お勉強15 建前と本音が違うのはよくあること

 小さな嫌がらせ程度で、深刻な被害を起こしてはいない。

 それに町の人がサハギン族に何度も嫌がらせされても血が流れる意味で戦っていないし、多分討伐を考えていたのならとっくに王都に連絡している筈だ。


 だって嫌がらせを受けている中で、

『今月も滞りなく王都へ税が納められた。浮いた分は新鮮な果物でも買って皆に配ろう!』なんて暢気なことは言わないと思う。


 港町コールドワークの住民が大らかでふところの深い気性なのか、サハギンがイタズラっ子の性格をしていたことが幸いしたのか。まぁどっちもだろう。

 バランスの良い関係性を築けている中で、もし自分達が働けない時に代わりに仕事をして税金を納めてくれていた彼等の討伐をしたと住民が知ったとしたら。


 ……微妙だ。ものすっごく微妙だ!


 俺は敢えて危ない橋は渡らない。変化など求めない。こういう場合は現状維持を推奨する。


 取り敢えずダンジョンのボス部屋は確かに仲間達が到着するまで時間が掛かるだろうと、その間思念で聖剣を通して討伐を思い止まってくれと説得しようと考えた俺。

 キングサハギンが防水壁アクアベールという水魔法を掛けてくれて海中でも呼吸可能となり、船から海へ潜ってキングに抱えられてダンジョンへと向かっている。何だか竜宮城に向かう浦島太郎のようだ。


 と、サハギン側は勇者と仲間に対してはどう思っているだろうかと、ふと思う。


「あの。ダンジョンに侵入した人間とは、やっぱり戦うんですか?」


 聞くと、キングは深い青の瞳を二度ほど瞬かせた。


「……ソレガ俺ニ与エラレタ使命。魔王サマガ誕生サレタ時代ハ争イノ時代トナル。ダガ、魔王サマハ動カレナイ。俺達モ動ケナイ。殺スノハツマランシ分カラナイカラ水ノ道ヲ詰マラセ続ケタ。魔王サマノ為ニ宝ノ穢レハ守ラネバナラナイ。侵入シタ人間ハ魔王サマヲ倒ス力ヲ秘メテイル人間。排除スルノガ俺ノ使命。シカシ宝ガ穢レテイテハ、町ノ人間ハ寝テバカリ。追イ掛ケテモコナイ。俺ハ漁ヲ続ケルシカナイ」


 言葉の端々からキングの葛藤が見え隠れしている。


 そうか。今までの魔王は暴虐を尽くしていたのに、新たに生まれた魔王は何もしていないから下の魔物もどうすればいいのか困ってんのか。


 勝手に動いて暴虐したら、

「なに勝手に人間を殺している! お前が死ね!」と怒られるかもだしな。うーん、魔物側にも色々ありそうだ。


「キングさんは魔王が何を考えているのか知らないんですか」

「俺ハ魔物ノ中デモ中位ダ。上位トモナレバオ聞キサレテイルカモ知レナイ」

「え。キングさんで中位なの?」

「俺デハ上位ノ方達ノ足元ニモ及バナイ。桁外ケタハズレノ強サヲオ持チダ」


 ヤバい。キングの戦闘力がどれほどかは知らないが、種族名にキングと付く魔物でも敵わないと認める上位魔物がいる。俺はとんでもない世界に召喚されてしまった。


 そうこう言っている内にダンジョンに到着したが、さすがダンジョン兼聖域という相様。


 遠目から見てもその大きさに内心ビビっていたが、近くで見るとかなり大きくて高さがある。時計塔のような西洋の教会のような……東〇スカ〇ツリーのような。素材とか何で出来てんだこれ。


 キングが手招きしてダンジョンの入り口に立つと、フワァと淡く白い光が何かの模様となって現れた。


「コノ上ニ立テバ、俺ノ管轄ニスグニ行ケル」

「あ、これが噂のショートカット機能」


 手を繋いで一緒に乗れば、いつか感じたヴォン!と視界が揺れて一瞬後には、床が水浸しなだけの何もない部屋へと移動していた。ゲームだとここでムービー入って戦闘だな。

 立っているのも疲れるので、防水壁の効果もあり濡れることはないから床に座る。


 釣られてキングも座った。


「ソレデ、何デ隠レナケレバイケナイ?」


 ……良い質問だな、キング。

 そこが俺の安否を左右する最大の問題だよ。


 良い魔物には違いないが、勇者となれば話は別かもしれない。いきなり戦闘モードになって瞬殺されるかもしれない。よし、確認だ。


「キングさん。人間がこの部屋に突撃してきたら、貴方はまず何をしますか?」

「名乗リヲ上ゲテ攻撃スル。ソレガ俺ノ使命」

「丸腰の何も武器を持たない人間に対しては?」

「ム……。ソモソモソンナ人間ハダンジョンニ入レナイ。ココニ来ル人間ハ宝ノ穢レヲ浄化シニ来ル。魔物ガ襲ウ場ニ来ルノニ武器ヲ持タナイナド有リ得ナイ」


 はっはー、今そんな人間と目の前にいて話しているぞキングゥ!


