくせに海だと仲良くなれんの!? 謎過ぎて一周回って笑いしか出ないわー!」


 ひーっひっひ!と引き笑いまで起こしている彼に触発されたのか、ピンと張りつめていたものがフッと緩んだ気が。


「貴様の言葉で考えさせられるのは、これで何度目か」

「サトーさまがそこまでおっしゃるのです。私は勇者さまのお言葉を信じることにします」

「……歴史に囚われるな、と言うことですか。確かに思い込みで視野を狭めるのは、褒められたことではありませんね」


 取り敢えず戦闘なしで、と説得できたことにホッと安堵する。振り向いてキングを見たら、どことなく俺を見る目が違っているような……。


「ヤハリ、勇者ガ一番強イナ」

「……どもっす」


 純粋に褒められることがこの十九年で少なかったので、思わず照れてしまった。そして聖剣からも。


<流石だ、勇者よ>

「何が流石だお前は。後で叱るからな」

<えっ>


 えっじゃない。お前の場合は連れ去られた理由を、俺をシチューの具材として仲間達に虚偽の報告をしたという明確な罪がある。……急いで救出してくれようとしていた点で、ちょっと甘めにするけども。




 可能な限り、命のやり取りが発生する戦闘はしたくない。俺は、俺にできることをするだけ。


 ――説得の失敗をすることは、初めから考えになかった。


 瀬伊くんや神風くんが話しているのを聞いていたら、俺も自然と口達者になった。

 色々見て聞いて考えて、相手を納得させるためにパズルのピースのように一つ一つ埋めていくような、俺の話し方を聞いていた野村くんは。



『うわー。喋り方、瀬伊クラスの理詰めー。ヒロシ将来詐欺師になれるよー』



 あんまりな評価をされて泣いたことは、今でも遠い目になってしまうくらい良い思い出である。

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