お勉強4 そして勇者は冒険の旅に出る決意をする
『……んー。どーしても譲れない時はさー、ちゃんと言った方がいいよー。だってヒロシもイチゴ好きなんでしょー? 更屋敷もイチゴ食べたい、ヒロシも食べたいんなら、半分ことかで折衷すればー?』
かつてイチゴの練乳がけがおやつとして出された時、残り一個を更屋敷くんと取り合いになったことがある。……
どうしても食べたくて無言の訴えでジィーとイチゴを見つめている俺と、俺の圧を察知したらしい更屋敷くんがモダモダしているのを見ていた、野村くんが告げた言葉だ。
彼のアドバイスでイチゴを半分に分けっ子して、俺も更屋敷くんもお互いハッピーになった、幸せの象徴的な思い出である。
勇者になりたくなくて帰りたい俺と、勇者にして魔王を討伐させたいヤツらとの折衷案。俺が考えつく限りではこれしか方法はない。
「たっ、戦わないだと!? 何をふざけたことを!」
案の定カインが噛みついてきた。
現地人の言いなりになって不利益を
「俺は旅をする間に、知識が抜け落ちていくことは許さない。身体を鍛えて汗と一緒に知識も流れ落ちるなど以ての外! というか勇者じゃなくても聖剣持てるんなら、抜いた(勝手に抜けたとも言う)本人じゃなくてもカインさんが使えばいいと思いまーす。だって聖騎士なんですよね?」
<この
「じゃあ俺しか使えないとして、最終的にこの聖剣は魔王を倒すためだけにある剣ですよね? つまり俺の仕事は魔王を仕留めさえすれば良いんじゃないんですか!?」
<馬鹿者! 魔物に
「それこそ聖女の王女さまの仕事じゃないんですか!?」
「わ、私の力もですが、勇者さまと聖剣の力とを合わせて発揮されるものでして」
<そうだそうだ!>
そうだそうだ、じゃねーんだよ!
カインを見るとヤツは片手で顔を覆って、「勇者が屁理屈をごねるとは……っ!」と嘆いていた。屁理屈ではない。これは俺が俺であるための聖戦である。
「いいか、俺は勇者である前に佐藤という一人の人間だ。センター試験を一ヵ月後に控えた受験生(一浪)だ。俺自身の人生がかかった戦を前に、別の戦のことなんか考えられない。カインさん! カインさんなら、前から準備していた戦いの前に新たな別の戦いがやってきたとして、それで貴方はすぐに行けるのか!?」
「もちろんだ! 目の前にある守るものを見捨てることなどできん!」
「質問を変える! 魔王が王女を連れ去ろうとしている。魔物が村人を連れ去ろうとしている。どっちを取る!?」
「!」
グッと押し黙るカイン。
……どっちもとか甘いことを言わなかっただけ、俺はカインに対して少しだけ好感が持てた。世界を救うことを考えたら、大局で見ると聖女である王女の選択しかない。
けれどこの男は目の前にあるものを見捨てることは出来ないと言った。押し黙ったということは、村人の命も重く受け止めているということ。
「王女に聞きます。もう貴女に残された力は僅かしかない。そんな中で、カインが魔王に致命傷を負わされている。親が重傷で、助けてと泣き叫ぶ子供がいる。貴女はどうする?」
「……私は……」
言葉に詰まり
そこら辺はやはり、勇者だからやって当たり前という前提があるからなのだろう。それにこの国どころか、同じ世界の人間でもないわけだしな。聖剣に対しては……別にいいや。
小さく息を吐いて、改めて口を開く。
「二人にぶつけた問いに対して、俺自身に問うなら。自分の人生と他人の命を天秤にかけることになるんです」
「「!!」」
「住んでいた国では戦争もなく平和なところで、魔物は存在していない。俺の世界では架空の生物なんです。もちろん剣で殺すとか、そんなこともしたことない。というか、剣を持っている時点で捕まるような国で人生送ってきたんです。そんな俺が平気な顔して簡単に何かを殺せると思いますか? 小さな動物にだって、絶対に
害虫と認定されている、ちょこまか動いて黒光りする飛んだらギャー!なアイツに対してだって、叩くのに勇気要るくらいなのに。迷いがある。
……俺にだって。
「だから戦わないって言ったんです。殺し合いとかしたこともない人間が戦場に出たって、役立たずなだけでしょう。そこは戦闘のプロである聖騎士のカインさんにお願いします。俺は後方で受験勉強してます」
「……センターシケンとか、ジュケンとか、そもそもそれは何だ」
「俺の人生がかかった重要な頭脳大戦です。いま準備中なんです」
「重要な頭脳大戦、か。サトーの世界では、頭で戦うのだな……」
実際の戦いを意識したカインの頭の中は今、どうなっているのだろう。何やら諦めたように言葉を紡ぐこの様子では、恐らく彼の頭の中では魔物に
そして思案していた王女は、グッと顔を上げて再び俺を見た。
「戦闘に関しては、私も穢れを浄化させる聖なる力で滅することが可能です。聖剣オルトレイス、過去に魔族と戦闘を行わなかった勇者さまはおられますか?」
真剣な面持ちの王女の問いに、聖剣は
<……おったな。作戦を念密に組み立て、魔王との戦いにだけ身体的な力と我を
俺達は三人ともハッとした。
「先人いたのかよ!」
「サトーだけではない、頭脳に特化した勇者がいたのか!」
「ならば、それはサトーさまにも可能なことでございますか? 地の浄化と、魔王を滅することに力を温存するということは」
<可能である>
カインと王女の話のニュアンスがどうもズレている気がしてならないが、俺のような先人が存在したことに安堵を隠しきれない。しかし先人は本物の頭脳派で、俺は偏差値おバカだが。
<勇者が提起した問題。それはいつの勇者の時代にもついて回る問題であった。まさか我を手にして僅かな時間で己が仲間へと説くとはな。ふむ、見所のある勇者ではないか>
俺ちょっとしか触ってないだろ。お前が抱えられているの、俺じゃなくて王女だろ。俺を知ったかぶって見所あるとか言うのやめろ。カインが胡散臭そうにジロジロと俺を見ているじゃないか!
「サトーさま」
聖剣に視線を
「サトーさまはご自身が勇者だと認められてから、今まで帰ることばかり口にしていらしたのに、残ると仰って下さいます。私どもの世界のために、ありがとうございます」
「……別に。魔王討伐と浄化以外は俺、受験勉強するので」
「はい! 戦闘は私とカインとクリストファーにお任せ下さい!」
ニコニコ笑う王女、仕方なさそうに息を吐き出すカイン、聖剣は……別にいいや。
自らに提起した、自分の人生と他人の命の天秤。
人の生死とか、そんな壮大なこと今まで身近になかったから漠然としか思えないけれど。有り得ないが、もし俺の世界にも魔王のような存在が現れたとしたら。それに幼馴染たちが巻き込まれたとしたら。
いつも俺を振り回し、幼稚園から高校まで、俺が浪人生になってからも面倒を見てくれて一緒に過ごしきた彼等。
置き換えて考えた時に俺は、また両親が涙することになったとしても、彼等を見捨てることはできないと思った。偏差値おバカでも、俺は自分のこれからのために情を捨てるような、人として終わっている人間にはなりたくはなかった。
俺しか倒すことができないと確定してしまった魔王を、受験のためにこの世界の人達を見捨てて帰ることなどできない。
――元の世界の時間軸が止まっていると言っても過言でないという情報を信じてこその、これが彼等に提示した俺の折衷案だった。
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