お勉強10 最初の頃は結束力なんてない

 一閃いっせんするかの如く、しかしひそめながら掛けられた第三者の声に、俺だけビクッと跳ね上がった。そちらをバッと見れば、木の幹に背中を預けて寝ていた筈のカインが目を開いて俺達を見ている。


「ね、寝てた筈」

「バカめ。サトーごときの嘘寝うそねが聖騎士である私の目を誤魔化せるとでも?」

「うぐっ」


 確かに!


 つか勇者なのに如きとか言われたんですけど!

 待って。これ最初から話聞かれたやつ?


 カインがいる場でもあの質問をして、けれどコイツも俺の知りたい答えは教えてくれなかった。それに王族のエミリアとカインは、幼少の頃からの知り合いだと言う。

 ブラック体質のエミリアがもし利用価値のある勇者の俺をこのまま異世界に留まらせる考えを持っているとしたら、それをコイツも知っていて協力している可能性がある。


 それに最初から話を聞いていたのなら、話を切るタイミングとしては絶妙だ。会話で俺の知能指数を計っていたのだとすれば。


「……何をどう頭の中でり回しているのか知らんが、顔に出すな。敵にも知れる」

「カインさんは、あの時教えてくれませんでした。知らなかったのか、知っていたのか、どっちですか?」


 兜を脱いで素顔をさらしているその表情は、至って普通。顔が見えていても、これでは何を考えているのか分からなかった。


 そしてカインは俺の問いには答えずに、俺より奥のクリストファーへ視線を逸らした。


「憶測でものを言うのは止めてもらおうか。賢者で魔法省でも特別な地位にいる貴殿の発言は、魔法省の考えと言っても過言ではない。内情を秘匿ひとくする独立組織が、勇者に国の在りもしない話を吹き込むとは。ソルドレイク王国への敵対とも取れる発言だな」

「……勇者が誰も教えてくれないからと、聞かれた質問に対し私個人の考えを述べたまで。それに賢者は魔力を宿す者に現れますので、今の世界情勢では魔法省預かりとなるのは自然の摂理でしょう。ただし、聖騎士である貴方は強制預かりの場もなく自由で在れる筈なのに、国の犬となっていますがね」


 バチっと、二人の間で火花が散った幻覚が見えた。


 ……あれ?

 何でこの二人がケンカみたいなことになってんの?


「あの、えっと」

「……結局、どうなのです。王国側の人間で、聖騎士の貴方が知らないでは話にもならないでしょう」

「ソルドレイク王国に生まれた私が、国に準ずるのは当然のことだ。言っておくが、王族の方々はそのような考えを持ち合わせてはおらん」

「王族におらずとも、上層部では存在するのでしょう。国とは民の血税で成り立っています。歴史を振り返ってみては如何いかがですか? どの時代も魔王が討伐されて後、国家間同士の争いへと突入しているのは火を見るより明らかです。力ある者を国が独占し、蹂躙じゅうりんする。別の世界より召喚された、この世界のことなど何も知らない赤子のようなサトー殿を利用しない手はないでしょうに。出立式が良い例です」

「現在そんな火種はないだろう!」

「魔王という人族全ての敵に対し、利害が一致しているからです。人間の欲望は底が知れない。どこに居ても同じです。少数の力ある者は、数多あまたの力ない者達によって食い荒らされる。……違いますか?」


 よどみなく言い切るクリストファーの淡々とした指摘が、遂にカインの口を閉じさせた。反論しようとして、けれどクリストファーを睨むに留まっている。


 二人の間にただよう険悪さに、割って入れるような空気感はなかった。それも内容が内容で、当事者であっても下手なことは言えない難しさがあった。


 どうしてこんなことになった。俺はただ、元の世界に帰れるかどうかを知りたかっただけなのに。


 野村くんの顔が浮かぶ。



『んー? 何でお布団が好きなのかってー? ……ヒロシー、世の中には知らなくて良いことって、たぁくさんあるんだよー?』



 野村くんは寝ることが好きだ。特に安眠枕や肌触りの良い布団に目がない。気になって聞いた彼の返答がそれだった。


 無知なのは悪いこと。

 けれど知らなくて良いことを知ってしまうのも、場合によっては悪いことなのかもしれない。


 何故だ。俺が元の世界に帰れるかどうかは知らなくて良いことじゃない筈だ。何故だ。マッドベアの時のように、俺はまた何かをやってしまったのだろうか?