 良い魔物且つ守護水晶の穢れを浄化することに葛藤していることを踏まえて、俺は生存するために一つ賭けに出ることにした。


「キングさん。今まで黙っていましたが……俺は勇者です!」

「…………? 人間ニ化ケタ魔物ジャナイノカ!?」

「何で認識悪化しとるん? 一寸の狂いもなく人間ですが」


 ドキドキしながら言ったのに台無しだよ。


 ゴホンと一つ咳払いし、改めて俺が勇者である証明をキングに説明する。


「町では誰も彼もが穢れの影響で動けなくなっているのに、じゃあ何で俺は動いている? 穢れを浄化できる勇者だからです! このダンジョンに入れるのも、魔王を倒す力を秘めている人間だけでしょう!?」

「アッ!!」

「そこでストップだキングさん! 見ろ、トイレから直に漁に連れ出されたから俺、丸腰! どこにも武器なんて持っていない! あの町に住んでいる普通の住民と変わらないそんな俺を、誇り高きキングサハギンである貴方は、一方的に攻撃するつもりなんですか!?」

「……!!」


 愕然とするキングにあともうひと押しだと、勢いのまま持って行く!


「俺を勇者と気づかずここまで連れて来たのは、貴方のミスです。けど話を聞かせてくれたことで俺も考えたことがあります。キングさん、貴方は使命のためにここに来る勇者達を倒さなければならない。でも守護水晶の穢れを浄化しなければ、町の人達はずっと眠って動かない。それをつまらなく思っている。そうですよね?」

「ア、アア」

「貴方は住民の代わりに漁をして、税金を納めてくれるような良い魔物です。それはきっと貴方の部下であるサハギン族もでしょう。俺は分かります。今までどうしたら良いのか、すごく悩んでいたんですよね?」

「勇者……」

「貴方の好きにしましょう」

「ム?」


 パチパチと瞳を瞬かせるキングに頷く。


「よく考えてみて下さい。今の魔王は動いていないのでしょう? 使命に縛られて人を殺すことで、逆に魔王に怒られる可能性だってあります。だったらキングさんが本当に望むことをやったらいいんじゃないですか? 悩みながら仕事して楽しいですか? 楽しく暮らした方が良くないですか?」

「……俺ガ望ムコト。楽シク暮ラス……」


 床に視線を落として考え込むキング。

 ……果たして、キングの出す答えとは。


「部下ト水ノ道ヲ詰マラセテ逃ゲル時、部下ノ一人ガ人間ニ捕マッタコトガアル」

「えっ」


 思わぬ話が始まってヒヤッとする。

 まさか部下がやられた話か!?


 しかし、結末は思ってもみないものだった。


「ソノ日部下ハ海ニ帰ッテ来ナカッタ。俺達ハアイツハ死ンダモノト諦メテイタ。ダガ、部下ハ翌日生キテ海ニ帰ッテ来タ。町ノ人間ハ部下ニ反省文ヲ書カセ、ソレデ許シタトイウ」

「コールドワークの住民大らか過ぎてヤバい」

「人間ノ方モ、殺ス気ハ無イノダト知ッタ。俺達ト同ジダ。ソウ、穢レガ生マレル前マデハ戦イナガラモ楽シク暮ラシテイタ。勇者、俺ハ目カラ鱗ガ落チタ」

「落ちたんすか」


 諺と分かっていても突っ込みたくなるだろう。

 魚の目から鱗って。サハギンだけど。


「宝ノ穢レヲ浄化スルコトヲ認メル。俺達ハ今マデ通リ楽シク暮ラシテ生キタイ。……穢レニ呑マレタ部下モ、キットソレヲ望ム」

「え? 何ですかそれ?」

「魔物ハコノ世界ノ混沌カラ生マレル。穢レハ混沌ソノモノ。穢レニ近ヅケバ穢レニ支配サレ、個ヲ失ウ。弱キ魔物ハ呑マレ易ク、穢レニ呼ビ寄セラレル。個ヲ失ッタ魔物ハモウ、俺ノ部下デハナイ」


 淡々と感情なく告げられるそれ。


 待て。聖剣はダンジョンの魔物のことを何て説明した?



『守護水晶が穢され護りの力が弱まったことで魔物が入り込んで住処とし、居心地の良い住処を追い出されぬために魔物は侵入者を攻撃するのだ』



 キングの、魔物側の言うことが事実なら、ここは居心地の良い住処なんかじゃない。穢れは混沌そのもの。魔物。魔の物。


 ……浄化されないために穢れが、魔物を支配して人間と戦わせているのか!!


 何だよ魔物の使命って。感情を乗せなかったけど、部下が生きて帰って来たことをキングは喜んでいた。


 それなのに、穢れのせいで部下を失った。穢れは魔物モンスター化物モンスターに変えた。


 いつから? 魔王が誕生した時代は争いの時代。

 ……何か引っ掛かる。


 何だ? この違和感。キングは良い魔物で自我がある。強いから穢れに呑まれることなく、だけど使命だとそれに縛られているのは何故だ?


 動かない魔王。魔物を操る混沌の穢れ。



 ――どうして魔王と穢れの動きが、一致しな――……



<勇者ああぁぁぁ!!!>

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