サンの両親

 ニアとリリスにとってノアはとても大切な男性になった。

 出会いは唐突で何も脈路はなかったが、普段決して接することのない人間だからこそ不思議な感覚はあったし、何より二人ともノアに命を救われた部分が大きかった。


『ノアの為ならば』

『ノア君の為なら』


 失われかけていた命を繋いでもらったこと、それはノアが考えている以上に二人の想いを強くした。愛し合うことで美しくなるとは事実のようであり、ニアもリリスも今まで以上の魅力を周りに振りまく。


 ニアはともかくとして、リリスに至ってはただでさえ駄々洩れと言っても良かったフェロモンが際限なく溢れては止まらなくなっている。それは同性同族のサキュバスでさえ僅かにではあるが発情させてしまうレベルだった。


 さて、そんな二人が今日はニアの自室にてお茶会を開いていた。


「……はぁ美味しい」

「ありがとうございます」


 リリスの呟きにルミナスが笑顔で頭を下げた。

 あの後、エッチな悪戯を仕掛けてきたノアと少しだけイチャイチャしてからこの時間をニアが設けた。いずれノアの伴侶となる二人ということもあり、ただでさえ深い絆を更に深めようと考えている。


「それで魔王様の好きな体位はどれですか?」

「私はもちろん正面から抱き合う形が好きだわ。お互いに見つめ合ってするのが最高に好きなのよ」

「なるほど、私は後ろからが良いですね。何というか、私はノア君の物だと思わせられるようで昂ります」


 ……完全にお茶会という名の猥談だった。

 盛り上がる二人の話題を聞きながら、ルミナスは居心地悪そうに……とはせずに笑顔で楽しく話を聞いていた。今まで恋とは無縁だったニアが楽しそうにノアとの話をしてるのはルミナスにとって自分のことのように嬉しいのだから。


「……このまま平和だと良いのですが」


 ルミナスは小さくそう呟いた。

 しかし、以前に人間界に侵攻すべきだと提言していた派閥の動きは気になる。メンドとウルサを筆頭にどうにも手綱を握りづらい連中が居るのだ。


 そんな時だった。その報せが届いたのは――。


「……え?」


 メンドとウルサがライガルの逆鱗に触れて粛清されたと。

 部下からの報せにルミナスは驚き、すぐにニアとリリスにもそれは知らされた。






「ここに来るのも久しぶりだな」

「そうなのか?」

「ふふん、そりゃあここまで来るのも珍しいもの」


 朝、恐ろしく素晴らしい目覚めの日だった。

 ニアとリリスの胸に襲われた後、フィアとサンに連れられる形でとある住居にやってきていた。そこはサンの実家のようで、ここに彼女の両親が住んでいるらしい。


「でも大丈夫なのか? 俺は人間だし」

「パパもママはそんなこと気にしないと思うのよねぇ。たぶん大丈夫」

「仮に攻撃してくるなら安心しろ。私が殺してやる」

「一応私のパパとママなんだけどぉ?」


 普通に槍に手を掛けてたけど……やめようねフィア。

 出掛ける際にルミナスから渡された気配を消すマントを羽織ってるが、それでも道中は少しドキドキしていた。


「……なんだ?」

「地震?」


 そこで二人が何かを呟いたと思ったら、少しだけ地面が揺れたような気がした。一瞬だったので特に気にすることもなかったが、そうこうしてる内にサンに手を引かれて屋敷の中に入った。


「綺麗だな」

「ママは綺麗好きなのよねぇ」


 どんどん進んでいくと……? 何か声が聞こえてくるんだが。


「ちょっと待っててねぇ?」


 そう言ってサンが奥の部屋に向かっていった。扉が開いた瞬間、完全に何をしているか簡単に想像できる声が聞こえてきて俺とフィアは無駄だと分かっていても視線を逸らした。


「……朝っぱらから何をやってるんだ」

「……ごめん」

「? 何故ノアが謝るんだ?」


 謝らないといけないって思ったからだよ。

 フィアと共にしばらく待っていると、疲れた顔をしたサンが戻って来た。


「お待たせぇ……終わらせるのに苦労したわぁ」

「……お疲れ」


 ぐったりと俺のお腹に抱き着いたサンの頭を撫でてあげた。フィアがジッと俺を見つめてきたが、体がくっ付いている時は自制が利くらしく頭だけの状態の我儘さはなかった。


「いくわよ~」


 サンに手を引かれる形で奥の部屋に向かった。

 すると、何とも言えない光景が目の前に広がっていた。


「ほう、君がサンの言っていた人間か」


 ソファに座る場違いなスケルトン、そしてもう一人――。


「ふふ、可愛い子じゃないの」


 サンをそのまま大きくしたような女性がスケルトンに寄り添っていた。

 なるほど、つまりこの人たちが正真正銘サンの両親となるわけだ。それにしても確かにスケルトンとサキュバスがイチャイチャしてる姿はシュールだなぁ。


「初めまして、ノアです」

「うむ。まずはそこに座ると良い」


 骨の指で差された場所に腰を下ろした。

 当り前のようにフィアとサンも俺の両隣に腰を下ろし、サンに至っては俺の腕を抱きしめるように身を寄せてきた。


 彼女の両親はサンに目を向けたが、すぐに笑って俺に視線を戻した。まあスケルトンの場合は笑っているかどうかは分からないんだけど。


「我はストールという。よろしく頼む」

「私はムーン、よろしくね」


 お父さんがストールさんで、お母さんがムーンさんかよし覚えたぞ。

 というかサンとムーンで太陽と月か、中々凝った名前だったんなサンの名前は。


「フィア殿も久しぶりだ。多くの活躍を耳にしているぞ」

「大したことではない。全ては魔王様の為だ」

「固いわねぇ。まあそこがあなたの良いところでもあるんでしょうけど」


 初対面だがかなり雰囲気もそうだし物腰も柔らかいみたいで安心した。

 特に予定のなかった訪問だけど襲われたり帰れと言われるよりは遥かにマシだ。しかし、そう思った直後にムーンさんが少し頬を膨らませた。


「……でもねぇ、ちょっとタイミングがゴミカスすぎるわよあなたたち」


 ゴミカスて……サンの口の悪さはもしかして母譲りなのか? それにしてもタイミングって言うと想像できるのはアレしか思いつかない。


「こらムーン、せっかくの客人なのだから良いではないか」

「でもぉ……あと少しで最高に良い気分になれたのにぃ!!」

「また後で相手してやるから我慢するのだ」

「は~い」


 ……ナチュラルに床事情を話さないでいただけると嬉しい。

 それにしても本当に仲の良いご両親だ。何度も言うが絵面がシュールだが。


「それは同意だから大丈夫よぉ♪」

「……いつ見ても慣れん光景だ」


 そっか、なら良かった。

 それからしばらく、俺たちはスケルトンとサキュバスのイチャイチャを眺めることになるのだった。

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