 未だ空気の悪い冷戦状態の二人を冷や汗流しながら交互に見ていたら。


「……終わり終わりー。もう夜も遅いんだし、話止めて寝ようぜ?」

「わっ! え、ビルさん起こしちゃいました!?」

「バカめ。ビルは私と同じく最初から起きていた」

「マジで!?」


 全然気づかなかった……!

 だが眠いのか、ふあぁ~あと欠伸あくびを漏らしている。


「俺は職業柄元々眠りが浅い性質たちなんだよ。聖女さまは本気寝だから安心すれば? 一応無音の力サイレント掛けといたから」

「……すまない。恩にきる」

「……サトー殿も寝てください」


 クリストファーに促され、渋々と元いた就寝位置へと戻る。


 ビルが出してくれた綿の詰められた布団に包まりながらそっと確認すれば、カインは両目を閉じていた。クリストファーはフードで分からない。ビルも目出し帽で分からない。


 俺は召喚されて来たばかりで、クリストファーの言うようにこの世界のことなんて何も知らない。どうしてweb小説や漫画で見る転移させられてきたヤツは、すぐにその世界に馴染めるのだろう? 魔物とか倒せたりできるのだろう?


 現代で生きてきた。遊んで遊んで山に連れていかれたりして、勉強しようと思ってもできなかったりして。そんな平凡で普通の暮らしをしていたのに、戦うとかできる訳ないじゃないか。


 キノコが紫の粉噴き出すとか、植物が葉っぱを飛ばしてくるとか、木が追い掛けてくるとか、蔓が意思を持って攻撃してくるとか。全部、有り得ない未知のことじゃないか。クマはありそうだけど。


 ――怖かったよ。


 俺だって本当は、すごく、すごく怖いんだ。

 一歩間違えたら本当に死ぬんだって。帰りたい。皆が居る世界に帰りたい。


 勇者の俺じゃないと穢れも浄化できない、魔王も討てないって言うから、俺しかできないことだって言うから。

 人として終わっている人間にはなりたくなくて。それなのに。


 魔王を討った後、国同士の争い? 何だよそれ。

 少数の力ある者は、数多の力ない者達によって食い荒らされる? 何だよそれ。


 否定しなかった。


 王族はそんな考えを持っていないと否定したのに、その考え自体をカインは否定しなかった。それでもう、答えなんて出ているじゃないか。



<勇者よ>



 ……耳からではない、頭に直接聖剣の声が反響してきた。


<我は思念を送れるのだ。心で会話することが可能である>


 何なんこの聖剣チートかよ。何でわざわざ思念で話し掛けてきたんだか。


 焚き火から少し間を開けて地面に刺さっている聖剣の方に寝返りを打ち、火の明かりに照らされて淡いオレンジ色になっているそれを見つめる。


 それで、他の人に聞かれたくない話でもあるのか?


「……」


 ジィーと見つめて応答を待っていても、何も返答がない。自分から話し掛けてきたのに、答えたら無視するとはいい度胸である。


<頭で語るのではない。心で相手に言葉を送るのだ>


 無視ではなく聞こえていなかったようで、何か難しいこと要求してきた。


 具体的にどう違うんだ。同じじゃね?


