お勉強3 そして勇者は聖剣を抜く

「城の中……?」

「いいえ。ここは特別な者しか入ることが叶わない、聖剣が眠る秘されし祭壇です。そしてこの聖域に入れたということは、サトーさま。貴方さまが勇者さまであることは、最早疑いようがございません」


 どういうことだと王女を見れば、彼女はキャリーバッグを引いてカインの足元に座っている俺の前まで来て、ドレスの胸元を少し引き下げた。


「うわ、ちょっ」

あざがあるのがお分かりになりますでしょうか?」

「……ん?」


 言われ恐る恐る薄目で見ると、小谷の少し上の部分に確かに模様のような、薄い桃色の痣があった。


「これは聖女であることの印です。もちろん、カインにも」


 思わず後ろを振り向けば、フンとそっぽを向かれた。コイツは見せてはくれないようだ。


「……私には聖騎士の印がある」

「え。ということは、もし俺があの剣抜いた場合、この人とも一緒に旅するんですか!?」

「もしではない! 王女さまが仰っただろう! 魔王討伐の力を持つ者しかこの聖域には入れぬのだ! だからサトー。お前がここに存在しているということこそが、お前が勇者である証拠なのだ!」


 そんな馬鹿な!


「勇者じゃなくて荷物持ちとか」

「バカめ、勇者以外は既に揃っているのだ! 未だ見つかっていないのは勇者だけだ!」

「嘘だろ!?」

「嘘ではない!! さっさと聖剣を抜かんか!」


 ゲシッと蹴られて転がされる。


 「あぁ! カイン、サトーさまに何ということを!」と王女の悲鳴が聞こえるが、マジであのカインだけは鎧脱いだ時に更屋敷くん直伝の蹴りをお見舞いしてくれる! 日々彼に泣かされて鍛えられた俺の足技で泣かしてくれる!!


 これ以上カインに足蹴にされないためにも、勇者じゃないと(最早絶望的だが)証明するためにも、あのどう見ても抜けそうにない剣には触らないといけないだろう。


 嫌々渋々立ち上がり、言質げんちを取るために振り返って二人を見る。


「確認なんですけど。抜けなかったら勇者じゃないので、ちゃんとすぐに俺のいた世界に返して下さい」

「何という諦めの悪い男だ! 勇者はお前だと何度言ったら分かる!?」

「カイン! ……ここまで来て万が一ということもないでしょう。もし万が一抜けなかった場合は、クリストファーも連れて原因は何かを調べましょう」

「故障とか不調とかじゃなくて、そもそも俺が勇者じゃない可能性を見出してくれませんかね? 根本的な原因を俺として定めてくれませんかね?」


 この王女ブレないな。万が一二回も言ったな。

 人生勝ち組幼馴染の中に埋もれし俺が、勇者であることなど有り得ない(と信じたい)。


 ハァと息を吐いて石階段を登り、恐らく石材で加工された四角柱の台座の上に鎮座する、青水晶に埋まっている剣を見つめる。こうして近くで見ると、飾りなどは一切ついておらず、変な模様とかも彫られていない極めて普通のただの剣に見える。


 一般人でモブの浪人生な俺は初めて本物の剣というヤツを目にしたが、そんな俺でも分か「を手に掴んで引くのだ!」うるせーカイン! どうやって抜こうか悩んでたんじゃねぇんだよ! 聖剣がどういう状態で俺が何を感じてんのかを説明してんだよ今!


 外野が抜け抜けとうるさいので、仕方なく剣の柄を掴む。掴んだだけじゃウンともスンとも言わない。


 俺が思うに、普通ここら辺のアクションでドクリ……!とか、勇者と聖剣の共鳴シーンが描かれる筈なので、それが起こらないということはそういうことだ。だと思った。やれやれだぜ。


 まぁ貴重な経験をしたということで、瀬伊くん他三人へのお土産話にはなったな。これはアレだ。本物の勇者に存在感の距離的に近いもので間違われただけで、確実に勇者はあの四人の――……スポッ!


「え」

「やっと抜いたか」

「さすがです、サトーさま!」


 いや、俺抜いてない。剣が俺の手を押した。

 俺の手を押して自分から抜けた!!


「何で自分から脱出してんだこのおおおぉぉぉぉ!!!」

「サトオオォォォォォ!!!」

「オルトレイスゥゥゥゥゥ!!!」

<ぬわあああああぁぁぁぁ!!?>


 三人しかいないのに四人目の声あるのおかしいだろ!!


