お勉強8 召喚勇者は最初の戦闘にビビる

 関所を抜けてようやく城下から出た俺達は、魔王城への道中で穢れた地を浄化しに行かなければならない。

 ガヤガヤしていた街の喧騒けんそうから離れ、最初に向かう穢れた地はコールドワークという、以前は王国間の貿易で栄えた港町だそう。出発地点であるソルドレイク城下町は丁度大陸のど真ん中にあるとのことで、海とはめんしていない。


 陸地を歩いて行くのに、では距離はどのくらいあるかと聞けば。


「三山は越える」

「山越えすんの!? 三山も!? どこが近いんですか!?」


 無理じゃね? え、現代人歩き通しの三山越え無理じゃね? 当たり前のように言われたが、紅一点で王女なエミリアは大丈夫なのか!?


 紫ローブと目出し帽はノー顔出しなので分からないが、エミリアはそれを聞いても普通に微笑んでいる。


「ふふ。日にちに換算すると、ほぼ十二日くらいでしょうか?」

「めっちゃ掛かる! エミリアさんは歩きで大丈夫なんですか?」

「はい。聖女の使命を果たすために、私も日々鍛えておりましたので!」


 拳を握って元気に答えているが、どうなのか。


 どう見ても細身で筋肉の欠片もなさそうな体型だが、本人が言うのであれば信じるしかない。俺も女子である彼女には負けていられない。


 何と言っても、俺には更屋敷くんに無理やり鍛えられた今までがある! 何度も山(立入禁止範囲)で危機を突破してきたんだ。山越えの一つや二つ!





◇+◇+◇+◇+◇+◇+





「ギャー! つる伸びてきたー!」

<喚くな勇者! 我が居ればかような下等植物など、造作もないわ!>

「くっ、何なんだサトー貴様この魔物のえさが!」

「ひどくね!?」


 山に入って暫くして、植物系の魔物は何故か俺にしか狙いを定めず、集中砲火を浴びせられている。


 やれマッドマッシュは俺にだけ紫色の粉を噴き出す、やれマッドプランツは俺にだけ葉っぱを飛ばしてくる、やれマッドトレントは他は無視して俺を追い掛けてくる! 最悪!


 そして今は、マッドアイビーの蔓ムチ攻撃に俺だけ遭っている。非戦闘員勇者の俺は万全装備とは言え、捕まったら何をされるか分からない。

 聖剣は波動で弾いてくれているが、狙われているのが俺だけだと早々に把握し、剣でぎ払ってくれているカインからそんな暴言を吐かれた。最悪!


 今のところ主に戦闘員達が頑張ってくれている。

 カインが剣で薙ぎ払い、クリストファーが風魔法で一掃し、エミリアの浄化で倒しているが、浄化されていく際の「オグゥオワアァァァァーー……!!」という断末魔は何度耳にしても聞き慣れない。まるで難関応用問題に直面した時の、俺の悲鳴のようである。


 ちなみにビルはビルで、ダガーらしき短剣で補助したりしていた。真実非戦闘員なのは俺だけという。

 今回も「オグゥオワアァァァァーー……!!」を聞いて、ようやく戦闘終了。


 日々鍛えていた俺以外のメンバーにはこの山に出没する魔物など屁でもないそうだが、如何いかんせんエンカウントが通常の倍以上だそうで、雑魚ざこの相手も数あれば適度に疲れるらしい。

 そのためエミリアがボソッと、「十八日は掛かるかもしれませんね……」と呟いたのを耳にした俺は目を剥いた。二週間以上!


 立ち止まったりしたらいつまたエンカウントするか分からないので、戦闘以外は無言で木々の間を歩き続けた俺達は、ようやく日が沈む頃に休息を取ることとなった。聖剣を地面に突き刺すことで、ある程度の範囲までは結界バリアを張ることができるらしい。


<我に任せておけ!>


 弾く気満々な聖剣様々である。


 そして兜を脱いで汗を拭っていたカインが、眼光鋭く俺を射抜いてきた。


「何だあの魔物の引きつけ様は! サトー、お前は勇者ではなくおとり役なのか!?」

「俺に聞かれても困るんですが!」


 こっちだって戦闘中は後方で勉強するっていう話なのに、全く勉強できやしない! 攻撃をするカインの邪魔にならないよう、立ち回るので精一杯だった。


「俺も疲れたぁー。というか普通、こんな出ないんだけど?」

「……おかしいですね。ここら辺は王都に近いので騎士団が定期的に見回り、私達魔法省も凶暴化しているという報告は受けていないのですが」

「そもそも気性は大人しく、人に攻撃を仕掛けるような魔物はこちらに棲息せいそくしておりません。しかも狙うのが勇者であるサトーさまのみ。聖剣オルトレイス、心当たりはございますでしょうか?」


 魔物エンカウントの不可解さにエミリアが聖剣に聞けば、<うむ……>と唸って。


<勇者の宿す強力な力に引き寄せられておるのか……。それとも別の世界から来た故、奴らにとって好みの臭いを発しておるのか……>


 俺を極上の餌みたいに言うのやめろ。


 マジで勇者の力何なん? 俺、魔物の餌になるために生まれてきたんじゃないんですけど?


