頑張れ、フィア!

『……ちぃ! 流石は魔王と言ったところか。首なしの戦闘力でも大して消耗出来んとはなぁ!』

「……勝手なことをほざくな。私とてその気になれば魔王様とも互角にだな!」

「張り合うんじゃないわよ馬鹿!」


 響き渡るウルサの声にそれに対抗するフィアの声、そしてそんなフィアにツッコミを入れるサンの声が響いた。


「……フィア」


 ニアとルミナスの魔法によって拘束されているが、ジリジリとフィアは体を動かして拘束から抜けようとしている。フィアの戦闘力の高さは知っているが、その気になればニアも少しは苦戦するらしいというのは意外だった。


 リリスとサンが発動した結界の中で戦った三人だが、当然数の差もあってフィアはすぐに拘束されたのだが……どうしてニアはあんなに難しい表情をしているんだろうか。俺がそれに気になっていると、ウルサがそれを説明してくれた。


『迷っているな魔王よ。そう、この呪いは魂に結び付く。故に魂そのものが死なねば解き放たれぬ。つまり、呪いを解くためには魂そのものを殺すしかない』

「……………」


 俺はそのウルサの言葉に唖然としてしまった。

 フィアを救うためには……否、救う術はないと言われたも同然だった。気づけばニアだけでなく、ルミナスやリリスにサンも難しい表情をしている理由がようやく俺には理解できた。


「……レイス特有の呪いか。面倒ね」


 ……ウルサはゾナさんと同じレイスなのか。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。俺は拘束されている状態のフィアに目を向けた。彼女はいつもと変わらない凛々しい表情だが、どこかその目には諦めが見えているようにも思えたのだ。


「……フィア?」


 つい呼びかけると彼女は俺の方を向いて笑った。


「ノアにはこのような姿を見られたくなかったのだが……まあ仕方ない。魔王様、このような無様を晒し続けるのも苦痛です。どうかあなたの手で――」

『くくくっ、果たして魔王が貴様を殺せると思うか? それなりに親しく、大切にしている部下をこの小娘がなぁ!』

「……………」


 ウルサの言葉にニアは何も言わなかった。

 ルミナスが不安そうに見つめる中、俺もどうにか出来ないのかとリリスに目を向けたが……首を横に振られた。


「レイスの呪いはあいつが言ったように解呪は不可能……体に宿るならまだしも魂と結びつくとね」

「……そんな」


 ……あ、それなら俺のスキルならどうにか出来るのでは?

 そう思った矢先、脳内に響いた声があった。


『ノアさん、あなたのスキルは残念ながら呪いには効きません。外傷か病気等にしか効果が及ばないのです』


 それは間違いなく女神の声で、俺はその声を聞いて体から力が抜けた気がした。

 俺はリリスとサンから離れたが、彼女たちも俺と一緒に歩みを進めてくれた。結界の中に入ってニアに並んだ。


「……ニア」

「大丈夫よ」

「……え?」


 大丈夫と言ったニアに俺は驚いた。


『大丈夫だと? 何を言っているのだ小娘が』


 ニアの言葉に目を丸くした俺たちとフィア、ウルサもどこかニアに怪訝そうな表情をしていそうな声だった。一歩前に出たニアは黒色に輝く剣を取り出し、それをそのままフィアへと突き刺した。


「フィア、ごめんなさい」


 グサッとフィアの左腕に突き刺さったそれは貫通し背後の壁に縫い付ける。驚く俺の前で鮮血が噴き出し、苦痛に顔を歪めるフィアと……そして、同じように苦痛を感じているウルサの声が聞こえてきた。


『小娘……貴様まさか!?』

「えぇ。あなたもゾナを知っているでしょう? あなたよりも優れ、レイスの中でも最強と言われた彼女のことを」

『何故姫の名がここで!?』


 ゾナさんが最強のレイスだとか、姫と呼ばれていることは驚きだが……残念ながらそれを気にしている余裕が俺にはなかった。どうしてニアがこんなことをしたのか、それは彼女自身の口から語られた。


