お勉強6 勇者パーティは個性的

 カインがある部屋の前で立ち止まり、何気ない感じで口を開く。


「出立式の前に顔合わせだ。いいな?」


 いいな、と言われても何のこっちゃなんだが。

 え? まさかこの部屋に仲間居るの? 急過ぎない? それ出立式何たら言う前に言うべきじゃない?


「先に必要な情報が与えられないストレス」

<勇者よ。勇者とは、どんな困難にも臨機応変に立ち向かうものであるぞ>

「急に仲間に会わせられるのが困難って何なん? 俺別に対人恐怖症とかじゃないんですけど」


 変なこと言う聖剣の相手はそれ以上しないことにして、カインを見る。ヤツは何か変なこと言ったか?みたいな顔をして俺を見ている。


 この様子だと素でやった可能性が高い。

 ……コイツの対人能力に不安がよぎる。


「あの、クリストファーさんとビルさんが居るので間違いないですか?」

「王女もいらっしゃるぞ」

「あ、はい。分かりました」


 勇者が不確定だった時なら分かるが、勇者と確定しても俺に蹴りを入れてくる。

 その人にとって(俺のこと)、より必要な情報を与えない。これらのことから推測する。



 ――聖騎士カインは、コミュ障である。



 面倒見が良いくせにコミュ障。


 あ、分かったぞ。朝も侍女さんじゃなくてコイツが起こしに来たのは、オカン気質もあるからか。口うるさくして人から敬遠されて、仲良くしてくれる人がいなかったから、人との関わり合い方が分からないまま大きくなってしまったんだな。可哀想に。


 しかもこれまたよくあるヤツで、カインは普通に美形なのだ。女性から持てはやされても、男性からは妬まれて寄りつかれなかったに違いない。更屋敷くんも結構な傍若無人だけど、彼には俺や瀬伊くん、野村くん、神風くんという仲良しがいる。


 そうか。そうか……。


「何だその憐みの目は」

「旅の間、短い間ですけど元の世界に帰るまで俺が友達になりましょうか?」

「ふざけてるのか貴様」

「いって!」


 コミュ障改善のために友好の手を差し伸べたのに、息を吸うように蹴りで返されるとは! 決裂! 俺はコイツとは分かり合えん!


 そんなことをしていたら、カインが開けるよりも早くガチャリと扉が開いた。顔を出したのは昨日ぶりの王女である。


「あの、いい加減入りません……? ずっと扉の前でお話されて、クリストファーとビルが死にそうになっております……」


 眉を下げて苦笑する王女の向こう、テーブルの奥にソファがあるが、紫のローブを纏った人物は横に突っ伏して震え、頭から首までを覆っている目出し帽(強盗とかよくかぶってる)の人物は腹を抱えて笑っていた。


「え、俺とカインさんの会話聞こえてたんですか? 防音大丈夫ですか? 壁薄過ぎません?」

<我も話したぞ>

「おはようございます。サトーさま、聖剣オルトレイス。さぁどうぞ、中へ」


 手を指し示して先導する王女……エミリアの格好も昨日見たドレス姿とは違い深緑色のケープを羽織って、俺と同じようにズボンにブーツの旅に適した服装だ。この世界はスカートを履くような空気読めない感じではないようである。


「あれ? もしかしてエミリアさんの着ているヤツって、俺と同じです?」

「はい! そこのクリストファーに作成して頂きました」


 俺のジャケットコートには複雑なルーンの刺繍模様があり、よく見たらエミリアのケープにも同じ模様があったので訊ねたらやはりだった。


 ソファに未だに突っ伏して震えている紫ローブのクリストファー。……もしや王族からの断れないブラック受注の超過労働で痙攣けいれんを起こしているのでは。


 空いているソファに各々おのおのが座ったのを見計らって、カインが口を開く。


「クリストファー。ビルも。ここにいる間抜け面が勇者サトーだ」

「その紹介何なん」

<我の紹介がないぞ!>

「と、聖剣オルトレイスだ」

<うむ!>


 俺は無視ったが、オカンなカインは言われてちゃんと聖剣を紹介した。無視されなかった聖剣はご満悦そうに返事をしている。


 ……目出し帽めっちゃ気になる。

 クリストファーは倒れているが、笑い収めたらしい目出し帽・ビルは……多分俺を見ている。目出し帽にはちゃんと目の位置に二つの穴が開いている。うん、見えているんだろう。


「えっと、別の世界から勇者として勝手に召喚されました、佐藤です。魔王戦以外は非戦闘要員です。後ろで受験勉強します。短い間ですがよろしくお願いします」

「ブッハ! 勇者なのに戦わないって! 異世界人おもしろー!」


 自己紹介したら噴き出して笑われた。


 戦わないと言ったらカインには噛みつかれ、エミリアには困惑されたが、ビルは爆笑だ。クリストファーは倒れている。


「俺はビル! 平民育ちで礼儀とか何もねーけど、大目に見てくれよな」

「あ、はい。俺の世界でも平民なのでそれは大丈夫です」

「そうなんだ? じゃあこの中では一番気が合うかもな! 他はみぃーんな王族とお貴族さんだから」

「お貴族?」


 エミリアが王女なのは最初からだが、クリストファーとカインは貴族なのか。いや、平民どうたら言っていたからまぁ、カインは貴族なんだろうとは思っていたけど。


 チラと視線をカインに向けると、フンと鼻を鳴らされた。お前そういうトコだぞ。


「正式に紹介しよう。私はカイン=アルベリオ。辺境伯家の次男だ」

「へぇ」

「質問は」


 質問? お前に関することでか?


