宣戦布告

 人間における最高戦力は間違いなく勇者だ。

 類い稀なる才能と魔力を持って生まれ、勇者のみが手にすることが出来る聖剣に選ばれた人間こそがその瞬間から勇者となる。


 勇者とは魔王を打ち倒すもの……という決まりがあるわけではなく、ただ勇者というのは希望の証であり、人々を安心させる神聖な役職みたいなものだ。歴代の勇者は皆人格者とされており、生涯に渡って自由はそこまでなかったものの役割を全うしている。


「……よし、ようやく体が動くようになったぜ」


 王都の医務室にて、勇者の役割を与えられたユウカンはそう呟いた。

 魔王によって体に刻まれた傷は完璧ではないものの癒えてきた。失った腕は何とか義手が用意され、魔法によって普通の腕と何ら変わりない見た目を再現していた。


「魔王……てめえを這い蹲らせて後悔させてやる。俺に一生仕える奴隷に仕立ててやるからなぁ!」


 ユウカンにとって魔王は倒すべき存在であると同時に、自分の軍門に下らせ一生を賭して傍に置いてやってもいいと思える美しい存在だった。後少しでそれが叶いそうになったのに阻止されたあの出来事、それを思い出すたびに誰とも分からない後姿に殺意が湧き出る。


「なあどこに居るんだよクソ野郎。俺が必ずてめえを殺してやる!」


 勇者の立場からすれば、後少しで魔王を倒せたにも関わらずそれを邪魔するように現れた存在に対して怒りを抱くのは当然だ。しかし、その内側にあるモノはとてもどす黒い欲望の塊だ。きっと心を見透かすことの出来る存在から見れば、その気持ち悪さに吐き気を催すかもしれない。


「……あん?」


 そんな呪詛とも言える言葉を吐きながら歩いていた彼の前に見知らぬ集団が歩いていた。彼らが向かう先は王座のある場所、少しばかり緊張した雰囲気に流石のユウカンも静かになる。


「なんだ一体……」


 フードを被り顔は見えないが、腕の部分の紋章はしっかりと目にした。帝国が掲げる紋章であり、王都にとっていまだ戦いの歴史が続く因縁がある……つまりは王都にとって今は何もないが、いつ何かが起きてもおかしくない敵国というわけだ。


「……ま、気にしても仕方ねえか」


 ユウカンはそれだけ言ってその場を去った。

 その後ろ姿に気付き目を向けた者が何人か居たが、すぐに興味がなさそうに視線を逸らして歩いていく。勇者のことは皆が知っている、それでも興味がなさそうなのは何を意味しているのか……。


 そして、この日から数日後だった。

 帝国から王都に対して宣戦布告が行われたのは。






「……なんか変な部屋みたいになったな」


 フィアを助けてから少し過ぎた。

 俺が今いる場所は自分の家だが、リビングには四つの魔法陣が描かれている。これはそれぞれ最初にニアが作ったものと同様でありそれぞれリリス、サン、フィアの私室に直接繋がるものだ。


「……これでノアの部屋と繋がったのねぇ」

「うむ……悪くない。むしろ幸せだなこれは」


 俺の部屋じゃなくてリビングな?

 まあでも、これでいつでもその気になれば会うことが出来る。とはいえこの魔法陣が部屋と部屋の間にある廊下だと仮定すれば、もう一緒の家に住んでいるのと何も変わらない気がするよ。


「これでみんながノアと繋がったわね。うんうん、良いことだわ」

「ふふ、これでいついかなる時もノア君と一緒……♪♪」


 そうだな、その気になれば……というかこの魔法陣に足を踏み入れるだけでそれぞれの部屋に飛ぶことが出来るってよくよく考えたら凄いよなぁ。転移魔法ってのは本当にチートというか反則技だ。


 さて、そんな風に四つの魔法陣を眺めた後俺たちはお茶会を始めた。お菓子は当然俺が作ったアップルパイやイチゴのタルトだが、そろそろ何か新しいものを作りたいところだ。


 最近になって気付いたけど、あの俺の世界の材料を何でも生み出してくれるマジックアイテムなのだが、ずっと発光していて気になってるんだよな。


「……これ、何度食べても本当に飽きないわね」

「そうですね。ねえノア君、これはノア君の居たところだと普通の食べ物なの?」

「普通……まあすぐに買うことは出来るかな」

「へぇ……贅沢な場所なのねぇ」


 まあスイーツ専門店みたいなところもあれば、コンビニみたいに安く簡単に買える場所も増えてるくらいだしな。


「フィア、本当に体は大丈夫か?」

「あぁ。本当に心配はないぞ? 安心してくれノア」


 そっか、それなら良かったよ。

 女神からの贈り物である回復の力だけど、俺はこの力を本当に信頼している。でもやっぱりあの燃え盛る黒炎に包まれていたフィアの体を見てしまっているので、どうも気になってしまうのだ。


「……ねぇねぇノア」

「どうした?」


 俺と向き合うようにリリスの隣に座るサンが不安そうに瞳を揺らして名前を呼んできた。どうしたのかと思っていると、彼女が口にしたのはこんな言葉だった。


「私が同じようなことになったら助けてくれる?」

「当り前だろ」


 今はスキルが使えないけど、もしもその時が来たら俺は絶対にサンのことも助けて見せる。一度使うと再び使えるようになる条件が分からないのがアレだが、それでも俺の考えはこうだ。


「……そう♪」


 嬉しそうな笑みを浮かべ、サンはアップルパイを美味しそうに食べ始めた。

 ……まあ、サンは俺の心の中が分かるから言葉にせずとも伝わる。それでも心の中で考えたことが伝わるとしても、直接言葉で伝えられる方がサンは好きだもんな?


「……うん♪」


 本当に可愛い子だよ。

 そう思うとまたサンは顔を赤くして下を向いてしまった。隣に居たリリスもサンが可愛いのか彼女の頭を撫でていた。


「サキュバスを手玉に取るって凄いことよ。自信を持ってねノア君」

「……その、みんなみたいな素敵な人たちが傍に居るから自信にもなるよ――」


 そう言った瞬間、俺は隣に居たニアに抱きしめられた。

 相変わらずの漆黒のドレスで胸元が開いているスタイル、もう俺の故郷と言っても違いないその豊満な乳袋がとても気持ち良い。


「本当にノアは嬉しいことを言ってくれるんだから♪ ねえノア、何か私たちにして欲しいことはある? 何でもしてあげるし、何でも言うことを聞いてあげる」


 何でも? ってネタは置いておくとして。

 もう十分すぎるくらいに色々してもらっているんだけどな。守ってもらっているのもそうだし、心を支えてもらっているのもそう……彼女たちの存在には本当に俺は助けられている。


「それじゃあしばらくこのままでいいかな?」

「もちろんよ。他の三人がちょっとズルいって顔してるけど、ノアが求めてるのは私だもんね?」

「……えっと」


 何だろう、チクチクと視線が刺さってくる気がするのは気のせいかな。

 俺はニコニコと笑顔を浮かべるニアに抱かれながら、少しだけ背中に刺さる何とも言えない視線にひやひやするのだった。


「……時には魔王様を出し抜くことも必要か」

「リリス様、サキュバスの神髄でノアを骨抜きにしましょう! 魔王様よりも私たち二人の方が遥かに技は上手なんですから!」

「ふふ、そうね。魔王様もまだまだな部分はあるしね」

「ちょっとアンタたち、好き勝手言ってくれるじゃないの」


 うん、平和……平和だな!

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