奴が来る
着々と戦争の足音が近づいていることを感じていた。
ギルドに対して王都から招集状……つまり徴兵的なモノだとは思うのだがギルドはあくまで中立の立場だからこそ頷かなかったとゾナさんから聞いた。
まだどうなるか分からないが、せっかくニアが帝国に釘を刺したというのにこちらから戦争に参加してしまっては台無しだ。だが、いくら中立とはいえ冒険者という戦力を多く抱えているからこそその力を頼りにしている部分はある。故に、どうやら面倒な客が近々訪れるらしい。
「それで元勇者が訪れる……と?」
「えぇ。本当に困ったものですよ」
現在俺が居るのはギルドの受付で、フィアと共にゾナさんから話を聞いていた。今日はフィアが付き添ってくれていたのだが、人間たちが集まるギルドがどのようなものか気になったとのことで、こうして出向いた際に話を聞いたということだ。
「ノアは安心していていいぞ? 何かあれば私が傍に居てやるからな」
「あぁ。ありがとうフィア」
いつもの甲冑姿ではなく、かなり特殊な軍服みたいな服をフィアは着ていた。
全体的に白い服だが金色のボタンがやけに目立ち、ピッタリサイズが合っているのかダボっとした部分がなく体のラインが綺麗に見えていた。
顔立ちがかっこいいフィアだからこそ、こうして腕を組んでいる姿を見ると本当にイケメンにしか見えない。ここに来てからずっと男女関係なく視線を集めているくらいだし。
「力づくで従わせる、というのも考えられますがまあ……色々と対策は我々も講じると思います」
「なるほど……」
「お前に限って心配はなさそうだがな」
確かにゾナさんめっちゃ強いもんな。
いくらニアを追い詰めた実力者とはいえ、あの時は老聖女の力が大きかったとも聞くし、それに今の勇者は回復したとはいえ全盛期には劣るらしいし……はぁ、俺も人間だというのに同じ人間の勇者を面倒だと思うのは罰当たりなのかな。
「なんにせよ、勇者が来たときは出歩かない方が良いでしょう。魔王様は……いえ、心配はいりませんか。普通に消し飛ばしそうですし」
「……良いんですか?」
「良くはないですけど魔王様は止められませんので」
あ、ゾナさん既に諦めてらっしゃる……というかそうなっても構わないって感じに無関心っぽい。
「取り合えず話は分かりました。ゾナさんも気を付けてくださいよ?」
「……っ……分かりました」
「おい、どうして顔を赤くしている?」
うん、それは俺も気になっていた。
ニアたちと過ごしているからこそ、ゾナさんの表情に若干の好意があることは……まあ伝わってくる。しかし、ゾナさんの性の対象ではないからな俺は。
フィアの言葉にゾナさんが答えた。
「ノアさんを見るとどうしても愛らしいあの姿を思い出してしまって。味わえなかった悔しさを感じつつも、少し愛おしさも感じているのですよ」
「……そうですか」
「ねえノアさん、喉は渇いてませんか? ちょうどここに美味しい飲み物が――」
ゾナさんが手渡そうとしたのは確かに飲み物だが、俺は当然受け取らない。
「その手には乗りません」
「あんいけずぅ!!」
絶対にまだ子供にさせる気満々じゃないかこの人は。
確かにあの小さな状態は悪くなかった。思いっきりみんなに甘えられたし甘やかされたし……色々と吸い取られたりしたがまあ幸せだった。だが問題は元に戻った後の恥ずかしさで本当に凄まじく悶えた。
「ゾナ、いい加減にしないと魔王様が本当に粛清しに来るぞ?」
「ふふふ。魔王様もあの時のノアさんにメロメロだったのは分かっています。果たしてやりますかねぇ?」
「……なんだかムカつくなその顔」
ニアにも大層可愛がられたしなぁ……何だかんだ仕方ないで終わりそうな気がするけどな俺も。
それからどうにかして飲み物を飲まそうとしてくるゾナさんを振り切り……というか途中でオーバさんがやってきてゾナさんの頭を叩いていた。最強のレイスと言われているがあくまで人間社会に溶け込んでいるからこそ、彼女も上司の言うことには逆らえないみたいだった。
「まったく、奴は本当に面倒ごとしか持ってこないな」
「あはは、まあでも俺からすればある意味親しみやすい性格でもあるけど」
ウルサのようなレイスに比べればゾナさんなんて逆に可愛い方では? 可愛いというよりは美人だけど、現にゾナさんはギルド内でかなりモテているみたいだし。
「それにしても……」
「……どうした?」
改めてフィアに目を向けた。
二度目になるが、本当に服装一つで印象がスパッと変わる。まあ軍服みたいな服装と言うことで、ニアたちでは……いや、似合うな普通に。リリスが着たりすると胸元のボタンが吹き飛んだりしそうだが――。
「むぅ……おいノア、二人の時に別女のことを考えるんじゃない」
「あ、すまん」
「……うぅ、私はこんなキャラではないのだが……ノアの前では女だと実感する」
フィアが下を向いてそう言った。
俺は反射的にフィアの頭に手を伸ばして撫でた。
「フィアはちゃんと女性だよ。綺麗で可愛くて、俺が大好きになった大切な女性だ」
「……ノアぁ」
くしゃりと一気に泣きそうになったフィアは頭を外した。そして俺の胸に押し付けるように頭を預けた。頭を失ったフィアの体は両腕で自分の体を抱くようにくねくねと感情を露にしていた。
そして、その本体の一つでもある頭はというと……。
「……ノアぁ、フィア凄く恥ずかしいぞぉ……でも、凄く幸せだ! ノアもかっこよくて優しくて、フィアが大好きになった大切な男だからな!」
「あはは、そっか。ありがとうなフィア」
「うん!!」
あぁ本当に、このフィアには凄く癒されるなぁ。
フィアの頭を変わらず撫でていると、背中から彼女の体が抱き着いてきた。その豊満な肢体を押し付け、更に腰の部分をスリスリと擦り付けて来る。
「ふぁっ……こらお前! フィアを変な気持ちにさせるな……あんっ!?」
「……やっぱ繋がってんだな」
意識はともかく、痛覚が繋がっているのであればやっぱり当然体が感じると頭にも伝わるのか。完全にフィアの体はアピールしてきているけれど、頭の方は恥ずかしそうに歯を食いしばっている。
「……取り合えず帰ろうか」
「うん……おのれフィアの体め許さんからなぁ!!」
「っ!!」
フィアの言葉に体はやるのかと中指を立てていた。彼女の部位による罵り合いというか喧嘩というか、これを見るのも本当に楽しいんだよな。これも彼女の個性であり魅力の部分、本当に可愛いが溢れている。
「あまり喧嘩するなよ二人とも、お菓子お預けするけど?」
「だ、ダメだそれは!! フィアたち仲良しだから!」
「っ!!」
そんなこんなで、騒がしくしながら俺たちは家に戻るのだった。
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