ゾナだって色々と考えている

「本当に面倒なモノです。将来に向かって健やかに育とうとしている子供たちも住んでいる場所なのに……おのれ人間どもめ」

「ゾナ、顔が怖いことになっているから落ち着きなさい」


 俺の家のリビングでニアとゾナさんが向き合っていた。俺がニアから聞いた戦争の話は当然ゾナさんたちギルド関係者にも届いており、今回のことは相当頭を悩ませているようだ。


 王都に直接協力というか、徴兵制のようなものに応じる必要はないがやはり中継点というのが問題だった。どうあがいても帝国が侵攻した際に通る場所であり、敵対の意志はなくてもほぼ確実に巻き込まれる形になる……それはもう決定事項だった。


「ですが、魔王様が私を呼んだということはつまり……どうにかなると?」

「えぇ。本来なら私が手を出すことではないはず、でもアバランテは私もそれなりに気に入っているし何より、ノアの知り合いも多いからね」

「……魔王様が人を助ける……本当にお変わりになられましたね」


 ゾナさんはやっぱり以前のニアを知っているのか。俺という存在が居るからニアがアバランテに住む人たちを助けようとしてくれるのは分かっている。逆にそこに俺が絡んでいないのであれば見向きもしないことも理解していた。


「取り合えず両軍がぶつかる前、或いは侵攻する帝国がアバランテに近づく前に私が暴れればいいでしょう。もちろん色々と面倒が起きないように、魔王だと分からないようには偽装するけれど」

「……なるほど」

「ゾナ、あなたにも手伝ってもらうわよ。アバランテに住む子供たちを守りたいというのなら、レイスとしての力を貸しなさい」


 子供たちを守りたいなら、その言葉にゾナさんの目の色が変わった。

 ウルサを通じてゾナさんが凄まじいレイスというのは知っているけど、実際のゾナさんがどれくらい強いのかは全く知らない。まあニアよりは少し劣る程度らしいというのは聞いていた。


「そうですね。子供たちの明るい未来を守ることこそ私が望むことです。帝国や王都から出兵する者の中に幼い子供は居ますでしょうか?」

「居ないでしょう流石に……まあ奴隷の弾除けとして駆り出すなら分からないけど」

「なるほど……もしそうなら誘拐……コホン、引き取らなければ」

「ゾナさん今――」

「なんですか?」

「……何でもないです」


 圧を感じさせる笑顔に俺は何も言えなかった。

 それにしても本当にこの人の原動力は幼い子供なんだなと思い知らされる。でもそうなるときっと、こうしてニアがどうにかすると言わなくてもゾナさんは自分に出来る範囲で色々と動きそうな気もするな。


「少し前ならリリスに帝国に忍び込んでチャームで虜にしなさいって言えたのだけどね。もう彼女はその方面の力を使うつもりはないから」

「そうですね。昔の彼女ならいざ知らず、今の彼女は決して頷かないでしょう」


 そう言って二人は俺を見た。

 以前にサンに言われたチャームのことだと思うけど、いくら強制的な魔法とはいえ俺以外に想われたくないと言っていた言葉が脳裏に蘇った。サキュバスとしての力をある意味封印するわけだが、そこまで想われることは本当に嬉しかった。


「おそらく王都は防御面に人を割くでしょうし、警戒すべきは帝国だけで問題はないでしょう。……と言いますか、単純に帝国に対してアバランテを通るなと脅しを掛けるのが一番なのですが」

「……なるほどね。確かにその手があったわね」


 ニア?

 ゾナさんの言葉に名案が浮かんだような表情で呟いたニアはこんなことを口にするのだった。


「ちなみにゾナ、アバランテの西に山があるわよね?」

「はい。特に生物も住み着いておらず、道も荒れていて誰も利用しない場所です。思えばあの山さえなければわざわざここを通る必要も……魔王様、まさか」

「良いじゃない。単純で楽な方法があったわよ」


 俺は思わずゾナさんと目を見合わせた。

 この話の流れを整理すると自ずと答えは出る。アバランテを通るなと脅しを掛ける且つ山さえなければの言葉……ここから導き出される答えは一つだった。


「その山、消し飛ばしましょう」

「……本気なの?」

「えぇ。その方が早いでしょう」


 いや確かにそうだけど……俺はニアの言葉を受けて窓から西の山を覗いた。

 ここからでも分かるくらいに大きい山で、普通に緑は生い茂っていた。あれを吹き飛ばすとなるとかなりの火力が必要そうだけど……でもいいのかな? そこまでしてしまって。


「……まあ構わないでしょう。さっきも言いましたが幸いにも生物は住み着いていませんし道も荒れている。旅商人たちもあの山がなければ楽が出来る、なんてことを言う者も少なくありません」

「へぇ……でも規模が凄いなニアは。あれを吹き飛ばすの?」

「余裕よ♪ 人間でも何人か集まって大規模魔法を使えば出来るとは思うけど原型は残るでしょうけど私、魔王だから♪」

「魔王様すごい~かっこいい~」

「舐めてるのアンタ」


 あはは、ニアとゾナさんのこういうやり取りは新鮮だな。

 とはいえ、ある程度の方針はこれで決定かな? 仮にアバランテにどちらかの軍が近づいてくるなら問答無用で魔法をぶっ放すらしい。ちなみに俺が居るということで動くのはニアだけでなく、リリスやフィアにサンも動くとのことだ。


「本当にノア様は愛されていますねぇ。私も小さな子供たちからそんな風に囲まれて愛されたいものです」

「あなたは襲う方でしょうが」

「……最近私は一つ悩みがあります」

「何かしら? っとその前においでノア」

「? あぁ」


 手招きされて近づくと、いつものようにニアに抱きしめられた。どうやら話してばかりで疲れたらしく、こうやって癒して欲しいらしい。癒されるのは俺の方だと思うんだが、こうしていてニアが癒されるなら俺も抱きしめてあげたい。


「あぁ幸せね。それでゾナ、何が悩みなの」

「はい……私が愛する男の子たちはみんな受け身なんですよ」

「そりゃ幼いから当然でしょうに」

「私だって攻められたいんです! 自分よりも小さくて童顔で天使のような男の子に思いっきりガンガン攻められたいんですよおおおおおおおおおっ!!」

「……やっぱり思うわ。勇者が討伐すべきはこういうのよ」


 うん、それには同感だった。


「あなたよりも小さいならゴブリンが居るでしょうに」

「やめてください汚らわしいですから」

「……彼らも彼らで一生懸命生きてるのよ? 最近は捕らえた人間の女に不自由させないようにって人間の料理を覚えたりしてるんだから」


 何そのゴブリンとても健気……。

 ゴブリンって聞くと良くエロ漫画に出てくる定番の存在だ。人間の女を求めるのは間違いないらしいけど、少しだけ健気な一面がニアから聞けて見てみたいとも思うのだった。


「さてと、それじゃあゾナ」

「分かってますよ」

「ノアも行く?」

「行くってどこに?」


 どこに行くんだろうか。

 目を丸くする俺にニアはこう言うのだった。


「帝国に脅しを付けに行こうかと思ってね」

「腕がなります」

「……今から!?」


 突然ではあるが、こうして帝国に一旦向かうことが決まった。

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