第二章 すぐ冒険の旅に行かされたら?

異世界相談窓口はどこですか

お勉強5 眠りから覚めた聖剣はよく喋る

 幼稚園の入園日。

 初めて彼等と出会ったあの日を俺は、生涯忘れることはないだろう。



『ぃよう! オレさまはサラヤシキ! よろしくなー!』

『あーあー。なーかしたー』

『バカのおたんこなすだね、ホント。しょっぱなから泣かしてどうすんの?』

『……ハァ。バカがすみません。砂を流しにいきましょう』



 砂場で遊びながら、入園の説明を聞く母親を待っていた俺の背中を更屋敷くんが蹴り、作っていたトンネルに顔を突っ込んで崩壊したショックと目に砂が入った痛さで俺は泣いた。


 それを野村くんと神風くんが呆れた顔をしてぼやき、溜息を吐いた瀬伊くんは俺の手を引いて、流しまで連れて行ってくれた。


 それが俺と、彼等四人の幼馴染との最初の出会いだった――……。





 何故そんなことを突然語り出したかと言うと、いま正に俺は聖騎士カインに背中を蹴られてベッドから転げ落とされたからである。


 何なん? 認めたくないけど俺が勇者なの確定しちゃったじゃん? 勇者なのにこの扱いって何なん?


「それともこの世界は人を蹴って起こすルールでもあるんですか」

「貴様が何度声を掛けても起床しないからだ! いい加減起きんか!」


 朝から怒鳴られながら、床から身体を起こす。

 ……ん? あれ、そういや俺いつベッドに入った?


 疑問を感じて見回すと、昨日あれから客室に案内された部屋で、遅くまでかじりついて問題集を解いていた形跡のある机を見つける。確か英語問題集の五十三ページの問……問五……? The author kept returning t「起きんか!!」


 解いていた問題を思い出していたら、ゲシリとカインに蹴られた。


「起きてたじゃないですか! 何で蹴るん!?」

「半眼で机見たまま動かんからだろうが! どう見ても目を開けて寝てただろうが!」

「起きてましたけどぉ!?」

<聖騎士よ。此奴はずっとそこな書物をあさって記し続けておった。月が西を半ばまで行く頃に寝落ちしおったから、我が寝床まで波動で弾き飛ばしてやったわ>

「宵闇のこくも深いではないか! 翌日には出立すると告げていたと言うのに、寝もせず何をやっていた貴様!」

「受験勉強ですけどぉ!?」


 するって言ったじゃねーかよ! 受験生にとって時間は一分一秒も無駄にはできねーんだ! つか聖剣、お前なにチクってやがる。手も足もないからってお前の主を波動で弾き飛ばすなや。


 勉強中にあの剣は、


<明日には旅立つのだぞ!>

<はよう寝んか!>

<寝坊しても我は知らぬぞ!>


 等とスピーカー並みにうるさかったので、一番離れている扉の近くに転がして枕を上に乗せて封印していた。見たら乗せた筈の枕が転がって本体が見えているので、枕も波動で弾いたようだ。くそっ。


 そうして俺はカインと聖剣から早くしろと支度を急かされ、お城で働いている侍女さんに朝食を運んでもらって、パンやスープを頂いた。


 ちなみに元々俺が着ていた服は普通のジーパンにトレーナー、フードにファーの付いたモッズコートという装いであったのだが、旅をするには魔物と戦う際に軽装過ぎる(俺は戦わないのに)というので、この世界仕様のものを着せられている。


 魔王戦以外は非戦闘要員なので、動きやすさと守備を重視した魔力・物理耐性を高めた魔力を練って織り込んだジャケットコート……王子さまとかお貴族さまとかが着てそうなヤツをそんな説明とともに渡されたのだ。


