太陽の下だが雨を浴びる

「……恥ずかしいところを見られちゃったわ」

「いや……その、えっと……」


 滲んでしまった胸元を拭きながらサンが呟いた。

 結構大きな声だったので周りからの視線が集まったのだが、すぐにその声の主がサンということもあって特に気にされてないようだった。


「……なんかごめんな?」

「謝らなくていいわよぉ。でも、これで私のあんな姿を見たのだから責任を取ってよねって言えるわ♪」


 そう言ってサンは笑った。

 魔法を使って布同然の服を乾かし、俺の手を引いてサンは歩き出した。向かう先はサンがいつも寝泊りしている場所、つまり今の彼女が住んでいる家だ。


「これくらい近いなら実家から通うってのはなかったのか?」

「毎日あんな両親の姿を見ないといけないのは苦痛よ。絶対に嫌だわ」

「……なるほどな」

「別に嫌いってわけじゃないのよ? ただ……ねぇ?」


 なんとなく分かるよ。

 俺には経験がないけれど、自分の両親が毎日盛ってる姿を目撃……音声だけでも聞こえてくるのは嫌だなぁ。

 ストールさんはともかく、ムーンさんのあの声はめっちゃ聞こえるくらいだし。


「あら、サンじゃない」

「? ……あぁアンタか」


 サンの家の前で話していたのが悪かったのか、興味を持った一人のサキュバスが近づいてきた。基本的にやはりサキュバスは容姿が整っており、スタイルに関しても抜群のものだ。そういえば……小さいサキュバスってのは見てないな。


「その男は何? あぁ餌? それなら私にも分けてよ」

「餌って――」


 そう言って彼女が俺に触れようとした瞬間、サンを中心に激しい魔力が荒れ狂うように現れた。俺からサンの表情は見えないが、サンの顔を見た彼女はひっと声を上げて一歩退く。


「餌って言わないで。私にとって大事な人だから」

「……そ、そう……ごめんなさい!」


 パタパタと翼を羽ばたかせて彼女は行ってしまった。

 それにしても……ニアやリリスほどではないにしても、改めてサンの力の強さを実感した気がする。あの荒れ狂う魔力の矛先を向けられたら当然俺なんてひとたまりもないだろうし。


「安心して? ノアに向けるのは愛だけだもの♪」


 俺よりも小さい体だが、その齎される言葉から感じる安心感は凄まじい。そのままサンの手に引かれて家の中へ、迷うことなく真っ直ぐにベッドに連れて行かれた。


「……その、いきなりすぎる?」

「うん」

「そうよね……あうぅ!」


 顔を伏せたサンに苦笑して俺は抱き寄せた。

 すっぽりと腕の中に収まる彼女の体、温かい体温と共に情欲を誘うような甘い香りが強く鼻孔をくすぐってくる。サンは決して暴れたりはせず、俺の胸の顔を預けるように抱き着いてきた。


「……こんなの幸せすぎるでしょぉ♪ あぁダメ、また……♪」


 ブルっとサンは体を震わせた。

 しばらくそのまま抱きしめていると、俺の服も少し濡れていた。サンは一旦俺から離れて立ち上がった。そしてあの時、リリスが俺にしたように魔法を発動させて俺に目を向ける。


「ノア、どうか私と契約して? あなただけの女にしてほしい」

「分かった。契約するよ」

「……うん♪」


 そうして俺とサンの間に契約が結ばれた。

 リリスと全く同じものだとしたら、これは永遠に俺にサンを縛り付けるものだ。これ以降、俺以外の男と決して結ばれることが出来ない証――それがサンの下腹部に紋様として現れた。


「……あぁ素敵♪ リリス様ったらこんなにも幸せな気持ちだったのね」

「えっと、俺自身は分からないんだがそんなにそれは安心したりするのか?」

「当然じゃない! だって魂までノアと繋がったようなものなのよ? これを幸せと言わずして何を幸せというのかしら!」


 ぴょんと飛んだサンは俺を押し倒した。

 完全に目の奥にハートが浮かんでいる様子のサンに俺は何故か身震いする得体の知れない恐怖を覚えた。まるでリリスとした時にも感じた僅かな何か……そう、全部吸い尽くされてしまいそうな怖さだ。


「大丈夫よぉ♪ さっきも言ったけどノアは私の大事な人、しんどい思いをさせるつもりはないわ。そういうところはリリス様よりも安心していいわよ?」

「そ、そうか?」

「えぇ……まあ、お互いに色々出すことにはなりそうだけど♪」


 ポタポタと俺の体に止めどなくサンから液体が零れ落ちる。

 サンはそれに苦笑しゆっくりと俺に顔を近づけた。その後、改めてサキュバスの恐ろしさを思い知ったのだった。





「……すまないニアール。だが我慢できなかった」

「良いのよ別に……ま、色々と後処理はしないとだけど」


 とある魔界の一角にて、申し訳なさそうにライガルがニアに頭を下げていた。

 そんなニアたちの目の前には無残にも引き裂かれたメンドとウルサの二人だ。事の経緯は単純明快で、ライガルの伴侶となったヨクを殺そうとしたためだ。まだその時ではないと伏せていたわけだが、どこから漏れたのかとにかく人間滅すべしを行く二人に気付かれてしまった。


「ライガル様……私はご迷惑を……っ」

「気にするなヨク、咎は全て俺が受ければいい」


 強靭な肉体に抱きしめられ、ヨクは安心したように頬を緩めた。まあその内心は歓喜で荒れ狂っているわけだが、それを知るのは本人だけである。


「お前の夫は誇り高きドラコだ。何も心配することはない」

「……ライガル様!!」


 うっひょーライガル様ぱねえ! とでも思っていそうだ。

 二人のやり取りにニアは苦笑しつつ、これからどうしようかと考えていた。過激派でありながら自身に刃を向けることもあるだろう存在が始末されたのは良いことだが彼らを支持する者たちが居るのも事実、少しだけ頭を悩ませることになりそうだ。


「……こんなんじゃ大々的にノアとの結婚式なんて夢のまた夢ねぇ」


 まあ、どんな壁が立ちふさがろうが最早恐れるものはなにもないが……それでもどこの組織も一枚岩ではない、それは異世界も現実世界も何も変わりはしなかった。


 そして、そんな諸々のやり取りを眺めている存在が居た――女神である。


「……凄い……こんなことを……おぉ!」


 鏡に映るニアたちの姿、そして色々と頑張っているノアとサンの姿もバッチリ見ている。ノアをこの世界に転生させた者として常に動向はチェックしているが、ちゃんとその行為の時も見なければならない何故なら女神だから。


「……? あれ」


 しかし、そこで絡み合うノアとサンを見ていてあることに気付いた。


「……またノアさんの回復魔法が?」


 二度使い同時に失われた回復の力、それが再びノアに宿ったのである。

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