「彼女が教えてくれたのよ。レイスが使う魂に結び付く呪いは確かに解けない、けれどもその術者の魂が先に消えれば呪いが解けることをね」

『……なるほど、だが……どうやって私を先に消すというのだ?』


 そこでニアは俺を一瞬見た。そしてフィアに再度視線を戻し、こんなことを提案するのだった。


「フィア、あなたはノアに愛を告げる前に死ぬ気なの?」

「……はいっ!?」


 ボフッと音を立ててフィアの顔が赤く染まった。

 この殺伐とした雰囲気に似合わないフィアの様子に空気が緩む……ことはなく、拘束され腕を剣で刺し貫かれた状態なのに彼女は恥ずかしそうに顔を赤くしていた。


「わ、私はただ……いやですが……その……えっと……」

「迷うくらいなら生きてしっかりと気持ちを伝えなさい。いい大人なのだから、この場を乗り越えてノアを愛することを誓いなさい――いいわね?」

「は、はいぃぃいいいい!!」


 ……えっと、何がどうなってるんだ?


「……あぁそうか。もしかして」

「リリス?」

「ノア君、しっかりとフィアを抱いてあげてて」

「どういう……」


 リリスが指を向けると、ニアがフィアの頭を取った。そしてそのまま頭を俺に預けてきた。頭は呪いに縛られていない……わけではないみたいだ。頭と体は離れているが魂は共有されているからだろう。


「の、ノアぁ……」

「……フィア」


 頭だけではあるが、一旦彼女を取り戻すことが出来たことが嬉しくて強く抱きしめた。でも一体、何をするつもりなんだろうか。


「フィア、これからウルサをあなたの魂から解き放つ。簡単に言えば、あなたの魂から出て行きたいと思わせるのよ。ただ今から死ぬほど辛い思いをすることになるわ」

「……それはぁ……痛いのか?」

「……そうね。死ぬほど痛いわ」

『まさか……この首なしの体に苦痛を与えて私を無理やり引き離す気か!?』


 なるほど、ここに来てようやく俺も合点がいった。

 不安そうに……いや、既に涙を流しているフィアと目が合った。フィアは俺をその瞳に映したと思ったらすぐに涙を止め、歯を食いしばるように叫んだ。


「……ノア、フィア頑張るからこうしててくれ……フィア頑張るから! 大好きなノアとまだ一緒に居たい。だから頑張るからああああああ!!」

「っ……あぁ。頑張れフィア!」


 ……こういう時に応援することしか出来ない自分が恨めしい。

 一気に焦りを見せるウルサの声と、大きなフィアの幼い声が響き渡り……そしてニアは漆黒の炎を生み出してそれをフィアの体へと放った。


「っ~~~~~~~~~!!」

『ぐおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?!?!?!?』


 抱えるフィアの顔は尋常じゃない汗を掻き、顔色もすぐに悪くなっていく。止めたはずの涙が再び流れて出てきた。そして……俺はもう耳を塞ぎたくなった。


「いだいよおおおおおおおおおおっ!! うああああああああああっ!!!」


 喉が壊れそうなほどに、耳をつんざくほどの大きな声がフィアから放たれた。俺はそんなフィアを抱きしめてあげることしか出来ず、大丈夫だからと声を掛けてあげることしか出来ない。


 つまり、この攻撃でフィアの体は修復不可能なまでのダメージを負うだろう。だが俺なら治すことが出来る。ウルサの呪いが消えた瞬間、すぐにフィアを治すことが出来るんだ!


「フィア、耐えなさい……お願いだから」

「根性見せなさいよ首なし!!」

「フィア様、あなた様はお強い……だから大丈夫ですっ」


 轟々と燃え盛る炎の中、フィアの体も苦しそうに手足を動かしている。本当に見ていられない光景だが、それでも目を俺は離さなかった。この世界に来て初めてかもしれない、ここまで辛い光景を見せられているのは……でも、これもある意味異世界における乗り越えなくてはならないことなのだと俺に思わせたのだった。

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