お勉強13 二手に別れた方が効率的には良い

 宿は見つかったがやはり営業はしておらず、町長と同じく女将は宿内にある自分の部屋で惰眠だみんむさぼっていた。

 声を何度も掛けて宿泊の許可を得て、部屋を三つ借りる。宿泊している客は他にいないから、何だか貸し切りみたいな感じがする。


 魔具の制作方法も守秘なクリストファーで一部屋、紅一点のエミリアで一部屋、他三人で一部屋という構成だ。

 そして俺はカインにどういうことかと詰め寄った。


「ダンジョンって何ですか! 本当にもう俺何なの勇者じゃないの?って感じで教えられていないこと多過ぎなんですけど! 余計なことは覚えたくありませんけど、旅において必要最低限なことは覚えるつもりなんですけど! 早く終わらして帰りたいのに帰れんだろうが! いって!」


 詰め寄ったら案の定蹴られた!

 コンチクショウめ!


「説明したとして素直について来るのか貴様。入山して初日で魔物に追い掛け回されたサトーに魔物の巣窟そうくつとなっているダンジョンのことを話せば、尻尾しっぽを巻いて逃げ出すだろうと考えたからだ。何だ、ダンジョンに入る気概きがいはあったのか?」

「できることなら入りたくないですけど、人間には心の準備というものが必要だと俺は思います。異世界に召喚された異世界人にとって、ダンジョンがあるかないかってすごく重要なことだと思います」


 魔王がいるんならそりゃ魔物もいるとは思って、実際に山でエンカウントしたけど。でもダンジョンない平和な話とかもあるじゃん。洞窟とか、古代人が造った遺跡とか、廃村に住みついてる系のヤツとか。


 何だよダンジョン。

 ダンジョンの定義ってそもそも何?


「はい! ダンジョンって魔物が沸いて蔓延はびこる建物って感じですか?」

「サトーって本当勉強熱心だな」

「この世界で無知だと俺、あっという間に死にますので」


 ピューと口笛を吹くビルに答えた後、フンと鼻を鳴らしてカインが説明をしてくれる。


<それは違うのだぞ、勇者よ。元々ダンジョンに魔物はおらぬ。魔王が生まれて穢れが発生するのは、その地を護りし守護水晶がある場所なのだ。守護水晶が穢され護りの力が弱まったことで魔物が入り込んで住処すみかとし、居心地の良い住処を追い出されぬために魔物は侵入者を攻撃するのだ>


 説明してくれようとしたカインを遮って、聖剣が意気揚々と喋り出した。お前それ、結構人から嫌われる行動なんだぞ。


「その通りだ」


 ほら見ろ。カインが目を眇めてお前を見ているぞ。


 しかしながらダンジョンの原理を聞くと、何だかダンジョンの魔物って立退きを迫られて必死に抵抗する住民みたいだな。まぁ勝手に住みついているのなら追い出しを迫られていても、フォローはできないが。


 それに守護水晶とよく耳にするが、実際に見たことのある水晶のことも聞いてみる。


「聖剣が埋まっていた水晶も守護水晶なんですか?」

「そうだ。あれはソルドレイクの地の守護水晶だ。穢れが発生していなかったのは、ひとえに聖剣オルトレイスが払ってくれていたからだな」

<眠りに就いておっても我は有能である!>


 この聖剣はクッションや魔物を弾くばかりでなく、穢れも弾いていたようだ。なるほど。確かにあの青水晶は神秘的な感じがあった。


「守護水晶が穢れにおかされることで、聖域がダンジョンと化す。前にも言ったが、聖域には力ある者でないと入れない。だから我々が行くしかないのだ」

「げぇ」

「げぇではない」


 魔物が出る時点で行きたくないけど、流れ的に行かないとダメっぽい。どうしよう俺、町に着いても全然受験勉強できない。非戦闘員なのに。


「はーい。サトーのことについてちょっといいか?」


 顔をしかめていたら、手を上げてビルが会話に参戦してくる。俺のこと?