 何度試しても俺の思念は聖剣に届かず、脳内レクチャーされてようやく何度目かのこころみで言葉に出さず思念で会話をすることに成功した。


(それで、わざわざ話し掛けてきた理由は? さすがに眠いんだけど)

<今ばかりは耐えるのだ、勇者よ。先程の聖騎士と賢者の話で、其方の心が乱れておるのは一心同体の我も感じておる>


 お前の感情は全部お見通しだぞ☆って言われた。

 怖い。


<我はこの世の秩序を保つため、相反する混沌なる存在の魔王を封じるために創られし存在。魔王を封じし後は、再びの祭壇で長き眠りに就くこととなる。幾度も幾度も、それをこの世界は繰り返しておる。魔王は秩序を乱す混沌。光と闇が存在する以上、闇を永久に消滅させることなど不可能>

(!)


 クリストファーが言っていた。

 必ず混沌である魔王は周期ごとに生まれる、と。


 いつかまた魔王は復活する。

 だから勇者もまた生み出される。世界の均衡を保つために秩序と混沌、光と闇が創り出された。


(……結局、俺に何を言いたいんだよ)

<魔王は勇者の為に、勇者もまた魔王の為に存在する。決して、人族同士での醜き欲に支配された争いのために存在しておるのではない。聖騎士、賢者、聖女、盗賊。彼等もまた同様である。我は眠りに就くが、感じ取れぬ訳ではない。いつも勇者は事をした後、苦悩にさいなまれておった>


 その内容はクリストファーの話を肯定こうていしている。ならやっぱり。


(俺は、利用されるのか? 魔王を討ったからと言って、元の世界に返してもらえないってことか? ……繰り返されていることを解っていて、今までの勇者には何も教えずにきたのか!? 俺みたいに嫌々勇者になったヤツだって中にはいたんじゃないのか!?)


 理不尽だ。そんなの、あまりにも理不尽だ。

 望んで勇者になった訳じゃないのに。魔王を討ってもそれから解放されないなんて。


 勇者だけじゃない。聖女と盗賊は分からないが、攻撃性に特化した物理の聖騎士と遠隔えんかくの賢者は、確実に争いに身を投じさせられたのだ。


<宿命は変えられぬ。秩序は秩序、混沌は混沌であらねばならぬ。それを四方から支えしピソンスサジエスギュリゾンオクシリエもそうでなければならぬ>

(どうせまた繰り返されるから、俺達の気持ちや意思なんて関係ないって言うのか!)

<話は最後まで聞け。此度の勇者がこの世界ではなく、別の世界の人間であったこと。もしや、繰り返しの宿命を変えられるやも知れぬ>

(え……)

<勇者が歴代と異なるように、魔王もまた歴代と異なっておる。どう作用するかは我も知れぬが、今までとは異なる道を辿っておる。……宿命を異ならせることも、有るのではなかろうか>


 どうして俺だけ、他の勇者よりも強い力を持っているのか。別の世界から召喚されたのか。どうして魔王が、暴虐の限りを尽くさず何も動いていないのか。


 関所に向かっている時に考えた。何もしていない魔王なら、話せば分かってくれるんじゃないだろうかって。魔王が大人しい気性でいるなら、俺と魔王の力を合わせたら宿命も変えることができるのでは。



 ――結果、俺も大手を振って元の世界に帰ることができるようになるかもしれない!



 何と希望に満ち溢れた可能性かと顔を輝かせる俺に聖剣が<既に月も深き場所に沈んでおる。勇者よ、もう眠るのだ>と頭に響かせたのを最後に、俺も両目を閉じた。


 この旅での俺の目的はさだまった。


 何としてでも魔王に会い、話を聞いてもらってこの世界の宿命をどうにかすること。そして元の世界に帰るまでに、受験勉強もきっちりやっておくこと。

 だって大手を振って帰ったとして、偏差値ボロボロだったら目も当てられない。


 ようやく希望が見えて安堵した俺は、そう時経たずして安眠の世界へと旅立った。




<……誰も望んでおらぬ。希望をもたらす秩序の者らが絶望に堕ちるなど、そんなたわけた話があろうか。そうであろう、シュトレインよ……>



 聖剣オルトレイスの哀愁あいしゅうが滲んだ呟きは、夜風にさらわれ深き宵闇へと消え去っていった――……。

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