お勉強14 仲間の誰かしらは敵に連れ浚われる

 俺は佐藤 浩、十九歳!

 偏差値おバカだったことで大学受験に失敗して、今やガリ勉の鬼と化した浪人生だぜ!


 そんな俺の現状を聞いてくれよ!


 訳分からん異世界に勇者召喚されて、元の世界に帰るために仕方なく魔王討伐の旅を個性的な仲間達としていたら、一人になった隙に宿のトイレで訳分からん魚の魔物に遭遇しちゃったぜ! 今ソイツの肩に俵担ぎにされて、誰もいない町の中をどこに向かっているのか知らんが疾走中だぜ!


 え? 何で魚が疾走しているのかって?


 俺に聞かれても分かる訳ないじゃん! 俺も魚に手と足が生えているのなんて初めて見た。あ、ちゃんと尻尾はあるぞ。

 目が合ってこの魚は固まって無抵抗も同然だった俺を俵担ぎしたかと思えば、トイレの窓を開けて飛び降りたんだ! チビりそうになったよな! 魚臭い。


 魚の進行方向に担がれていたら影響はそんなになかったと思うが、背中側に担がれているから風の方向で臭いがダイレクトに鼻に直撃する。生魚臭い。尖った背ビレがたまに顔に当たって痛い。あと宿のトイレに魔物いるとか聞いてない。


 何でなん? 魚は普通海にいるものじゃん。

 何で地上におるん? 魚がこんなに速く地上を走れるとかどうなってんの? 世の中おかしくない?


 絶対いる場所違うって。しかも王冠被ってるから絶対強いヤツじゃんコイツ。ダンジョンの最下部か最上階のボス部屋で大人しく待ってろよ。わざわざ迎えに来てんじゃないよ。





 そんなことをブツブツ心の中で言いながら(口に出したら絶対瞬殺)、暫く町を疾走していた魚人は俺を抱えたまま中型くらいの船に乗って出航させた。


 船が岸から結構な距離を空けてから、やっと俺は魚人の肩から降ろされた。カインには地面に転がされたが、この魚人は丁寧にしてくれた。何で魔物の方が逆に優しいのかさっぱり不明だぜ!


「……」

「……」


 丸腰の勇者と王冠乗っけた魚人で、二人揺られてぶらり旅とか始まる系なのか?


 だって殺す気ならこんなところまで連れて来ないよな? トイレで瞬殺されてるよな? え、どうしよう。魔物呼び寄せても一緒にダンジョン行っていれば良かったパターンかこれ。


 ドキドキしながら魚人の顔を見つめていたら、徐にその口が開いて鋭い牙が覗き……!


「チャント動イテイル人間ヲ見ルノハ、久シブリダ。皆、魔王サマノ穢レニヤラレテシマッテ、寝テバカリ。暇ナラ俺ノリョウヲ手伝エ」


 喋った。ちゃんと喋った。意味通じる。


 てか、え? 何言ってんの? 勇者だから浚ってきたんじゃないの? 漁を手伝うって何だ?


「暇じゃないです。受験勉強に忙しい合間にトイレ行っていただけです」


 あ、ヤッベ。普通に話し掛けてきたから俺も普通に返しちゃった。


 これは瞬殺かとヒヤッとしたが、海のように深い青の瞳が上半分のまぶたに隠されて。


「忙シカッタノカ……。シカシ船ハモウ出テシマッタ……」


 いやションボリして言われても。

 人間にしても魔物にしても俺の意思を聞かないヤツらばかりで、超ハードモードだわ。


 取り敢えず攻撃する気はないらしく、命の危機を感じながらも会話を試みることに。


「えっと、何で漁? 魚人さんなら魚獲りまくれるんじゃ」

「俺ハ魚人ナドデハナイ。サハギン族ヲ束ネテイル、キングサハギンデアル!」


 マジか。名前にキングとか付くヤツってもうその種の最上位種じゃね? だから頭に王冠乗せてんのか。何で宿のトイレの個室に居たし。


 心なしかドヤァと得意げな様子のキングサハギンを甲板に座らせて、質問する。


「はい! 何で人間の宿屋に居たんですか」

「コノ海ハ俺達海ノ悪魔ト呼バレ、昔カラ恐レラレテイルサハギン族ノ縄張リダ。勝手ニ人族ガ山ヲ切リ開キ海ヲ侵シタカラ腹ガ立ッテ漁ノ邪魔ヲシタリ、井戸ノ水ヲ海水ニ変エテヤッタリシテイタ。ダガ人族ノ住マイハ時ヲ経ル毎ニ進化シ、水ガ通ル道ヲ造ッタ。井戸デハモウ意味ガナカッタ」


 水が通る道……あ、水道のことか。

 てかやってること、ご近所さんへの嫌がらせかよ。


「我々海ノ一族ト陸地ノ人族ハソウシテズット戦ッテキタ。人族ハ知恵ガ回ル。ソノ知恵ヲ上回ッテドウ戦エバ良イカト考エ続ケ……俺ハキングサハギンヘト進化スルニ至ッタノダ」

「進化できた理由がしょうもなさ過ぎる」


 軽口叩いても大丈夫なヤツだと確信。突っ込みを入れてもキングサハギンは怒らなかった。


「ダガ、今ノ魔王サマガ誕生サレタコトニヨリ穢レガ生マレ……町ノ住民達ハ毎日寝テバカリニナッタ。海ニ漁ニモ出テコナクナッタ。水ノ道ヲ詰マラセテモ追イ掛ケテコナイ。ツマラン」


 あ、何で陸地走るの速かったのか分かったぞ。

 追い掛けっこで足が鍛えられたんだな。


 単純な疑問をぶつけてみる。


「あの、血が流れるような戦闘とかはしないんでしょうか?」

「ム? 人族トソレデ争ッテモサハギン族ノ方ガ強者ナノハ当然ノコト。知恵ガアッテモ人族ノ身体ハモロイ。海ニ引キズリ込メバ奴ラナド呆気ナク死ヌ。ツマラン」

「ヤバい。このサハギン良い魔物かもしれない」

「ダカラ町カラ人間ノ声ガ聞コエ、久シブリニ声ノスル建物デ水ノ道ヲ詰マラソウト、忍ビ込ンダノダ。詰マラソウトシタ時ニ、オ前ガ来タ。俺ハヒラメイタ。動ク人間ナラ漁ヲ手伝ッテモラエバイイノダト」


 ここで宿屋のトイレの個室に居た謎が判明。


 寂しくてイタズラする子供かよ。

 あと閃きの内容が繋がらないんだけど。


「えー、何で漁を手伝うという流れに?」

「マダ人間ガ動イテイタ時ノコトダ。水ノ道ヲ詰マラセヨウト忍ビ込ンダ時ニ、『今月モトドコオリナク王都ヘ税ガ納メラレタ。浮イタ分ハ新鮮ナ果物デモ買ッテ皆ニ配ロウ!』ト、大キナ家ノ若者ガ言ッテイタ。ソコデ人間ハ金ナル物ガ必要ナノカト覚エタ。ダガ寝テイテハ金ハデキナイ。ツマランカラ俺ガ代ワリニ魚ヲ捕マエテ金ニシ、王都ナル場所ヘ金ヲ送ッテイル」


 皆! 税金が納められていた理由が分かったぞ!

 キングサハギンが全部やってくれていた! イタズラ好きのただの良い魔物だ!……大きな家の若者ってもしかして、町長の息子のことでは。


「貴方が一人でやっていたんですか?」

「部下トヤッテイタ。ダガダンジョンニ人間ノ気配ヲ感ジ、向カワセタ。祭壇近クマデ来ルヨウナラシラセロト命ジテイル」


 あ、それ俺の個性的な旅の仲間達。


 それって戦いに行くってことだよな? やっぱり勇者とその仲間だと許されないのだろうか……。


「……オ前、不思議ナ人間」

「え?」


 再び命の危険にドキドキしながらザザン……と鳴る海の音を聞いていたら、ポツリとキングサハギンの口から呟きが漏れた。


「聞カレタラ何デモ話シテイル。コレデモ俺ハサハギン族ノ頂点。オ前、俺達魔物ニ近イ気ガスル。不思議ナ人間」

「どこからどう見ても普通の人間なので、変な言い掛かりは止めて下さい」


 何を言い出すんだこの魚は。魔物から同族かもしれないって言われるってどういうこと? 聖剣から認められている勇者なんだけど? え??


<勇者! 勇者どこにおるのだ!!>

「うわぁっ!?」

「何ダ!?」


 いきなり頭の中にドデカ音が流れてきて思わず悲鳴を上げた俺に、サハギンもびっくりしている。


<あまりにも遅いから便所まで探しに来たが、居らぬではないか! 我を置いてどこに行ったのだ!>

(あーうるさい! 取り敢えず音量下げろ! ……つか、今、あの……海の上)

<海の上!?>


 聖剣が思念会話してきたことで、ようやくその存在を思い出す。探しに来たって、やっぱりあの剣地面弾いて移動したのか?

 そんなことを一瞬思ったが、状況の悪さと忘れていた後ろめたさで言葉がにごる。


 だって客観的に見て俺、この地のボス(多分)に捕まっているようなもんだし。海の上で逃げ場なし。


(宿のトイレにキングサハギンがいて、俺今ソイツと二人で船に乗って海にいるところ)

<何だと!? だから我も連れて行けと言ったのだ! こうしては居れぬ! 我も向かうからそれまで耐えるのだ! 今すぐ聖騎士らにも連絡を……っ>

(え。ちょっと待った! このサハギン悪いヤツじゃ……おい。おい!?)


 聖剣からの思念が途絶え、通じている気配もない。


 ヤバい。このままだと勇者パーティとサハギン族良い魔物の全面戦争が起こってしまう! またしても俺が中心のトラブル発生した! 不可抗力!!


「あわわわ! キングさん、取りあえず安全な場所ってどこですか! 今すぐ一緒に隠れなきゃいけない事案が発生しました!」

「ム? シカシ漁ガ」

「漁なんてしている場合じゃありません! 一番安全な隠れ場所ってどこだ!!」


 俺の剣幕に一族でも最上位種であるキングサハギンがオドッとした様子で、水かきのついた指を下に向けた。


「ダンジョン。宝ノ前ニアル部屋ガ俺ノ管轄カンカツ

「……」


 やっぱりコイツがダンジョンのボスだったわ。

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