「何だ」

「山では気配消しディスピア五回重ね掛けしてやっと襲われなくなったけど、ダンジョンって守護水晶がある場所までは道が入りくねった迷路みたいなもんだろ? 魔物も必死こいて襲ってくるんだったら、俺がサトーに力使っても意味ないと思うんだけど」

「……ふむ、確かに。大人しい気性の山の魔物達が集中してサトーを狙ったことを考えれば、ダンジョンの魔物達もサトーを集中的に狙ってくることなど容易よういに知れる」

<我が弾くから勇者の身に問題はないが、多勢に無勢。守護水晶の鎮座する場に辿り着くのは容易ではないかも知れぬ>


 聖剣の話を聞いて、カインとビルは揃って溜息を吐いた。

 勇者だが非戦闘員なのに魔物に襲われる力はピカイチな俺、限りなく足手纏いに認定される。帰りたい。


「……」

「……」

「……」

「……聖女さまに相談してくる」


 暫く皆で黙り込んだ後、カインはそう言って部屋から出て行った。


 何をエミリアに相談するのか。役立たず過ぎてアイツマジどうしたらいい?とか言う相談だろうか。


 勝手に許可もなく俺を召喚した方が悪くね?

 全面的に俺被害者じゃね? 責められるのお門違いだと思う。


「サトーはさ。魔王戦だけ戦うって話だけど、勝てると思ってんの?」

「え?」


 唐突に質問されてポカンとすれば、続けてビルが言う。


「山でもダンジョンでも魔物とは戦闘しない。穢れを無効化する聖剣と聖女がソルドレイク王国に存在したから近い位置にある地の魔物は辛うじて弱体化しているけど、魔王に近い地に進むほど魔物も強くなる。魔王は魔物の親玉で最強だろ。戦闘慣れしないのに、序盤でこんな感じなのに勝てるのか?」


 ビルの声音からはあざけるでもさげすむでもなく、単純な疑問だけが伝わってくるものだった。


 ……魔王戦と言っても、俺は別にもう戦闘するつもりはないんだけど。相談して話が決裂することになっても、何となく俺は魔王とは拳を交わす意味では戦わない気がする。


 聖剣は勇者と魔王は対だと言った。

 相反する存在だけど、勇者の俺がこんなだから多分魔王も似た中身なんじゃないかと思っている。だって魔王、今まで自発的に何もしてないし。


 それをどう説明したらいいのか。ありのままを説明してビルが地雷原だったら困るしな。


 うーんと悩み、今言えることを口にする。


「なるようになれ?」

「は?」

「元々魔物とかいない世界で生きていましたし、それなのに勝手に勇者として召喚されて、こっちだってすぐ理解できる訳じゃないです。生き物を自分の手で殺すのだって嫌ですし。でも俺しかできない事だったら俺がやるしかないじゃないですか。魔物を倒すのは俺にしかできないことじゃないですもん。それぞれ得意分野ってあると思うんです。カインさんは戦闘、エミリアさんは浄化と回復、クリストファーさんは考察と魔法で戦闘も生活補助だってできるし、ビルさんだって色々情報知っているじゃないですか。戦えたりもするし。ならできる人にできることを任せて、俺は俺にしかできないことをなるようになれ精神で頑張るしかありません」


 これに関しては、あれこれ考えても仕方ない気がする。


 何のために仲間がいるのかという問いに対して答えを返すのなら、協力して事を為すためと言えるだろう。

 そうしてかつて俺達はあのキャンプを乗り越えたのだ。俺が何に役立ったのかは突っ込まないでほしい。


 どうせ俺は魔物と対峙してもビビって聖剣の波動頼りだし、何もできないし。結局俺にしか倒せない魔王をどうにかすることしか俺にはできないと言うのなら、それまで何としてでも生存することを目標に旅した方が有意義である。……じゃないとマジでメンタル崩壊しそう。


「だから土地の浄化か受験勉強しか今のところ、俺ができることは何もありません。文句は俺を召喚した人に言ってください」

「や、文句はないけど。サトーは文句言いながらも現実見て頑張っていると思うぜ? 嫌なことさせられるって、本当に苦痛だよな」

「……ん? ビルさんってこの国の人じゃないんですよね、確か。もしかして俺と同じように召喚されたんですか?」


 ビルがははっ!と笑った。


「いんや! 魔法省から人が王国に派遣されたって耳にして、すっげー興味沸いたんだよ。俺前からあの独立組織は気になっててさ。何か秘密とか知れたりするかな?って。……国を吹っ飛ばすような魔法兵器とか造ってたら、どうする?」

