お勉強7 勇者と魔王は対の存在

 現在外に出るためにソルドレイク関所を目指して、城下町をコソコソ歩いている俺達魔王討伐パーティ。


 え? 出立式? そんなものは省略だ省略。

 ……気になると言うのなら、簡易的に説明する。


 討伐パーティの過半数がノー顔出しの中では、出立式は盛り上がらず参加者がザワザワしていただけだった。以上。


 四人の中で顔を出していたのはこの国の顔でもある王女聖女のエミリアだけで、賢者クリストファーは紫ローブフードを目深に被り、盗賊ビルは目出し帽だし、聖騎士カインは銀のかぶとを被っていた。


 クリストファーに関しては、内情外部漏れNGは顔もらしい。有能で賢者な彼は魔法省でも特別な地位にいるらしく、日々忙しくしていたと。……ブラック企業に勤めているからブラック受注も当たり前感覚の、社畜疑惑噴出中。


 ビルに関しては、カインも言っていたように義賊で顔を知られちゃ不味いからと顔出しNG。カインに関しては、兜を被った姿が正装だと。


 俺に関しては、男性陣皆がそうなら俺も隠さなきゃ足並み乱れるなと思い、キャリーバッグの中に入れていた感染対策マスクと何か入っていたサングラスを装備してのぞんだのだ。


 出立式の場に行く前に部屋の中でそんな格好の俺達男性陣を見回して、困り顔をしていたエミリアがとても印象的だった。以上。


 そんなパーティメンバーなので、城下町をコソコソ不審者の如く歩いているのも仕方ないことだと言える。

 さすがにサングラスは取ったが、未だマスクは装備中。だって受験前に変な菌もらって風邪引いたら困る。あと以下パーティメンバーの証言。


「……旅もしますので共にいる人間になら仕方ありませんが、民や敵に知られるのは極力避けさせて頂きます」

「俺これ脱ぐの絶対無ー理ー」

「戦闘時に悠長に兜を着脱する時間などない。外での常時装備は当たり前だ」


 そんな男性陣の証言を耳にしたエミリアは、最後までスカーフを顔に巻くかどうかで悩んでいた。以上。


 と、暫くコソコソ歩き続けてきたが、さすが一番国力があって栄えている国。城下町が広すぎて城から関所まで中々辿り着けない。


「関所はまだですか。こういう時のパターンって、馬とかに乗って行ったりしないんですか。あとこんなノー顔出し集団なのに通行人が誰一人として見てこないのは何故」


 誰にもとなく質問すれば、答えたのはビルとカイン。


「あー、やっぱ騒がれたりしたら面倒だからさ。俺、大きな町とかたくさん人がいる場所では常時気配薄くするように力使ってるから」

「馬に乗れない人間が過半数いるのでは、連れてきても仕方ないだろう。この大陸で最も栄えている国の城下だ。遠くて当たり前だろう」

「ビルさんの力って本当に盗賊が持ってそうなヤツですね。……ん? じゃあ何でこんなコソコソ歩いている? 堂々と歩けば良かったんじゃ」

「普段から堂々としちゃったら、外でも堂々と歩いちゃうからだな! サトーは俺と同じ非戦闘員らしいし、できるだけ魔物にも見つからないようにしなくちゃね」

「あ、なるほど」


 つまりは俺の隠密能力を上げるための、俺だけ知らされていない暗黙の了解と。

 勇者なのにマジで俺に関する必要なこと優先的に教えてくれない。どうなっている。


<安心するがよい。勇者に群がる下等な魔物は我の波動で弾いてくれる!>

「お前俺が持ってなくても波動出せるよな? 俺必要か?」


 聖剣コイツ単体で魔王倒せたりしない?

 もしや勇者ってアレか。カマキリの腹にハリガネムシが寄生して、最後には水中で溺死させられる都合の良い寄生先……?


 一瞬どこかに捨ててこようかと思ったが、地面を波動で弾いてピョンピョン後ろをついて来る光景が簡単に浮かんできたので、ストーカー剣を実際に目撃して多大なストレスを抱える選択肢はドブに捨てた。あとカインの言ったことに関してもちょっと引っ掛かる。


「馬に乗れなくても、馬車とかそんなのに乗る選択肢は?」

「サトーにどれだけ体力があるかは知らんが、普段そんな楽をして緊急時に動きが鈍られても困る。それに馬車代も安くはないし、最初の行き先は比較的近い距離にある。今は歩きの方が無難だ」

「へぇ」


 現在所持金がいくらあるのか不明だが、しかし穢れた地の浄化と言うのなら、体力云々うんぬんよりも早く向かった方がいいのでは。その地に住んでいる住人危なくない?


