ルミナスにも甘えよう

「ふふ、それにしても災難でしたね?」

「本当だよ……はぁ」


 ゾナさんに誘拐され、すぐに解放されたもののその後が大変だった。リリスとゾナさんが割と本気でやり合ってしまったのだ。機転を利かせたフィアとサンの魔法障壁で外への被害は最小限だったが、本当にどうなるものかと冷や冷やした。


 結局途中でニアが現れ、二人に一喝を浴びせることで争いは終結した。リリスはともかく、ゾナさんに関しては俺を誘拐したということでニアがそれはもう激おこ状態だったのだ。


「ルミナスぅ」

「……これはこれは……本当に破壊力が凄いですね」

「でしょう? 本当に今のノアは可愛いんだから……あ、今までのノアもちゃんと大好きだから安心してね?」


 ルミナスの尻尾に抱き着いていると、ニアが笑いながらそう言った。普段は可愛いなんて言われてもあまり嬉しくないのに、この体だとどうも受け取る言葉が全て嬉しいと感じてしまう。


「……魔王様、私は一体どうすれば」

「甘えさせてあげなさいよ」

「……分かりました」


 ごめんなぁルミナス。

 普段ルミナスにはここまで甘えることはないけれど、今は無性に甘えたいんだ。ウルフのルミナスが持つ尻尾はとてもモフモフだ。あまり強く抱きしめたりして痛くないように気を付けながら俺はルミナスに甘えている。


「モフモフだぁ……」

「……私はどちらかと言えばペットになりたいのですが……ふふ、今は可愛いノア様を堪能しましょうか」


 ペット……?

 尻尾に抱き着いていた俺をルミナスがその腕に抱き、そのまま胸に抱き寄せるようにした。……あぁ落ち着くなぁ。


「魔王様、ノア様は可愛いですね」

「ふふ、精々癒されなさいな」

「はい。ノア様? ルミナスですよぉ?」


 ルミナスの胸に頬を置き、頭を撫でられるこの瞬間は至福だ。まあニアやリリスたちにも同じことを感じるけれど、どうして女性の胸ってこんなに落ち着くのかと何度だって考えてしまう。


「……ゾナ様の気持ちが分かる気がしますね」

「ルミナス?」

「彼女のような不純なものではありませんよ?」

「まあそれは心配してないけれど」


 ゾナさんって本当に信用ないんだな……。ゾナさんは普段目元を隠しているけどかなりの美人さんなのは知っている。あんな人に襲われて貪られるのもそれはそれで良いと感じる人はどこかに居そうだ。


「ルミナスぅ……うん?」


 っと、そうやってルミナスの胸の感触を頬で感じていたその時だった。ふと窓に目を向けると、真っ赤な瞳を血走らせたレイスが目に入った。彼女はユラユラと体を揺らして真っ直ぐに俺だけを見つめていたが……あ、消えた。


「ったく、あの変態は本当にどこまで……ていうか怖すぎでしょ」


 どうやらニアが魔法でどこかに飛ばしたみたいだ。

 それにしてもニアにあれだけ怒られたというのにゾナさんも諦めが悪いというかなんというか……でも今のは本当に怖かった。いくら美人とはいえ、あんな風に窓に張り付いていたらちゃんとした年齢の小さな子供はトラウマを植え付けられるぞ。


 立ち上がったニアが俺の元に近づき、頬を優しく撫でてきた。


「……本当に可愛いわね……コホン、今のゾナ怖かったでしょ?」

「うん」

「あれね、あんな風に怖がらせた後に優しいお姉さんを演じるように現れるのよあの子ったら」

「……えぇ」


 つまり怖がらせて安心させて甘えさせるってこと? 自作自演で? それだけゾナさんにとってショタというか幼い子供が好物ってことなのか。……正直、早くこの体が戻に戻ってほしいじゃないと安心できない。


「……ふわぁ」

「あら、眠くなりましたか?」

「うん……この体になってから眠いことが多くてさ」

「なるほど、それではお昼寝しましょうか」

「じゃあ私の部屋に行く?」


 ニアの言葉に頷くと、すぐに景色がニアの部屋に変わった。


「魔王様、よろしいのですか?」

「もちろんよ。ノアを抱いていてあげなさい」

「分かりました」


 体が浮いたかと思えば、ニアの大きなベッドに寝かされた。隣にルミナスが横になって俺を見つめながら頭を撫でてきた。俺はルミナスの方にグッと体を寄せて思いっきり引っ付いた。


「あら……本当に可愛いんですから」

「ルミナスこのまま寝よう?」

「分かりました。ノア様が望むままに」


 そう言ってルミナスは俺の背中に腕を回してくれた。

 ただ触れ合うだけでなく、こうやって抱きしめられるとやっぱり安心するのだ。ここならゾナさんも来ないし……って、何だかんだゾナさんに対して若干の苦手意識を持ってしまったのかもしれん。


「おやすみなさいノア様」

「うん……おやすみルミナス」


 ルミナスの温もりを感じながら、俺は眠りに就くのだった。




 小さくなったノアが眠ったのだが、しばらくルミナスはノアの顔を眺めていた。

 ニアやリリス、フィアやサンのように恋愛感情を抱いているわけではないが、こうやってノアを見つめているのは好きだった。


「……あら?」

「うん?」


 さて、そんな風に眺めている時にそれは突然起こった。

 眠り続けるノアの体が光ったと思えば、小さかった彼が元の体に戻ったのだ。体が元に戻っても睡眠中なせいか彼は目を覚まさない。大きくなったことで太くなった腕がルミナスを抱きしめてきた。


「あ……」


 強く、とても強く抱きしめられた。そして理解したのだ。ニアやリリスたちはこの温かさにやられてしまったのだと。もちろん回復スキルのことも聞いたし、普段の過ごし方もルミナスは見ているのでノアの人柄はちゃんと理解している。


「……ふふ、こんな戻り方がありますか?」


 小さい姿は大変可愛らしかったが、やっぱりこの方がノアという感じがした。ルミナスだけでなく、ニアも一旦ノアが元に戻ったことに安心した様子だ。


「そう言えば魔王様」

「なに?」

「そろそろ帝国が侵攻するみたいですがどうなりますかね」

「さあね。一応釘は刺したけど、まあ天のみぞ知ると言ったところかしら」


 近々帝国は王都に向かって侵攻する。

 おそらくはアバランテを避けてくれるとは思うが、そうならなかったらならなかったで潰せばいいだけだとニアはポキポキと指の骨を鳴らした。


「ま、それはそれとして」


 ニアもベッドの上に上がり、ルミナスとは反対側にノアを挟んで横になった。


「……私も眠くなってきたわ。ねえルミナス、今日はこのまま寝てしまいましょう」

「魔王様もですか? いいですね、偶にはこういうのも」


 眠るノアを挟むように二人の美女が目を閉じた。

 まるで一つの絵画のように美しい光景だが、ノアの体が元に戻ったことでどこかのレイスもそれに気付き血の涙を流したとか。

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