「え」

「冗談だって! んな真剣に受け止めんなよ。だから魔王討伐にはちゃんと自分の意志で同行決めたぜ? ……なるようになれ、な。何かサトー見てると難しそーなことも簡単に思えてくるから不思議だな」


 穏やかな声でそう呟くビル。


 盗賊の力で情報収集にけている彼の言葉だからこそ、あの夜のカインとクリストファーの会話と照らし合わせてマジかと思ったが、心臓に悪い冗談である。ホント止めてくれ。


 と、ガチャリと扉が開いて出て行ったカインとエミリアが入って来た。


「サトー。今までの様々なことをかんがみて、貴様はここで留守番することに決まった」

「よろしくお願いします、サトーさま」

「別にいいですけど何かモヤっとする。土地の浄化って俺と聖剣必要じゃありませんでしたっけ? いなくて大丈夫ですか? あ、聖剣持って行きます?」

<馬鹿者! 勇者が居らねば我の力も発揮できぬ!>


 掴んでカインに渡そうとしたら聖剣が拒否り、カインも「問題ない」と言う。


「ダンジョンから守護水晶を持ち帰れば良い。守護水晶の護りの力が浄化により復活してから、また聖域化した祭壇に戻せば大丈夫だ。一度そこまで辿りつけば、入口からそこまで瞬間移動が可能になるからな」

「あ、そうすか」


 異世界ダンジョン、クリア後ショートカット機能搭載されていた。


 そうして俺のみ宿で留守番が確定して、エミリアがクリストファーに必要な個数を言いに行ったところで、ふと気づく。


(なぁ。お前の波動で海中弾くことできないのか?)

<可能であるが、勇者が居らぬのでは無意味である>


 思念で会話して正解だった。


 勇者だが非戦闘員なのに魔物に襲われる力はピカイチな俺、そのせいで聖騎士と聖女に留守番の判決を下され、賢者に造らなくて良かった物を造らせてしまいブラック加害者となる。




 そして翌日準備が整いダンジョンに向かうため宿を後にした仲間達を見送り、俺は意気揚々と受験勉強に取り掛かって素晴らしい集中力を発揮していた。


 住民のやる気がないため、窓を開けていても声は聞こえてこず静か。俺は最強の環境を手に入れている。

 勉強できなかったストレスを勉強で解消可能な俺の手は、ノートを黒くすることを止められなかった。


<勇者! 勇者! 休憩せんか!>


 どこかに耳栓落ちてないだろうか。


 休憩しろとうるさいヤツがいるせいで、無視していたのにちょっと集中力が切れてしまった。コイツ物乗せて封印してもすぐペッ!するからな。


「……んーっ! 結構進んだ。じゃあちょっとだけ休憩に便所行ってくる」

<我も連れて行くのだ!>

「女子の連れションか。便所くらい一人で行かせろ」

<勇者! 待つのだ勇者我を置いて――>


 パタムと閉め、トイレを目指して歩く。


 聖剣だけじゃなく、学校に通っている時には幼馴染たちにもトイレに一緒について来られていた。俺が一人になる時など学校でありはしなかったな。まぁ、それが日常だったけど。


 どうしてだか知らないが、この世界にはトイレも風呂も存在している。


 大体の異世界ってそんな現代文明なんてなく、異世界人が口出しして発明して内政チートしてから存在するものじゃないんだろうか? まぁこれも火起こしの時と同じく郷に従って深く考えないようにしよう。


 そうしてトイレに着いて用を足し終わった時、後方の個室からガチャリと扉が開いた。


 ん? 宿にいるのは俺と聖剣と、部屋で寝ている女将さんしかいない筈……。


 顔を上げて鏡に映ったモノと、鏡越しに目が合う。


「……」

「……」


 勇者だが非戦闘員なのに、魔物に襲われる力はピカイチな俺。



 ――いっちょ前に服を着て、手と足が生えて頭に小さな王冠を乗せた魚の、完全に魔物と思わしきモノに遭遇する。

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