早すぎる終わり

「なあアンタ、俺と一緒に来ねえか? 良い夢見れるぜ?」

「お断りします」


 その日、ゾナはこれ以上ないほどに怒りを感じていた。

 幼い子供たちの笑顔のため、アバランテの平和を守るべくパトロールをしていた時に彼奴は現れた。王都から使いということで集団の先頭に立っていた男の目にゾナは留まった。


 その瞬間、男はゾナを口説き倒す勢いで話しかけてきたのだ。

 を除き、ゾナは成長した男に興味はない……まあそれは置いておくとして、この男は何を隠そう元勇者だったユウカンだ。


 兼ねてより伝わっていた勇者の訪問、それがついに今日実現してしまったのだ。


「強情な女だな。なら無理やりにでもその体に――」

「ユウカン様、戯れはその辺りで……がはっ!?」

「うるせえ、俺に指図するんじゃねえよ」


 注意をした同行者に対し、ユウカンは強烈な蹴りをお見舞いした。街中で突如起きた暴力行為に一部で悲鳴が上がるが、当然それをユウカンはうるさい雑音にしか感じていないようだ。


「ったく、こんなめんどくせえことをすることになったのもあのクソ野郎のせいだ」

「……………」


 その呟きをゾナは聞いていた。

 ニアとの戦いの顛末は聞いていたのもあるが、何より人の感情の機微については子供たちとのやり取りで勉強している。故に、ユウカンの考えていることも手に取るようにゾナには理解できた。


(……なるほど、やはり彼はノアさんに対して良からぬことを考えている。死にましたね彼)


 王都の切り札の一つとされるユウカンだが……まあ今のノアに手を出せばどうなるかゾナには分かっている。ニアだけでなく、リリスを含めた実力者たちに愛されている彼に手を出せばどうなるか……その先は間違いなく死への片道切符だ。


(存外、王都への対応はめんどくさいですが帝国の侵攻のことも考えればこちらに調査を割く暇もないでしょう。それならばいっそ、魔王様に消してもらった方が万事解決になりそうです)


 ゾナはレイスであり人間ではなく魔族だ。だからこそ、アバランテに住まう人たちに関しては大切に考えているがそれ以外は別である。つまり、ユウカンがどうなろうが知ったことではない。


「さてと、邪魔者は居なくなったところで……?」


 ゾナは元勇者の彼ですら感知できないほどに気配を薄めてその場から離れた。元々ゾナは気配を消す魔法は得意だったが、子供たちのおかげでその魔法は限りなく高いレベルで完成された。

 ユウカンから距離を取ったゾナは彼に触れられた部分を消毒し、改めて彼の動向を見守ることにするのだった。


「イエスショタイエスタッチ、今日も仕事を頑張りましょう」




 ユウカンはそれから二日ほど、ギルドの長であるオーバとの話し合いの為に滞在していた。当然オーバはユウカンが持ってきた話、つまり王都の申し出である戦争への参加を認めなかった。


 ユウカンが剣を手に脅しを掛けても、オーバは決して首を縦に振らなかった。お付きの人間には暴力を振るったのに、オーバに対して何もしないのはある程度の良識は備わっている……わけがなかった。


「おいおい、いい加減にしろよ。てめえらにはイエスかはいしかねえんだよ。国の為でもあるし、後の王でもある俺の為にも死ねるんだから光栄だろうが」

「はん、クソガキの戯言に耳を貸すつもりはねえ。いいからとっとと帰りやがれ」

「……言うじゃねえかクソが」


 シャキンと音を立ててまたユウカンは剣を抜いた。どうやらここまで長引いたのとオーバに舐められていると思ったのが気に食わないらしくかなり頭に来ているらしかった。だが、ここで騒ぎを起こしたら立場どころか王からの命すら果たせないとして何とか怒りを抑え込んだようだ。


「……面倒な仕事だぜ全く」


 イライラした様子でユウカンはソファを蹴り飛ばしながら外に出た。

 本来ならこんなことをせずに酒池肉林の日々を味わっていたはずだとユウカンはその表情に怒りを滲ませている。結局聖女も見つけられぬまま、彼は順調だった道から外れてしまっていた。


「ユウカン様! どうかあのような行動は――」

「だから指図すんなって言ってんだろうが!!」

「がああああああっ!?」


 スパッと、剣を振ることで護衛の腕が飛んだ。

 鮮血が宙を舞い、護衛は大粒の涙を流しながら痛みに耐えている。周りからは悲鳴が上がり、それでもユウカンは鼻で笑うだけだった。どこまでも自分勝手、どこまでも自己中心的……勇者としての化けの皮が剥がれた彼はその程度の存在だ。


 治療にあたる同じ護衛から非難の目が、そして腕を斬られた者からは憎しみを煮詰まった目を向けられる。ユウカンはそれに意を介することなく、護衛が付いてこないことを良いことに街の外れに向かっていった。


「こうなったら女の一人や二人引っ掛けねえとむしゃくしゃが収まらねえ」


 そう言って辺りを散策していたユウカンだが、ある巨木の陰に集団を見つけた。

 一人の男を囲むように三人の美女が居た。娼婦のような際どい衣装で凄まじいスタイルをした女二人、そして軍服に身を包んだこれまた美しい顔立ちの女だ。


「なんだあれ、あんな良い女たちが居たのかよ。ははっ、あの男殺すとするか」


 この世の美女は全て自分のモノ、そう信じて疑わないユウカンは即座に三人の美女に囲まれている男を殺すことに決めた――それがユウカンが今生最後の選択だった。

 特に話し合うことなどない、女なんてものはベッドで鳴かせればすぐに懐く……そんな愚かなことを考えるユウカンは真っ直ぐに剣を抜いて男に飛び掛かった。


「死ねやああああああああああ!!」


 それは正に理不尽な八つ当たりみたいなものだ。

 ユウカンの勝手な感情一つで何も関係のない誰かが死ぬ……それが普通だった。しかし今回ばかりは相手が悪い、彼以上の理不尽がまさか立ち塞がるとは思ってもみなかっただろう。


「リリス様ぁ、馬鹿が引っ掛かりましたよぉ?」

「本当にね。全く分かりやすいったらないわ」

「脳まで単細胞なのではないか? ま、分かりやすくて助かるが」


 一体何を言っている、そう思った瞬間ユウカンの体は闇に包まれた。


「っ……なんだこいつは!?」


 纏わりつく闇、それを振り払おうとするが全く離れて行かない。段々と薄れていく意識の中、徐々に消失している己の四肢に信じられない目をしながらも……最後に見たのは見覚えのある黒い翼だった。


「さようなら、ゴミにも劣る畜生が」

「……ま……おう」


 そこでユウカンの意識は途切れるのだった。

 さて、自業自得の彼だったが……彼は最後まで色欲に負けてしまって一番大切なことに気付かなかった。それは三人の美女が囲んでいた男こそ、あの時ユウカンの全てを無に帰した男――ノアだということを、彼は最後まで気づけなかった。


 こうして元勇者として名を馳せたユウカンの人生は呆気なく幕を下ろした。

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