あまり盛りすぎると罰が当たる

「何だと!? どういうことだ!?」


 その日、王は激怒した。

 全盛期の力を失ったとはいえ、戦争への参加を促すために向かわせたユウカンが消息不明との知らせを受けたのだ。確かに扱いづらい人間だが、金と女をチラつかせれば言うことを聞いていた。


「王よ。もはや奴のことは捨て置くしかないでしょう。既に帝国の兵の姿を見たとの報せもあります」

「……ぐぅ!」


 側近の言葉に王は唇を噛んだ。

 ユウカンは扱いづらい、それは誰もが思っていることだが能力だけは認めていた。聖剣を失ってもなお余りある戦闘力は必ずや王都の防衛のみならず、帝国を返り討ちに出来るであろうポテンシャルを秘めていたのだから。


 そんなある意味頼みの綱だったユウカンの消息不明、それは間違いなく王都を防衛する兵士の士気に関わるだろう。何度も言うがユウカンは嫌われていた、それでもその力は間違いなく本物だったのだ。


「ええい、何をしているのだあの馬鹿者は」


 一国の王なのだから堂々としていることこそ国を背負う者の姿だ。しかし、今の腐敗した王都を招いたのは間違いなくこの愚かな王だ。かつては栄華を極めた王都もたった一人の王の手によって終わりを迎える……いや、まだ帝国に勝てば話は変わるのだが、王都にはもう底力が残されていない。


「王よ、頼まれていた者たちを連れてきました」

「うむ。まあ弾除け程度にしかならんだろうがな」


 複数の兵士たちが連れてきたのはまだ年若い男女の姿だった。彼らは幼い頃にどこからか連れてこられた子たちで、無理やり家族から引き離されて次代を担う勇者や聖女になるようにと無理やり教育を受けさせられた者たちだ。


「腕輪を付けよ。後はお前たちの判断に任せる。好きに使い潰せ」

「了解しました」

「さっさと歩けゴミ共」


 使い潰せ、その言葉に泣き出す者も居れば諦めて下を向く者たちも居る。彼らは分かっているのだ。これから向かう先は戦場であり、それこそ死ぬまで無理やりに体を動かせられるのだと。


 王が用意したのは隷属の腕輪、一度見に着ければ外すことは困難に近い代物である。そしてその名前が示す通り、装着したら最後心さえも縛られ意のままに操られるだけの傀儡となるのだ。


「……悪魔……あなたたちは悪魔よ!」

「そうだ! 俺たちを何だと思っている!」


 抗えない理不尽だとしても、声を大にして叫ぶことしか出来ない。

 幼い頃から国の為に生き、おかしいと心のどこかで感じながらもその先に幸せが訪れると信じた子たちは今、国の道具となった。




 王都の有様は正に腐敗の歴史が顕在化したことの証明だった。

 さて、王都ではそんな風に悲惨なことになっているわけだが……反対に帝国の者たちの士気は高かった。


 帝国の兵士たちは力を誇示する者が多く、戦争というよりも戦いそのものを好む人間が集まっている。


「なあ隊長、なんでアバランテを避けるんです? 山がなくなったっつう天変地異が起きて道が開いたのは分かるんですがね」

「さあな。皇帝のお達しだから従うまでだ」


 侵攻部隊を束ねる隊長の言葉に部下の一人は鼻を鳴らした。

 皇帝の指示は確かに大切だが、進む街を全て占領して少しでも支配地域を拡大すれば良いと思っている。帝国からすればデメリットではなく、むしろメリットしかないのにどうしてわざわざアバランテを避けるのかが理解できないのだ。


「隊長、俺たちでアバランテに攻め込みません?」

「何度も言わせるな。皇帝の言葉は絶対だ……ここだけの話だが、アバランテの言葉を聞くだけで皇帝はどこか怯えていたようにも見えた。もしかしたら何かあるのかもしれん」

「ならそれこそ攻め落とした方が安心出来るでしょうよ。それに、以前にアバランテを通った同僚が言ってたんすよ。あの街にはとてつもないほどに美人が多いって。隊長だって女は好きでしょ?」


 部下の言葉に隊長は唸る。

 帝国の人間たちは戦いを好むと言ったが、男の場合は同じくらい女好きでもある。女性の同僚からすれば軽蔑の目を向けてもおかしくないものだが……まあ、逆に女たちも男好きが多いのである意味バランスは取れていた。


「それでもダメだ。命令は絶対だからな」

「……分かりましたよ」


 残念だ、そう部下は背を向けたが表情はニヤけていた。

 隊長の元から離れた彼は同僚の元に戻り、ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべて口を開いた。


「お堅いもんだぜあの隊長はよ。まあだが、戦の前に少しは英気を養うのも必要とは思わねえか?」

「賛成だ」

「ちげえねえ」


 彼らが何を考えているのか、それはあまりにも分かりやすかった。

 そして彼らが王都への侵攻の際にアバランテに近づいた時、一瞬の隙を突くように抜け出した。完全な命令違反であり処刑されてもおかしくはないが、何度も言うが理性のタガが外れかけている連中が多いのだ。すぐさま移動するのではなく、近くでキャンプを張るとのことなので時間はかなり余裕がある。


「……あん?」

「誰だ……ってうっひょ~!」


 アバランテに向かう際、彼らは奇妙な人影を見た。

 それは女だったが、まるで天が地上に遣わしたのではないかと言ってもおかしくはない美しさの女だった。髪の毛が少し特徴的だが、かなり布地の少ない衣装で体の凹凸が否応でも見えてしまう。


 見た目の美しさだけでなく、スタイルも素晴らしい極上の女に盛った猿共は吸い寄せられるように近づいた。


「……?」


 当然、彼らが近づくと女も気付いた。


「よう姉ちゃん、こんなところで一人でどうしたんだい?」


 内側に薄汚い欲望を抑え込みながらそう話しかけると、女はすぐに答えた。


「あぁ、アバランテに知り合いが居てね。私としては凄く珍しいことだけど、今度はこっちから彼らに会いに行こうと思ったのさ」

「ふ~ん? まあ良く分かんねえが……くくっ」

「なあおい、こんな極上の女を前に我慢なんて出来ねえだろ」

「だな。なあ姉ちゃん、俺たちの相手……してくんねえか?」


 いきり立つ醜いそれを晒しながら男たちは女に言った。すると、女は満更でもなさそうに笑った。


「ふ~ん、君たちが私を満足させることが出来るのかな?」

「試してみるか?」

「ノリノリじゃねえか。さあ相手してもらおうじゃねえか」


 男たちは一斉に女に飛び掛かった。

 まず二人が女を押し倒したのだが……そこでまさかの事態が発生する。女の体に手が触れた瞬間、その体に中に手が沈んだのだ。まるで粘度のある水に手を付けたような感覚にたまらず男たちは腕を引いた。


「な、なんだこりゃ!?」

「ぐあああああああああああっ!?」


 手首から先が全て消失していた。

 まるで溶けたように手が失われており、手首の断面はまるで焼け爛れたようにダラダラと血と良く分からない液体が混ざり合っている。


「捕食するのは良いけれど、この体には触れてほしくないなぁ。あの子ならいざ知らず、君たちみたいなのは願い下げだ」


 そう言って女は手を翳した。

 すると大量の液体が男たちに雨のように降り注ぐ。すると、じゅわっと音が聞こえ男たちは悲鳴を上げた。


 段々とか細くなっていく悲鳴、しばらくすると男たちの姿はどこになかった。


「つまらないねやっぱり。さてと、それじゃあ行こうか」


 何事もなかったように女――アルミナはアバランテに向かって歩き出した。

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