お勉強9 俺、何かやっちゃいました?

 入山して一週間目。


 ビルが気配消しの力ディスピアを二重……三重……五重くらい俺にかけたことで、やっと魔物達とエンカウントすることなく、二山目の頂上へと辿り着くことができた。俺どんだけホイホイだったん。


 二山目の頂上なので後は下山ともう一山なのだが、その間の俺の受験勉強はと言うと、全く以ってはかどらなかった。更屋敷くんに鍛えられているとは言え、休息もあまり取れない中では、サバイバルに適さない現代人の体力の底など高が知れる。


 皆に付いて行くので精一杯の俺は、紅一点王女のエミリアにも負けていた。泣きそう。


 そんな体力事情なので、休息中はオカンカインによって勉強道具一式を取り上げられ、「貴様は頭も何も動かさずに休んでおけ!」と言われ、クリストファーの風魔法によって身動きを取れなくさせられた。


 勇者なのにマジでこの扱い何なん。話違う。

 手も足も頭も動かせなくなった俺はビルに手ずからご飯を与えられた。普通そこはエミリアの位置では。


 こんな登山状況なので、勉強のできない俺のストレスは上昇の一途を辿っている。大丈夫だろうか俺の勉強知識。何か思い出せ。

 えーと、古典の「ゆかしくおぼめして」の解釈は、確か心ひかれるの意味があって、えーと……。


「いって!」

「サトー! ただの木に正面からぶつかるとは何事だ!」

<勇者よ。睡眠が浅いのではないか?>


 考え事しながら歩いていたら木にぶつかり、目撃したカインに怒られ聖剣に心配された。


 ダメだ。こんな自然サバイバル環境の中では勉強なんてできない! これは一刻も早く山越えして、港町コールドワークへ辿り着かなければ……!


 奮起してズンズン足を動かしていると、柔らかいものが足に当たった感触が。


「ん?」


 足元を見ると、何やら黒茶の小さなかたまりがコロンと転がっていた。塊はよく見たらクマの赤ちゃんで、仰向けの態勢で短い手足をバタバタしながら起き上がろうと頑張っている。俺はその姿を見て、ひっくり返った亀を思い出した。

 進行方向の先しか見ていなかったから、どうも気づかずに蹴ってしまったらしい。悪いことをした。


 起き上がるのを手伝おうとそれを持ち上げたら、「あっ! サトーさま何をなされていらっしゃるんです!?」とエミリアの焦った声が。


「それ、マッドベアの赤ちゃんですよ! 親に見つかる前に早くその子を離し――」

「ギャウオワアァァァ!!」


 背後から獣の咆哮ほうこうが聞こえ、空気を震わせる。

 青褪めるエミリア、直立不動のクリストファー、首を左右に振るビル、カチャカチャと小刻みに音を立てるカイン。


 ……あ、俺やっちゃいました?


「サトオオオォォォォォーーーー!!」

「サーセン!!」


 前方にいるカインの咆哮が山を揺らした。





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「という訳ですからサトーさま。人間も母親は自分の子供を守ろうと必死になるのです。それは知能の低いとされている魔物でも、生殖本能として組み込まれております。特にマッドベアは赤ちゃんのすぐ近くにいて見守る魔物です。何にしても今後は魔物の赤ちゃんに近寄る・触るなどをしてはなりません」

「はい」


 エミリアによる魔物講座を開催され、勉強中の俺。

 求めていた勉強違う。


 あの後俺達は無事にマッドベアから逃げることに成功し、その逃走の勢いのまま三山目の中腹までやって来たのだ。カインが俺の手から子マッドベアを奪い取って投げ、それをクリストファーが風魔法で行き先を補佐し、母マッドベアは俺達を攻撃するよりも子供を優先して追い掛けて行った。


 俺達もマッドベア親子から離れるためにビルが盗賊の力で俊敏スピードを底上げし、安全と見たここで一旦の休息を取っている。

 ちなみにマッドベアと戦闘をしなかったのは、初めに悪いことをしたのは俺なので無為むいな殺生はするべきではないとのこと。あの魔物もこちらが手を出さなければ、基本大人しい気性だそう。


「多大なご迷惑をお掛けしてすみませんでした」


 無知は大きな失敗を招く。


 改めてそんな教訓を異世界に来てまで突きつけられた俺は、低頭平身で皆に謝った。


「全くだ! 自ら危険を呼び込むなど、ビルが五回も力を重ね掛けした意味がないだろうが!」

「サーセン」

「俺は別にいいけどな。マッドベアだってそう苦戦するような魔物じゃないし、これでサトーの危機管理力が上がるんだったら必要なことだったと思うぜ?」

「ごめんなさい」

「……コールドワークに行くまでに、魔力を消費することになるとは思いませんでしたが」

「申し訳ありませんでした!!」


 ブラック被害者のクリストファーの言葉がグサッと突き刺さった!