「帰りたい。折衷案なんて言わず、帰らせろコールしとけば良かった」

「俺盗賊で良かったわー。勇者って大変だな」

「他人事過ぎる」


 言いながらもビルは一体どこから取り出しているのか、次から次へとパンやら果物やらをポイポイと人数分出している。見るだけでも不思議な空間魔法。まるで手品。

 そして俺の大事なキャリーバッグは道中邪魔だと取り上げられ、その中に仕舞われ運ばれている。


 彼は取り出したそれらを仲間達に投げて渡し、俺もちゃんとキャッチした。


「今夜の食事だけど足りるか?」

「充分だ」

「はい。大丈夫です」

「……基本小食なので」


 俺も疲労が大きくて腹は減っていたがあまり食べられる気はしなかったので、普通に丁度いい量だ。


 パンを食べながら質問する。


「ビルさんの空間魔法って、どれくらい物が入れられるんですか?」

「ん? 上限とかないっぽい。前に気になってこれでもか!っていうくらい入れてみたことあったけど、全然余裕だったな。ま、食糧とか薬とかの心配は要らないから安心しろって!」


 目出し帽がなければ、多分ニカッと笑ったんだろう。非戦闘員なのにちゃっかり戦闘補助こなしてたし、今のところ何もしてないのは魔物ホイホイの俺だけ……って待て。何を感化されてやる気になろうとしている俺。


 俺の仕事は魔王戦と穢れの浄化だけだろうが!

 俺に二度目はないんだぞ!


「しかし、ああもサトーが魔物を呼び寄せるのでは話にならん。このままではコールドワークに辿り着くのさえ、二十日は掛かるぞ」

「二日悪化してる! えと、でもこればっかりは俺のせいかもだけど、俺じゃどうにもできないし」

「何て役立たずな勇者だ」

「だから役立たずだって言ったじゃないですか! 俺だって、俺だって受験生でさえなければ、蹴りの一つや二つ!」


 俺だってもう十九歳! かつて山でクマではなくイノシシに遭遇して、神風くんに助けを求めて泣きながら逃げ帰った俺ではない!


 後日そんな俺の姿を軟弱だとした更屋敷くんにより、強制シゴキ地獄を味わわされる羽目になったのだ。また宿題ができず俺は泣いた。


「私達はサトーさまにそのような特殊能力があることを知らなかったのです。大丈夫ですサトーさま。私達が必ずサトーさまを魔王城までお守りしますから!」

「エミリアさん……」


 ヤバい、泣きそう。

 女の子で王女さまに守られるとか、情けなさ過ぎて泣きそう。


 でも本場の戦闘なんて絶対無理だし、勉強おろそかになっちゃうだろうし、ずっと一緒にいた頼れる幼馴染が誰もいない幼馴染いなくて寂しい病チャイルドフードフレンドシックで泣きそう。あとそんな特殊能力いらん。



『ヒロシ! 男は一度やると言ったことはやり切るもんだぜ!』

二兎にとを追う者は一兎いっとをも得ず、と言います。勉強を取るか休息を取るかはヒロシ次第ですよ』

『ふかふかお布団ー。ヒロシもう寝よー?』

『決断は素早くだよ、ヒロシ。後になればなるほど迷いが生まれるからさ』



 更屋敷くん。瀬伊くん。野村くん。神風くん。

 そして学校の先生はかつて、こう教えてくれた。


『周囲に無理に合わせず、自分のやりたいことをして良いんですよ』と。


 そんな彼等の言葉と顔を思い出し、俺は瞳を閉じた。


「やっぱり役立たずなので受験勉強という、俺が唯一できることをします。今日は疲れたのでもう寝ます。お休みなさい」

「待てサトー。貴様、なに勝手に転がって寝ようとしている!」

「いって!」


 だって野村くんが寝よー?って言った!


 ていうかパワハラカインは絶対一日に俺を足蹴にしないといけない日課でもあるのか!? 召喚されてから毎日蹴られているんですけど!?


 目を開けてカインを睨むと、ヤツはフンと鼻を鳴らして。


「火をいているからと言って、何も掛けんのは寒いに決まっているだろうが! 軟弱な貴様ではすぐに風邪を引くだろう! ビル、寝具はあるのか」

「あるよ!」


 パワハラカイン。ヤツはオカンでもある。

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