お勉強11 悪い空気を壊すのは勇者の仕事

 俺の旅の目的が定まったとは言え、聖剣と会話してスッキリしたのは俺だけ。翌朝、比較的短い時間ながらも深い眠りだったようでお目覚め爽快な俺に対し、昨夜険悪な雰囲気になった二人の空気は険悪なまま。


 人には顔に出すなとか言っておいて、自分は空気に出すのってどうなん?


 事情を一切知らないエミリアでさえ、どういうことなのかと二人を心配そうにチラチラと見ている。


 聖剣と話したことを二人にも聞かせればいいのだとは思うが、魔王と相談したいなんて口に出そうものなら無条件でカインに蹴り入れられそうだし、クリストファーはちょっと反応が分からない。


 しかもこれは俺の勘なのだが、多分、このメンバーの中で魔王友好とか言ったら地雷踏み抜きそうな人間がいる。

 嫌な予感ほどよく当たる。俺はかつて、そうして更屋敷くんの山へ行こうぜ来襲らいしゅうを予期して外したことなど一度もない。隠れ逃げおおせたかどうかは別として。


 ただでさえ空気悪いのに、地雷踏んで吹き飛ばされたら堪ったもんじゃない。そう言う訳で聖剣とのあの会話は暫くの間は俺の胸の内に秘めることとし、地道に山道を歩いているのだが。


「あのさ」


 コソッと俺の隣に来て、声を潜めて話し掛けてきたビル。


「え?」

「俺って元々この国の人間じゃないんだ」

「え?」


 突然始められたビルの身の上話に、足を動かしながらも聞く。


「だから本当かどうかは分からないけどよ。聞いた話じゃあの二人、幼い頃は仲良かったらしいぜ?」

「えっ? それ、空気悪くしてるあの二人のことですか?」

「ブッフ! そうあの二人! 盗賊の力ってさ、補助的な効果が大半なんだよ。だから情報仕入れるのも得意で、たまたま耳にしたんだ。カインのアルベリオ辺境伯家は結構有名だけど、クリストファーの元の家もかなりの高位貴族で、そこの出身って話」


 聞いていて引っ掛かる言葉があった。

 元の家って何だ?


「貴族って家名があるんですよね?」

「そうなんだけどさ。ほら、魔法省って内情不明な組織だろ? 世界の情勢を大義名分に、魔力を宿した人間は見つかったら残らず魔法省に回収。平民なんて有無を言わさず人浚いのように連れて行く。お貴族さんだって、そこに例外なんてないんだよ。魔力を宿した人間は皆、家を、家族を捨てさせられるんだ。クリストファーの場合は聞いた話、元々魔力は持っていなかったんだと」

「……え」


 顔が見えていたら、恐らくビルは馬鹿にしたような、呆れたような表情をしているだろう。だって声にそんな感情がわずかに見え隠れしていた。


 少し前を歩いているクリストファーを見る。



『それに賢者は魔力を宿す者に現れますので、今の世界情勢では魔法省預かりとなるのは自然の摂理でしょう。ただし、聖騎士である貴方は強制預かりの場もなく自由で在れる筈なのに、国の犬となっていますがね』



 昨夜、クリストファーはそう言っていた。

 仮に仲が良かった人間に対して、突き放すような責めるような、苛立っているかのようなあの言い方。


(なぁ。賢者って、元々魔力を持って生まれた人間から選ばれるんじゃないのか?)

<大半はそうである。魔力のない人間に力が発現することは稀だ>


 思念で聖剣に聞いてみたら、どうも先人はいたようである。


 ……カインがコミュ障なのって、もしかしてそれのせいか? お互いに他人行儀な話し方だったから、てっきり知り合ってから日が浅いって思っていたのに。


 ……仲が良かったクリストファーがいなくなって、ショックだったんだ。俺だってあの四人に遠くに引っ越すとか言われたら泣く。むしろ俺も引っ越し先に引っ越す。そうか。そうか……。


「サトー」


 エミリアを護衛するように彼女の隣を歩いていたカインが、グリンとこちらに顔を向けてくる。


「え?」

「貴様、いま私に対して良からぬことを抱いただろう」

「え」

「あとさっきから一人で何をブツブツ言っている。貴様が後ろでえ? え?と呟くのがどうにも苛々する」

「何で俺だけ怒られるし。苛々する理由もひどい。ビルさんと話してたんですけど」

「サトーの声しかしとらんかったわ! 貴様の嘘にビルを巻き込むな!」

「何で!?」


 ビルを見ると、目出し帽から覗いている口が、「サ・イ・レ・ン・ト」と動いた。ビルお前!