 という疑問に答えてくれたのは、エミリア。


「それはもちろんなのですが、現在各所の穢れの進行は止まっているそうなのです。新たにこの世界に魔王が生まれて穢れは発生しましたが、何か企みがあるのか動きは今のところありません。穢れの影響に関しては、住民達の仕事に対するやる気が損なわれる程度に留まっております。魔王が動き出す前に、小さき穢れを私と貴方さまで浄化する必要があるのです、サトーさま」


 彼女は力強い目をしてそう教えてくれる。


 なるほど、まだ被害は小さいから緊急を要する案件ではないという考えなのか。

 被害が拡大していない内に小さい芽を摘め、というのは分かるものの、けれど。


「穢れって、魔王が出そうと思ってやっていることじゃないんですか?」

「……文献、歴史を振り返りますと、穢れは魔王が誕生せし時と同時に発生していることが分かっています。いつの時代に生まれた魔王も配下の魔族や下位の知能に劣る魔物をけしかけ、人族に暴虐の限りを尽くしてきました。魔王が生まれる根源は、この世を創りし創造神が世界の均衡きんこうを保つために秩序ちつじょ混沌こんとんの存在を創ったとされ、必ず混沌である魔王は周期ごとに生まれる、とのことです」


 出た、創造神。

 つまり相反する秩序の存在が、勇者の俺であると。


「でもそうしたら勇者って、この世界の人じゃないのっておかしくないですか? 何で勇者だけ異世界からゆうか……召喚することに?」

「今まではちゃんと勇者はこの世界で生まれていたのだ。大陸中勇者の印を持つ者を捜しても見つからなかったから、魔法省の魔法師を動員して召喚の儀に臨んだのだ」

「何で今回の勇者いつもと違うのか。何で俺なのか。……あれ? もしかして俺が召喚された時、クリストファーさんあの場に居ました?」


 魔法師を動員、というカインの話にクリストファーを見れば、フードが縦に揺れた。


「……主に私の魔力がゴッソリと抜かれました」

「え? じゃあやっぱりブラッk」

「サトーさま。魔王に関しても勇者に関しても、不規則なことばかりです。気を引き締めてまいりましょう」

「あ、はい」


 魔力ゴッソリ取られた後に魔防具装備発注されたということは、と思わず口を突いて出た言葉は、またしてもエミリアによって滅せられた。ブラック怖い。


 しかしながら異世界から勇者召喚されてしまった俺と、今のところ何もしていないと思われる魔王。

 自発して何も悪さをしていないのに、単純に討伐する必要はあるのかと思ってしまう。


 かつて学校の先生は言っていた。

『争いは何も生み出しません。心が疲弊していくだけなのです』と。


 暴虐していない魔王なら、今後も暴虐する可能性は低いのではないか?

 暴虐するのであれば、恐らく更屋敷くんのように後先考えずに力が全てと静観することなくじ伏せるのでは?



『ヒロシ、今から山に行くぞ! あ? 宿題しなくちゃだぁ? ンなもんする暇があったら俺様とクマ探しだ! チンタラすんな、行っくぜー!』



 彼は嫌がって泣く俺の首根っこを掴んで、鼻歌を歌いながら意気揚々と山へ連れて行った。


 [ここから先進入禁止!]と看板があるのに無視して入って行った。馬鹿力で抵抗を無にせられた俺は泣き続けた。暴虐とは正に彼のことを言う。


 更屋敷くんは話しても分かってくれなかったが、何もしていない魔王なら、話せば分かってくれるんじゃないだろうか。魔王に対面したら敵を波動で弾き飛ばす気満々な聖剣で討つ前に、非戦闘勇者らしく彼……彼でいいのか? 彼の方の話も聞いて、誰の血も流れることなく皆で平和的な解決方法を……。


「サトー!」

「いって! 何も言ってないしやってないのに何で今蹴ったん!?」

「何もしていないからだろうが! 立ち止まってボケっとするな! 歩かんか!」


 またしても足蹴にしやがったカインに抗議したら、蹴られて当然な答えが怒声とともに返ってきた。


 色々思い出して考え込んでいたら、いつの間にか足が止まっていたようだ。メンバーは少し先にいて、エミリアが困惑しているのが見える。蹴られる前に何で誰も声掛けてくれなかったし。


 ズンズン歩くカインの後ろに付いて歩き、けれど立ち止まるまでは結構歩いていたらしく、あれほど「まだかまだか」と言っていたソルドレイク関所まで俺達は辿り着いていたのだった。

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