 重い! 感じる言葉の重みが違う! 俺までブラック加害者になる訳にはいかない!


「クリストファー。もし必要でしたら、貴方の風魔法でサトーさまを運んで行くというの――」

「わあああぁぁぁ!! 覚えます! 学びますからそれだけはあぁぁ!!」

「サトーさま! やる気になって下さりとても嬉しいです!」


 何て聖女だ。エミリアは人を手足のように使うブラック人間かもしれない。あっ、結局元の世界に帰れるのか教えてもらってない!


「ではまず、植物系魔物に対する注意事項と、万が一やってしまった際の対処方法を学びましょう」

「はい」


 ニコニコと笑う顔には、黒いものがチラついている(気がする)。


 思い返せばいつもエミリアは、俺の一番知りたい答えを教えてくれずに消滅させている。うん、本当に知りたいことはエミリアに聞くべきではない。


 俺はちゃんと過去の経験から学んでいた。





 そして誰に聞いたかというと、危うくブラック労働をさせてしまうところだったクリストファーである。


 寝ている振りをしていた俺は皆が就寝して、今日の焚き火の当番である彼の元に近づき、コソコソヒソヒソと質問しに行った。


 パーティいち体力最低な俺は、火の当番さえさせてもらえない役立たずぶりを発揮している。カインと聖剣が、


「サトーは寝ろ!」

<深い睡眠を維持するのだ!>


 と口うるさかったためである。

 当番にかこつけて受験勉強する俺の計画が台無しになった。


「……元の世界に帰るには、ですか?」

「はい。俺、誰にも教えてもらえていないんです。召喚だけとかないですよね? ちゃんと返還してもらえますよね?」


 パチパチと火のぜる音、夜風に木々の葉があおられる音を聞きながら、彼の返答を待つ。


「……まぁ、理論としては召喚と反対のことを行えば良いので、できないことはないでしょう。ただ、どうでしょうかね」

「どうでしょうかねって? 何かあるんですか?」


 肩をすくめての返答に疑問を呈すれば、驚きの答えが返ってきた。


「あの召喚の儀では、見つからない勇者をび出すことが目的でした。こちらの考えではこの世界のどこかにいる勇者を喚び寄せるためのもので、違う世界から人間が召喚されるなど想定外のことです」

「え? けど、あの場にいたおっさ……魔法師は興奮していたし、エミリアさんだって落ち着いていましたよ?」

「もしかしたら勇者が生まれていない可能性だってありました。ですから人が現れたことで、勇者は存在したと興奮したのでしょう。服装や荷物等でこの世界の人間でないことは聖女にも判った筈ですが、王女であるが故におもてには出さなかったのかと」


 ということは、何だ? 現地人からしても、異世界人の俺が勇者として召喚されたことは予定外だったって? ……衝撃の事実発覚!


「そうか、だから答えられない質問は消滅させたのか! 教えてくれないのおかしいと思ったんだよ!」

「……サトー殿のいた世界の時とこちらの時に関しては、ビルの空間魔法を元に考察しています。保存状態は収納した時のままであるならば、空間自体は別にあるでしょう。そうと仮説を立てるのであれば、空間と次元を繋ぐものを仮にαとして――」

「あ、いいです。何となく分かります」

「そうですか」


 うん。何か受験生の俺でも手に負えなさそうな難しい授業始まりそうだったわ。


 あれだろ? ビルの空間魔法の収納先が時間経ってないんなら、俺の世界の時間も経ってないだろうっていうことだよな?


「……先程の話に戻りますが。そういう理由ですので、魔王を討ったからと素直に返還に応じるか疑問が残ります」

「え?」


 何でだ? 魔王を討つんなら、別にその後の勇者とか必要じゃないだろ?


 しかし、ここで脳裏に閃くものがあった。Web小説や漫画によくあるやつ。


 出立式のことを思う。

 必要かと聞いて、嫌悪を滲ませていたカイン。


 目深に降ろしたフードの奥でクリストファーは一体どこを見、何を考えているのか。

 いやーな考えに口の中がカラカラに乾きながらも、質問を止めることはできなかった。


「……勇者の利用価値。他国との戦争、とかですか?」

「そ――」



「何の話だ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る