返事はイエスのみ
その日、帝国の最高権力者でもある皇帝――ネクサスは最悪を前にしていた。
「な、何者だ貴様らは!」
これから就寝しようとした時のこと、突如ネクサスの寝床に魔法陣が展開されたのだ。突然のことで驚き唖然としてしまったが、それが敵襲だということはすぐに気付けた。しかし、声を出す間もなく一人の美しい女が漆黒の剣をネクサスの喉元に突き付けたのである。
「貴様……か、こんな状況なのに威勢がいいわね皇帝さん?」
「……ぐっ」
美しい、月夜の光に照らされるその女は本当に美しかった。それこそ、ネクサスが今まで見てきたどんな美女すらも霞んでしまうほどに。闇を思わせる漆黒の髪とドレス、そして豊満な肢体と真っ赤な瞳……武器を向けられているというのに、その美しさに夢中になってしまいそうだった。
「……何が望みだ」
しかし、皇帝だからこそネクサスは目的を聞かなければならない。
帝国に所属する高位魔術師が施した侵入防止の魔法を軽々とすり抜けた美しき侵入者、圧倒的な力の持ち主だとは分かるが少しでも情報が欲しかった。
「名前を聞いたりはしないのね?」
「あぁ……下手なことを言えば首を刈られるであろうからな。それに、美しいそなたを返り血で汚したくはないのでな」
「ふ~ん、全然心に響かない言葉をありがとう」
これでも数多の女を落としてきたのだがとネクサスは苦笑した。
皇帝でありながらまだまだ年若い彼はそれなりの修羅場を潜っている。皇位継承権の争いに勝利し、その座に座ったのが彼だった。だがその経験の中でも相対したことがないほどの強者、それがこの現れた女だった。
「私の要求は一つ、あなたたち帝国は近々王都に侵攻する。間違いはない?」
「……あぁ」
「その時にアバランテを通らないようにしてもらえないかしら。西の山脈を消し飛ばしておくからそこを通ってちょうだい」
「……何を言っているのだ?」
王都に向かう際に位置するアバランテ、そこを通るのは既に決定事項だった。それを止めてくれと言うのは言葉として理解できたが、西の巨大な山脈を消し飛ばし手置くという言葉は理解できなかった。
ポカンとした様子のネクサスだったが、更に彼を唖然とさせる光景が目の前に広がった。ひゅんと何か音がしたと思ったら黒いローブに身を包んだ女が現れた。そして彼女は大切そうに小さな子供を抱きかかえていた。
「アンタ、あの薬を飲ませるなって言ったわよね?」
「まあ良いではないですか。彼の本当の姿を見られないためです♪」
「その割には何とも嬉しそうに抱いてるじゃないの」
「うふふ~♪ あぁ可愛い……可愛いですねノアさん」
「……ちょい苦しいんだが」
ローブに身を包んでいるからこそ女の全貌は見えないが、腕に抱えている子供に決して小さくはない想いを向けていることは理解できた。話の前半は一切理解できなかったが……そこでネクサスは目の前の女に意識を戻した。
「全くもう空気が台無しだわ。コホン、それじゃあ皇帝さんにもう一度言うわね。山を消し飛ばすからアバランテを通るのはやめなさい。ちなみに拒否権はなし、首を振った段階であなたの首を飛ばして帝国を破滅させる」
「……正気か貴様」
「正気よ。まあでも、信じられない気持ちも分かるわ。もっと色々と段取りをしていたんだけど、あの女に幼い彼を任しておくのも不安でね。……早く可愛がりたいのは私もだっての!」
ネクサスからすれば本当に訳の分からない手合いだ。この女もそうだし、子供を抱えている女もそう……その身に秘める力が凄まじいことはネクサスであっても理解が出来たのだ。
女は帝国を滅ぼすと言った……その言葉は嘘ではなく、本当にそうするのだと直感してしまった。だが、皇帝である以上どこの女とも分からない者に頷くことは出来ない。しかし、次にネクサスが気付いた時には寝室から移動していた。
「なっ!?」
「ま、見てなさいよ」
女の魔法によって転移したみたいだ。
チラッと周りを見てここがアバランテの近くであり、視線の先に邪魔とされている山脈があることだけは確認できた。女がサッと腕を振るうと、黒い波動がものすごい勢いで山脈に向かい……そしてスライスするように山が消失した。
「な……な……っ」
目の前で起きたそれは正に天変地異そのものだった。
一つの山脈が消えたというのに音はおろか、獣の遠吠えさえ聞こえてこない。本当の意味で女は実演して見せたのだ――帝国を滅ぼせる力はあるのだと。
「……何者だ本当に」
「ここまで来ればいいかしら」
そう言って女の背に巨大な二対の翼、そして歪曲した角が生えた。その瞬間吹き荒れる漆黒の魔力に男は一瞬で意識を失いそうになった。もうこの時点で、男は目の前の存在が何かを知った。
「あなたたちの言葉では魔王と呼ばれているわ。さあ皇帝さん、私の言うことに従うかどうかこの場で答えなさい」
ネクサスは当然、頷くしかなかった。
チョロチョロと黄色い水を漏らしながらも、ネクサスは必死に魔王と名乗った女の問いかけに頷くのだった。
「ただいま戻ったわよ」
「お帰りなさい魔王様」
「おかえりニア」
皇帝の寝室からニアが消えて数分後、いつもの様子で彼女は戻って来た。皇帝に関してはなんか漏らしてるらしく、嫌な臭いが漂ってきた。
「臭いですね凄く。ほらノアさん、私の胸の匂いで落ち着きましょう」
「わぷっ!?」
ゾナさんの胸元に抱きしめられ、俺は彼女の胸の谷間に顔を埋めることになった。
さて、今日俺は彼女たち二人と共にここに来たわけだが……ここに来る前にひと悶着あったのだ。俺の姿が知られないようにと変な薬を飲まされ、気が付いたら体が縮んでしまっていた。
「……小学生低学年くらいかな」
年齢で言うとそれくらいまで俺は小さくなってしまった。そんな小さくなった俺をゾナさんがずっと抱きしめており……何だろうな、絶対に傷つけることはないと分かるのだが性的に危ない気がしてならない。
「ゾナ、ノアに手を出すことは許さないわよ?」
ニアがそう言って俺をゾナさんから引き離した。
いつもより体が小さいのですっぽりとその胸にまた俺は顔が埋まった。
「……魔王様、許されることと許されないことがあるのを御存じですか?」
「あら、何をするつもりかしら?」
恐ろしく冷たい声を出したゾナさんと、余裕ように笑みを浮かべるニア……見つめ合う二人に挟まれる俺だった。
「……本当に何なのだ貴様らは」
「皇帝さん分かってるわね?」
「分かっていますよね? もしもアバランテを通ろうとしたら私は地の果てまでも追いかけてあなたを殺します。若い命を摘むことは許されない、子供の尊い命を奪うことは絶対にぃ!!」
「ひぃ!? 分かったからやめ……あぁ」
あ、泡を吹いて倒れたぞ。
……取り合えず、これは大丈夫ってことで良いのか? まだ胸の中にある不安は消えてくれないけれど、果たしてどうなるやら……。
「……ところで俺、いつ戻れるんだ?」
「あ、それ三日くらいはそのままなので……ぐふふ♪」
「ニア、守ってくれよ」
「もちろんよ。この変態が!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます