ウルサの呪い
「……ったく、色々と物騒じゃねえか」
突如アバランテの街に現れたフードの集団を見てオーバは呟いた。怪しさ全開ではあるが彼らは帝国から来た者たち、だからこそ身元は確かなのだがどうしてこの時期にという疑問があった。
「……ふぅん」
「ようギルド長、一体何の騒ぎだこれは」
そう言って話しかけてきたのはモンだった。
「モンか。まあ見ての通り帝国の奴らだが……何も聞いてはないな」
特に帝国から集団が訪れることは聞いておらず、完全に不意を突かれる彼らの訪問となったわけだ。しかし幸いなのがここに用があるのではなく、すぐに買い物や食事を済ませて出発しようとしていることか。
「……勇者が倒れたことで王族の求心力は弱まりつつある。そこを狙っているのかもしれんな。まあ俺の予想だが」
「なるほどな」
なにもこの世界は人と魔族が争っているわけではない、当り前のこととして人と人の争いも当然起きているわけだ。過去には王都と帝国は戦争をした歴史もあり、それが繰り返されるのではオーバは危惧していた。
「最近は魔族とのいざこざはねえし、せっかくの平和を謳歌すりゃいいと思うんだがどうして同族同士で仲良く出来ないのかねぇ」
「それが人だからでしょう」
「のわああああっ!?」
「ゾナちゃん!?」
のっそりとゾナは背後から現れた。
ハンカチで口元から滴る白い液体を拭きつつ、いつもの無表情で件の集団を眺めながら言葉を続けた。
「言葉一つで争いが起きないのであれば、それはとても楽なことです。それが無理だからこそ争いが起きるのですから」
「……そうだな」
「あぁ」
結局、人間は争いをやめることはない――それは過去からの歴史が証明していた。
ゾナの言葉を聞いたオーバとモンは確かになと頷き、そこでモンが笑みを浮かべてゾナに言葉を掛けた。
「それにしてもゾナちゃんは本当に別嬪だなぁ」
「あら、奥さんはどうなのです?」
「そりゃあ別嬪も別嬪に決まってんだろうが……まぁ、ノアの連れて来るニアちゃんやリリスちゃんには勝てねえけどよ」
それはそうだろうとゾナは頷いた。
ニアは魔王として、リリスはサキュバスクイーンとして恐れられる存在ではあるがその容姿は恐ろしいほどに整っている。今ではそうでもないが、まだゾナが魔界に居た頃はとにかく求婚されていたのを覚えている。
「……ふふ」
その頃と今を比べると何とも感慨深かった。
そんな二人が一人の人間を愛するなど本当に考えられなかったからだ。ニアとリリスに正面から逆らおうとする存在はそう居ないだろうが、人間であるノアのことは絶対に火種になるはず……それに関してはゾナの知るところではないが、どうかニアとリリスが望む形に落ち着けばいいなとは思っている。
「……しかし、もしも王都と帝国で戦争が起きれば……その中継場所でもあるここも無事ではありませんか」
ゾナはそれだけが心配だった。
それからしばらくして帝国から訪れた集団は街を出て行ったが、彼らの向かった先は王都の方角……どうやら大変なことになりそうだと、ギルドを通じて冒険者や住民たちにそれは知らされるのだった。
「こんばんはですノアさん」
「あ、どうも女神様」
その邂逅はまた突然だった。
眠りに就いたと思ったらまたこの真っ白な空間に呼び出されたのである。俺の目の前には変わらない姿をした女神が立っていた……あ、もしかして?
「どうやらお気づきのようですね。ノアさんのスキルがまた使えるようになりました!」
「……やっぱりですか」
あの内側に宿る感覚、やっぱりそうだったみたいだ。
でも、どうしてまた使えるようになったのだろうか。いや使えることは喜ばしいことで嬉しいのだが、本当に使えるようになるトリガーが分からない。
「う~ん、本当にどうしてなんでしょうか。色々と考えてみましたけど本当に分からないんですよね」
「ですよね……う~ん」
「う~ん」
二人で腕を組んで考えてみたが本当に分からない。
一度目はニアに使い、二回目はリリスに使って……そのどれもが大切な彼女たちを助けることに繋がった。ニアに関しては初めてだったのであれだけど、リリスの時にまた使えるようになったのは本当に助かった。
「もしかして……誰か親しい人が危険な目に遭いそうになると使えるようになる……とか?」
「……なるほど。しかしそんな制約があるのも珍しいですが」
女神でもその辺りは全く分からなかったらしい。
結局、その後少し話をして俺はこの空間から帰ることに。それにしてもこうやって女神と顔を合わせて話をするのも楽しいものである。
「あぁそうでした。最後に一つ、ノアさんは普通の人間なのですからあまり無理をなさらないように!」
「大丈夫ですよ? 戦いとかに参加するつもりは……」
「魔王とサキュバス相手にエッチは体力が持たないでしょう?」
「あぁ確かに……え?」
「あ」
おい、一体どういうことなんだい女神様?
「し、失礼しましたぁ!!」
「ちょっ!?」
逃げるように女神は姿を消し、俺も現実へと意識が戻るのだった。
「……っ」
ベッドから状態を起こすと、裸のニアが寒そうに身を縮こまらせた。魔王であるニアがこうして起きないのもまた珍しいことで、それだけ俺の隣に居ることがリラックス出来ているようで嬉しかった。
「……また使えるようになった……か」
再び使えるように回復スキル、これを使うことが果たして近いうちにあるのか……どんな傷でさえも回復させてしまう力、それが振るわれるほどの事件が起きないことが何よりなんだけどな。
「……ノア?」
「あ、起こしたか?」
目を擦りながら体を起こしたニアはそのまま俺に抱き着き押し倒した。
「逃がさな~い♪」
「はは、逃げないってば」
地肌の上からニアが胸元に顔をスリスリと擦り付けて来るので髪の毛が少しくすぐったい。でもやっぱりその姿があまりに可愛くて、俺はニアの頭を撫でながら何も起きないことを祈った。
しかし……それは起きてしまった。
それは何気ないお茶会をしていたはずだった。ルミナスが作ってくれたお菓子を食べてみんなで話を楽しんでいた時、ニアの部屋に入って来たフィアが突然槍を構えたのだ。
「フィア……っ!」
槍を構え、真っ直ぐにニアに斬りかかった彼女の姿に驚くのは当然だがどこか様子がおかしかった。
「……クソが。私としたことがこんな……魔王様! ウルサの呪いですこれは!」
「なんですって……」
ウルサ……それは一体。
槍を手にしているフィアは必死に体を動かさないようにしているが、それでもジリジリとこちらに近づいてくる。何か黒い靄が背後に見え、そこから何とも悍ましい声が聞こえてきた。
『何故人間がここに……なるほど、やはり腑抜けたか魔王め』
「ウルサ!!」
「こっちよノア!」
サンに引っ張られ、リリスも俺を守るように正面に立った。
ニアとルミナスがフィアと相対するように立ち塞がる中、ウルサと呼ばれた存在の声が響き渡る。
『なあ魔王よ。私の呪いのことは知っているであろう? これは魂に結び付く呪いであるため解呪は不可能、さあ魔王……どうやってこの首なしを止める?』
「……………」
どうやら、俺の嫌な予感というものは良く当たるらしい。
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