勇者はこれを滅ぼすべき

 ニアとリリス、サンと想いを交わしたが俺の生活が変わることはない。

 何か用事がない限りは相変わらずおにぎりやお菓子を街に売りに行くことが日課である。ニアがそんなことをせずにお金をあげると言ってくれるのだが、街でみんなが向けてくれる笑顔に力をもらえるのでそれは断った。


「ま、それがノアだものね」


 俺の隣でお菓子を配っていたニアがそう笑って呟いた。

 彼女の周りには街の子供たちが集まっている。それだけ俺のお菓子を美味しいと言ってくれている証でとても嬉しいが、中にはニアに触りたそうにする幼いながらのマセガキも居るようだ。


 一人の男の子がニアの胸にさりげなくタッチしようとしたが、ニアはスッとその手を交わして男の子の額に指を当てた。


「こら、女性に悪戯は感心しないわよ?」

「な、何を言ってんだよ!!」


 あくまで認めないつもりだろうが、顔を真っ赤にしていては自白しているようなものだった。元の世界で数少ない友人も言っていたが、まだ小さかった頃に親戚のお姉さんの胸を何度も触っていたとか言っていたし……ま、女性の胸ってのはやっぱり求めてしまうのかな。


「それ以上すると……バーンってしちゃうわよ?」


 指で鉄砲の形を作るようにニアはそう言った。

 ニアは正真正銘の魔王で人を殺すことに躊躇はしないだろう。そんな魔王であるニアがこういうことを言っている姿は少し面白かった。


「……むぅ、魔王様の分際であんなに子供たちが……きぃぃぃぃっ!!」


 当然、ショタ喰いのレイスであるゾナさんが黙っているわけがなかった。子供たちに人気のニアを見て嫉妬の炎を燃やしている。まあでも、完全に下心全開のゾナさんと違ってニアは何も思ってないしな。


「良い度胸です。それならば私にも考えがありますよ!」

「え?」


 一体何を、そう思った瞬間ゾナさんが俺に抱き着いてきた。ダボっとした受付嬢の服で気付かなかったが、やっぱりこの人もかなりスタイルが良い。その服に隠された豊満な胸を俺に押し付け、その顔を近づけようとしたところで空気が死んだ。


「ゾナ、何をやっているの?」


 その声はとても冷たかった。ニアは真っ直ぐにゾナさんを見つめており、俺でも分かるほどの殺気を纏っている。子供たちは良く分からないのか首を傾げているがゾナさんはどこ吹く風だった。


「魔王様……コホン、ニアさんが私の天使たちを独占するからですぅ!! それなら私もノアさんを取ってやりますよ!!」

「……へぇ?」

「あ、流石にライン越えしましたか?」

「えぇ♪」


 ポキポキと指を鳴らしてニアが近づいてくる。

 流石にゾナさんも命の危険を感じたのか俺から離れた。まあニアも特に何かをするつもりはなかったのか、解放された俺をその胸に抱くのだった。


「……?」

「……っ!!」


 ニアの胸を触ろうとした男の子が俺を見つめており、目が合った瞬間キッと睨みつけてきた……この子、将来大物になりそうだなぁ。


 以前海に行った時にニアに話しかけてきた下心全開の男に比べ、何とも可愛らしく素直なのでちょっと微笑ましいくらいだ。


「さて、お菓子は配り終わったから後はのんびりしましょうか」

「そうだな」

「……それでは私たちはあちらの方へ。みなさん、授業の時間ですよ」


 ゾナさんは男の子を連れて路地裏に向かった。

 彼らの親御さんからすればゾナさんはとても良い人みたいだし……まあ悪い人ではないんだけど、何をするか分かってるので何とも言えない。


「……小さい子供の何が良いのかしら」

「さあ……」

「ノアは小さい子の方が好き……ううん、ないわね」

「え?」


 確かに子供には一切そう言う目で見るようなことはないけど……どうしてニアはそう思ったのだろうか。首を傾げる俺にニアはとても分かりやすく、真理そのものを突く答えを言うのだった。


「私、リリス、サン、三人に共通するものがあるでしょう?」

「……なるほど」


 うん、何も間違ってないな……。

 照れた俺を見て満足そうに頷いたニアだったが、チラッと街の入口に目を向けた。


「あれは?」

「何かしらね」


 街に入って来るフードを被った集団が目に入った。布から覗く顔は少しでその表情を窺い知ることは出来ない。ただ、コートに縫われている紋章はしっかりと見えた。


「……帝国の紋章ね」

「帝国?」

「えぇ。王都とは正反対のかなり遠い場所なのだけどそこの紋章だわ」

「ふ~ん」


 当り前だけど王都があるなら帝国って呼ばれる場所もそりゃあるよな。まあ怪しい集団と言うわけではないみたいだけど、普段見ることのない国の人間があんなにも分かりやすく現れるのはちょっと胸騒ぎがするけど。


「ノア、こっちにいらっしゃい」

「あ、あぁ……」


 ニアに手を引かれて俺たちは路地裏に向かった。

 俺たちが居た場所を彼らは通り過ぎ、物々しい雰囲気を纏ったまま住人たちに避けられ歩いていく。


「何事も絡まれる前に去るが一番、まあ絡まれたら消すけど♪」

「あはは、ニアなら怖いモノなしだもんな」

「もちろんよ。魔王としてもそうだし、ノアとのラブラブパワーで文字通り最強だから♪」


 ニコニコするニアを見ていると俺も頬が緩む。

 そのまま見つめ合っていると、ニアが顔を寄せてきたので俺もそれに応えるようにキスをした。なんだかあれだよな、黙って見つめ合うとそれはキスの合図っていうかお約束みたいなものになっていた。


「ふふ、これ以上は帰ってから……うん?」

「……あ」


 黒い靄みたいなものが見えたのだが、ニアが軽く手を振るとその靄が晴れた。それが晴れるとそこにあった光景、それは子供たちが倒れる中ゾナさんが……これ以上はダメなやつだ。


「行きましょうノア。教育には悪いわ」

「おう……教育?」

「……勇者が滅ぼすべきはああいうのだと思うのだけど」


 それはちょっと同意かもしれない。






「……これは」


 魔界のとある場所にて、フィアは気になる物を目にした。

 黒く漂う流れのようなもの、まるでレイスが使う魔法を思わせる物だった。気になったフィアが警戒しながらそれに近づくと、その黒いものが一瞬にしてフィアに襲い掛かるのだった。


「っ!? なんだ!?」


 雨を浴びるような感覚とは違い、何かが体に……否、魂にさえ纏わりつくような気持ち悪さをフィアは覚えた。結局その感覚は一瞬だったが、どうにも胸騒ぎを感じるのをフィアは気のせいだと思いたかった。


『……許さん……許さんぞ若造が。だがまあいい、まずは魔王を殺す。役に立ってもらうぞデュラハン』


 その声はフィアには届かない。

 また一つ、新たな暗雲が立ち込めようとしていた。

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