 仲間からの裏切りにあった俺は愕然としながらビルと入れ替わりで隣に来たカインに、兜の隙間から見える眼光に見下ろされた。


「あの後暫く起きていただろう。だから頭が回らず、そんなつまらん嘘かえ?しか言えんのだ」


 嘘寝がバレてたんならそりゃバレてらーよ。つかだったらコイツもいつ寝たんだよ。

 俺のこと気にし過ぎてお前も寝れてないじゃん。オカン気質が十九歳男児に適用されるのヤダー。


「そっちだって空気悪くしてるの気づいてます? エミリアさん、ずっと貴方達のこと心配してますけど」

「……」

「いって! 俺に当たるの止めてくれます!?」


 本当のことを言っただけなのに蹴られたんですけど! 最悪! パワハラ!


「俺も人間関係最悪な中で旅するのとか嫌ですからね! 取り敢えず、魔王を討伐することを念頭に考えましょう! その後のことなんてその時にまた考えたらいいんです! 本当にできるかどうかも分からない魔王を討つ前から考えることじゃありません! そうですよね!?」

「む……。まぁ、それはだがしかし……」

「だったら仲直りしましょう!」

「は?」


 不審な声を上げるカインのガントレットに包まれた腕を引き……引き…………おっも! 動かねーんだけど! コイツの筋力どうなってんの!?


「重いんスけど!」

「私が太っているような言い方をするな! 一番軽い鎧で身動きが取れんかった軟弱者が!」

「サトーさま! カイン!」


 クリストファーのところに連れて行こうとしてできず、文句を言う俺と反論するカインに、エミリアの叱責の声が飛んだ。


「仲が良くじゃれ合うのは構いませんが、コールドワークの浄化が済んでからにしてください! 今は山道を抜けて町に着くことが第一でしょう!」

「「仲良くない!!」」

「ブッハー!」


 どこが仲良しに見えるんだと揃って声を上げたら、ビルに爆笑される。


「めっちゃ仲良いじゃん! まるで昔からの知り合いみたいだよな!」

「ビイィィル!!」


 揶揄やゆするような物言いに思わず大声で注意した。

 昨日の今日でそれはないだろ! それとも何だ、俺とカインが仲良しだと話を大きくし、クリストファーの嫉妬心を煽る作戦なのか!? 「……カインと仲良しなのはサトー殿ではなく私です!」みたいな!


 効果の程はどうかと思って、先頭を歩いていたクリストファーの方を見ると。


「……」


 振り返った状態でこちらを見ているだけだった。

 尚、フードのせいでどんな表情をしているか分かりません。頼むから今だけはそのフード取ってくれ。


 するとクリストファーとだけは話が通じれば願いも通じたのか、おもむろに彼の手が持ち上がって――――俺達の後ろ側へと指を指した。


「……サトー殿が大きな声で騒ぎ立てるので、マッドトレントに見つかりました」

「え」


 後ろを振り返れば木々がザワザワとし、幾つかの木の目が開いてギョロリと視線が合う。

 枝がバキバキと腕のように変化する。幹の穴が口へと変化する。根っこが抜けて足のように変化する。隣からカチャカチャと音が聞こえる。


「サトー貴様、この魔物収集機が!」

「おかしくね!? 大きな声出してたの俺だけじゃなくね!? 何で全部俺のせいなん!?」


 理不尽! この世界と人間はあまりにも俺に対して理不尽だ! イジメだ! 現地人じゃない差別を受けている! 勇者なのに!!


「この世界の子供相談支援センターはどこだああぁぁぁ!!」




『ヒロシ。異世界にそんな現代のような施設があると思うのですか? ヒロシの読んでいる漫画からも分かるように、舞台は主に中世か近世のヨーロッパですよ?』



 叫んだ後、頭の中の瀬伊くんにそう言われて肩を落とした俺である。

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