 堪らず手に持っていた剣を振り被って放り投げたら、カインの怒号、王女の悲鳴、剣が飛んでいくに比例して叫び声も遠くなっていく阿鼻叫喚の場が一瞬にして出来上がった。


「俺じゃない! 俺は抜いてない! あの剣が、剣が俺の手を押して勝手に出てきたんです!」

「ええい、往生際が悪過ぎるぞサトー! 聖剣といえども剣が自分から抜け出てくるなどと、よくもそんな勇者にあるまじき嘘を!」

「勇者じゃねえぇぇ!」


 ズンズンと登ってきて今にも蹴り入れてきそうなカインに必死に違うと弁明するも、全く聞き入れてもらえない。


 わめく俺をカインはむんずと首根っこ掴んで、放り投げた聖剣を抱えた王女の前へと連れて行った。くそコイツ、十九歳の俺の身体を片手で持ち運ぶ怪力め!


 プラーンと下げられた俺は、眉を下げた王女に抱えられている聖剣と再び対面させられた。


<我を放り投げるなど、此度こたびの勇者は一体どうなっておる!>


 めっちゃ怒ってる。


「……」

「サトー!」

「いって!」


 もうヤダこいつすぐ人のこと蹴る!

 助けて更屋敷くん!


「自分から抜けるとかマジ有り得ないです。そのせいで俺は勇者だと濡れ衣を着せられています。どうしてくれる」

<貴様が勇者で違いないわ、たわけ者! 中々抜かんから我が自ら出てきてやったのでないか!>

「一生あのまま埋まっていれば良かったのに」

<何だと貴様!?>


 ボソッと呟いたのにこの聖剣地獄耳過ぎる。


 つか聖剣自ら俺のことを勇者だって断言しやがった! もう確定じゃん! 俺の受験浪人生ライフ・勝負の残り一ヵ月が!! ……というか、この剣の声って他の二人も聞こえてるのか?


「王女さまはこの剣が喋っているの、聞こえてます?」

「あの、はい。てっきり勇者さまにしか聞こえないものだとばかり。ですので、少し驚いております」

<ほう。我に対する礼儀はアレだが、勇者の力は中々に強いようであるな。恐らく力ある者にしか聞こえぬだろうが、それでもこの力の強さは歴代でも久しぶりよの>


 力のある勇者とか、碌でもないこと言い始めやがった。投げた時に折れたら良かったのに。


 首根っこ掴んでいたカインはそこでようやく俺を降ろし、フンと鼻を鳴らした。


「これで完全に認めるな、サトー。自分が勇者であると」

「ぐぬぅっ……!」


 勇者召喚で召喚されたこと、聖域に入れたこと、聖剣が勇者だと認めたこと。状況証拠と証言が完璧に揃ってしまえば、もう俺に勇者じゃないと言い逃れることは出来ない。だけど……!



『どうしましょう、貴方! 浩が、浩が滑り止めの大学までも落ちてしまったわ……!』

『母さん落ち着きなさい。分かっていただろう。浩は頭こそ悪くないが、勉強はできないおバカな子だって』

『でも! 瀬伊くんや神風くんが勉強を見てくれていたから、微かでも希望を抱いていたの!』

『対極に位置する更屋敷くんと野村くんもいるだろう。いいさ。大学に落ちたくらいで何だ。中卒で働きに出ている子もいるんだぞ? 高卒の浩にだってできるさ。常識はあるんだ。ただただ勉強ができないおバカな子なだけだ』



「くっそおおおぉぉぉ!!」

「サトー!?」

「サトーさま!?」

<何だ!?>


 目を吊り上げ、俺を勇者に仕立て上げるヤツらに向けて抗議する!


「時間が止まっているも過言じゃない!? じゃないとして、その間俺は魔物とか倒して何日もかけて旅しなきゃいけないのか!? ふざけるな! 日々戦いに明け暮れたとして、浪人生していた時に頭に詰め込んだ知識はどうなる!? 人間新しい知識を吸収する時は古い情報から捨てていくんだ! センター試験を攻略する知識が消えたらマジでどう責任取ってくれる訳ですか、ああん!? 約一年間の汗と涙と血の滲むような俺の努力が無に消えて、戻って経った一ヵ月で元の力を取り戻せられる訳がないだろ! 一度失敗している俺に二度目はねーんだよ! いいか! 俺は!!」



『……んー。どーしても譲れない時はさー、ちゃんと言った方がいいよー。だってヒロシもイチゴ好きなんでしょー? 更屋敷もイチゴ食べたい、ヒロシも食べたいんなら、半分ことかで折衷せっちゅうすればー?』



「俺は、戦いません!!!」

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