「何で人をよく蹴るんですか?」

「ブッ!」

「貴様がそんなだからだ!」

「いって!」


 足で足を蹴るなや! つかさっきから思っていたけど、ブーツも物理耐性ある筈なのに痛み感じるのおかしくないか!?


「クリストファーさん! 服とズボンとブーツ作って下さりありがとうございます! 質問あるんですけどいいですか!」


 依然いぜん倒れているクリストファーに話し掛けると、彼はゆっくりながらも起き上がり、ハラリと被っていたローブフードが頭から落ちてその素顔を見せた。この人も美形だけど、めっちゃ目の下クマできてる。


「……何です?」

「いやあの、えっと、ブラックだったんですか?」

「サトーさま? 訊ねたいことは恐らく別のことだったのでは?」


 クマが黒過ぎてもしや半日って夜間のことで徹夜……?と疑惑が出たためそんな質問をしてしまったが、エミリア依頼主の突っ込みにより質問自体をないことにされてしまった。ブラック怖い。


 ……え? ブラックの意味分かったのか?


「ええと、ブーツとか、今もカインさんに蹴られたんですけど痛いんです。物理耐性があると聞いているんですけど、攻撃貫通しているのって何でですか?」


 気を取り直して聞くと、クリストファーは顎に指を当てて。


<聖騎士だからであろう。賢者が製造した魔防具には魔族に対する耐性はあるやも知れぬが、力ある者はその魔族に対抗する力を宿す。魔族に対する物では力ある者の力を防ぐことは適すまい>

「だから何でお前が答えるん? 人のお株奪うなや」


 傍にあったクッションで潰すように置くと、すぐにペッと軽く飛ばされた。くそっ。


 それを見ていたビルは、「剣がクッション飛ばした! すっげー!」と歓声を上げていた。


「……さすがは聖剣オルトレイス。鋭い洞察力です」

<かようなこと、我の知識を持ってすれば!>

「すみません、あまり褒めないで下さい。多分褒めると調子に乗るヤツだと思うので」

<此度の勇者は我に厳し過ぎぬか!?>


 そう言うってことは、歴代の勇者は持ち上げて甘やかしていたな。俺は甘やかさないぞ。


 と、いうことはだ。つまりカインの蹴りは貫徹(?)したクリストファーの装備では防げないと……。


「聖騎士が非戦闘勇者にパワハラ……いって! 何で蹴るん!?」

「貴様が私に対して侮辱する言葉を言ったからだ」

「何でこっちの世界の言葉通じてる!?」

<ふむ。恐らく勇者の宿す力が強過ぎて、お主の言葉に含まれる意味もこちらの言葉に適合して変換されておるのではなかろうか>

「マジで!? 勇者の力って何!?」


 言語変換できるとかどんな力だ!

 余計な意味通じる力いらん!


「……聖騎士がそのようにを見せるのは、初めてではないですか?」

「え?」

「俺も思った! カインがこんなに喋ってるのも、人を蹴るのも初めて見たわ。説明とかはいっつも王女さまのお役目だったし」

「え??」

「ふふっ。私も幼少の頃より知っておりますが、寡黙で実直な騎士なのですよ。蹴るのは褒められたことではありませんが、サトーさまとは馬が合うようで何よりです」

「え???」


 カインを見ると、ジロリと睨まれた。

 何で睨むん。俺、え?しか言ってなくね?


 つか俺には初対面からめっちゃ喋ってましたけど?

 実直なのはまぁ分かるけど、どこが寡黙でした?


 ……コミュ障なのってまさか俺限定!?

 嘘だろ!? 面倒くさっ!


「現地人と異世界人で態度分けるの良くないと思います」

「……」

「いって! 黙って蹴らないでくれます!?」


 こうして受験生勇者である俺、オカンコミュ障パワハラ聖騎士のカイン、ブラックに反応し質問を消滅させた聖女のエミリア、有能目の下クマ賢者のクリストファー、笑い上戸目出し帽盗賊のビルという、何とも愉快で個性的な魔王討伐メンバーが揃ったのだった。


<我もおるぞ!>


 あと人のお株を奪ってすぐ何かをペッ!する聖剣も。


 やれやれ、こんなメンバーの中で果たして俺は勉強に集中できるのだろうか? 取りあえず色々人間関係で不安なことが勉強にも影響を及ぼしそうなので、異世界のメンタルヘルスライフサポート相談窓口はどこですか。



『え? 知らない世界に電話? 何を言っているんですかヒロシ。漫画やらweb小説に影響され過ぎですよ。大体そういうのはファンタジーです。現代文明がファンタジーの世界に存在すると?』



 ですよね。


 野村くんと異世界転移の漫画を読んでいて、ふと気になって質問した時の瀬伊くんの呆れた顔をそんな返答とともに俺は思い出したのだった。

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