 トレーナーの上からだとだぶついたので、用意してもらったシャツの上からだが。あとコートと同じ製造方法のズボンとブーツも。

 これらの魔力織込み装備は、すべて未だ見知らぬクリストファーの手による受注半日制作らしい。


「クリストファーさんヤバくないですか?」

「ヤバいがどういう意味かは知らんが、一番軽い鎧を着て一歩も動けなかったサトーよりは遥かに有能だな」

「ヤバいの意味通じてるくないですか?」


 聖剣が祀られていた聖域から帰還した後のことである。俺の服装を不安視したカインが軍部から鎧を拝借はいしゃくして俺に着せてきたのだが、あまりの重さに俺は手も足も動かせなかった。


 『何て軟弱な……っ』とまた嘆かれたが、だから俺は非戦闘要員だって言ってんだろうが。


 そんな経緯があって、報告を受けた王女がクリストファーに依頼して制作してもらったという。


 客間から出てカインの後ろに付いて歩きながら、これからのことを色々と説明される。


「まずは魔王討伐の力ある者が全員揃ったということで、国王並びに重臣や名のある貴族達の前で出立式が行われる。それが済んでから王城から城下町を下り、魔王城への道中で穢れのある地を浄化していくことになる」

「何ですかその出立式。早く旅に出るのは俺も賛成ですけど、それ要ります?」


 聞くと、小さく溜息を吐かれた。


「パーティが行われないだけマシだ。召喚された勇者見たさと討伐後の取り入りたさゆえに、貴族どもが声を上げるのと力ある者がそれを忌避きひした折衷案がそれだ」


 吐き捨てるように嫌悪を滲ませたそれに、カインも同じく要らない派であることが窺える。


 というか、これも召喚勇者によくあるヤツか。右も左も分からない異世界人に甘い声を囁いて、利益を得ようと考えるの。


「カインさんだけじゃなくて、他の人達も反対したんですか?」

「持ち上げられることを好まぬ者達が偶然にも集まったからな。既に名を出している魔法師で賢者のクリストファーは、基本外部に内情を秘している魔法省の人間。盗賊のビルは平民出身で、今まで義賊をしていたそうだ。故に顔出しは御法度ごはっとと」

「盗賊!?」

「そう言う名の力だ。昨日サトーも言っていたが、荷物持ちはそのビルが請け負う。アイツは特殊能力持ちで、空間魔法が扱える」


 要はweb小説とかでよく見る、アイテムボックス的な力ということか。ん? でも魔法って言ったよな?


「はい! 空間魔法は魔法ってついているのに、魔法省じゃないのはどうしてですか? 昨日魔力を宿す人間は魔法省に管理されるって言ってましたよね?」


 聞くと、カインは僅かに目を見開いて俺を振り返った。


「サトー、よく覚えているな」

「受験生なので勉強頑張った分、記憶力は伸びています」


 その分、古い知識流れ出て行っているけどな。知識の流出は相当な痛手だが、神風くんは言っていた。



『気になったことを放っておいてモヤモヤするの嫌じゃん? 勉強だってさ、それが気になって集中力欠くよりはスッキリ解消して集中できた方が効率的じゃん? 窓のカメムシ気になるなら外に逃がしておいでよ。だからほらここ、問三間違ってるよ』



 だから気になったことはどんどん聞いていく方針を俺は取ることにしている。


 カインは面倒見がいいのか、面倒臭がらずに答えてくれるので俺も質問しやすい。すぐ人のこと蹴るけど。


<空間魔力を発現する人間は、希少な魔力持ちの中でも僅かしかおらぬ。魔力というのは四大元素である火・水・土・風から成り、それに属さぬ魔力元は魔力持ちでも悟り難いのではないか?>


 カインではなく、ショルダーバッグのようにぶら下げている聖剣が答えた。


「その通りだ、オルトレイス」

「何でお前が答えるん? 俺、カインさんに聞いたんですけど」

<一人だけ仲間外れはつまらぬ>

「剣を人として数えるなや」


 構ってちゃんの剣ほどウザいものはない。

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