サンが本当に変わった

 ニア、リリス、サン、フィアの部屋と魔法陣で繋がって数日後、俺は女神から受け取ったどんな食材でも無限に生み出すことの出来るマジックアイテムを眺めていた。


「……ふむ」


 特に今までと姿形が変わっているわけではないが、ずっと発光しているこれは何なんだろう。……もしかして、このまま光が強くなって爆発するとか? 俺は一気に怖くなってそこから離れたが、ここに来て光が収まった。


「……なんだ?」


 ……全然分からん。

 また今度女神と話をする機会があったら聞いてみることにしようか。マジックアイテムから目を離し、俺はこれから街に向かう前ののんびりタイムを満喫していた。


 するとサンの部屋とを繋ぐ魔法陣が光ったのだ。光が収まると当然そこに居たのはサンだったのだが、その服装が今までとは少し違っていて俺は驚いた。


「おはようノアぁ」

「あぁ……おはようサン」


 サンの服装はいつもリリス同様に大事な部分しか隠していないスタイルだったが、今回は布の多い服装だった。というよりもワンピースのような服で、何というか小さなサンにとても似合っていて可愛らしかった。


「それは私が子供って言いたいのぉ?」

「そういうわけじゃないよ。可愛いよ凄く」

「分かってるわよ♪ ノアを想う私はとても可愛いのよぉ♪」


 そう言ってサンが飛びついてきた。

 小さな体だからこそ簡単に受け止めることが出来るが、お腹で潰れるそれはとても凶悪なものだ。少しいやらしい言い方をすると……なんだ、これを俺が好き勝手出来ると思うと王様みたいな気分になるよね。


「魔王様と結婚するなら王様みたいなものじゃないのぉ? まあ私はノアがそのままでも嫁いであげるけどね?」

「そっか。それは嬉しいな」


 サンの心を読めるわけじゃないが、それでも彼女が本心からそう言ってくれているのは分かった。俺はサンの小さな体を思いっきり抱きしめ、彼女の柔らかさと温もりをこれでもかと堪能した。


「よしっと、それじゃあ行くか」

「行きましょうかぁ」


 今日はサンを連れていつものお仕事だ。

 家から出て街に向かうのだが、基本的によっぽどのことがない限りここで魔物と出会うことはない。でもサンだけでなく、リリスも連れているとよく遠くから魔物がこちらを窺っているのが目に付く。


「……あれは何なんだろうなぁ」


 襲い掛かってこないので気にしなかったが、改めてそんなことを口にした。俺の呟きを聞いたサンが遠くに犬型の魔物に目を向けた。すると何かを感じ取ったのか気持ち悪そうに魔物を睨みつけた。


「サン?」

「あいつ、私と交尾したいんですって」

「……えぇ?」


 交尾って言い方はあれだけどつまりアレでいいんだよな? サンは頷き、別に聞いてもいないのに詳しく教えてくれた。


「私とリリス様……あぁサキュバス全般に言えるんだけど、ああいった獣型の魔物とも交配が出来る作りなのよねぇ。サキュバスのフェロモンもあって、あんな風に雄を呼び寄せてしまうのよぉ」

「……なるほど」


 何そのエロ漫画でありそうな展開は。

 ……いや、つまりこういうことか。あいつらは俺の大切なリリスやサンを性の対象として見ていると?


「違うわね。ただ苗床として欲しいだけじゃない?」

「……………」


 見た目は犬……狂暴そうな見た目を除けばペットとして飼われていてもおかしくはない。だが、サンの言葉を聞いた瞬間あの魔物がとても憎く思えてきた。俺自身は戦う力がないので情けないところだが……。


「情けなくなんかないわよぉ。誰にでも得意不得意があるただそれだけよ。ノアはノアらしく、私たちに守られていればいいの。それは何も出来ないわけじゃない、ノアの存在が私たちの心を支えているんだからぁ♪」


 どうせなら強い力を持って、大切な人たちを手ずから守りたいという気持ちは当然ある。でも今の俺にはそんな力はない、そしてそれはこれからずっとそうだ。それに対して悲観することはなく、自分に出来る範囲で自信を持つ……か。


「そうよぉ。それでいいの……それがノアなんだから」

「……そっか」

「えぇ♪」


 ニアにも似たようなことを言われたことがあるけど……改めてそれに気付かされたようだ。……それにしても、初めてサンに会った時からは想像できない変化だ。あんな風に揶揄ってきていた彼女がこんなことを言ってくれるなんて。


「何よぉ、私だって変わるのよ? いいえ違うわね。変えたのがノアなのよ? 私をこうしたのはノアなんだから責任を……もう取ってもらってるわね♪」

「……サンは良い女だな」

「当り前じゃないのぉ♪」


 彼女の笑みに俺も釣られて笑顔を浮かべるのだった。

 サンと共に街に向かうと……なんだ? やけに物々しい雰囲気だが。


「お、兄ちゃんにサンちゃんか」

「やあモンさん」

「どうもぉ」


 ……それにしても流石奥さんを持つモンさんだ。

 俺がどうしてそう思ったのかと言うと、サンもこの街で他の住人と話をすることはある。だがこのサンの見た目と醸し出すフェロモン、そして間延びする色気ある喋り方に大体の男は鼻を伸ばすのだから。


 しかし、モンさんはリリスやサンを前にしても特に変化はない。そこが素直に凄いと思うのだ。強靭な精神力というか、まあモンさんがそんな反応をしても微妙な感じになりそうだが。


 それからモンさんが見守る中、俺はサンと共におにぎりを配る。

 物々しい雰囲気と言ったが俺たちに近づいてくるのはいつもの人たちで、特に何もおかしなことは起きなかった。


「……見ない顔が居るのねぇ?」

「あぁ。なんか王国と帝国の間であったらしくてな」

「へぇ?」


 王国と帝国の間で……か、サンに目を向けるが当然彼女は何も知らないらしい。この様子ならニアやリリスも知らないのかな? まあ掴んでいそうではあるけど、今日の夜にでも聞いてみるとしよう。


 おにぎりを配り終え、街の飯屋でサンと時間を潰していた時だ。この街で見たことがない男が近づいてきた。かなり柄が悪そうだが……。


「よう嬢ちゃん、良い体してんじゃ――」

「うふふありがとう脂ぎったキモイおじさまぁ? でもうざいから消えてぇ?」


 話しかけてきたおっさんに向けてサンがそう言うと、熱に浮かされたような状態になったおっさんは足元をふらつかせながら帰っていった……あれはもしかしてサキュバスの魅了かな。


「その通りよぉ。まあチャームには二種類あって使用者に夢中にさせるものと、意のままに操ることが出来るようにするのとがあるの」

「なるほどなぁ」

「でも安心してねぇ? 私はノア以外に夢中になってほしくないから前者の使い方はもうしないの。サキュバスとして失格かもしれないけど、私はサキュバスのサンよりもノアのお嫁さんであるサンだからぁ♪」


 ……本当に、どれだけ夢中にさせてくるんだよこの子は。

 俺はそれからずっと、不穏な空気が流れる中でサンとの時間を過ごすのだった。確かに不穏ではあったが、こんな風に彼女と話しながらなので……当然、楽しいに決まってるだろ?

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