ニアと一緒

「こうしてノアのベッドで一緒に寝るのは初めてね」

「初めてじゃなかったら困るけど」

「それもそうだけど……ふふ♪」


 昼間とかに一緒に寝ることはあったけど、こうやって夜に二人で寝るのは初めてだった……よな? 確かそのはずだ。


「ご飯も美味しかったし、お風呂での出来事も最高だった。魔王としてというよりは一人の女としての幸せを感じたってところかしらね」

「……………」


 俺の腕を抱いて横になっているニアの笑顔はとても綺麗で、確かに魔王というよりは一人のどこにでも居る女性を彷彿とさせた。


「ねえノア」

「なんだ?」


 夜ということで当然暗い、そんな中でニアは俺にこんなことを聞いてきた。


「ノアは……どこから来たの?」

「……それは」


 どこから来たのか、それはある意味普通の問いかけだろう。だがこの問いかけは同時に俺が何者なのかを探る意味合いも込められているように感じる。今まではどこか遠い場所としか言ってなかったけど……そうだな。もう話してもいいかもしれない。


「違う世界から」


 そう端的に短く伝えた。

 するとニアはやっぱりねと呟いた。もしかして分かってたのか、そうは思ったけど実際は違ったらしい。


「まあこの世界に生きて私も長いわ。その中で見たことがない料理とそれを構成する材料もそうだし、何よりノアが持つ感覚は私たちとは……いいえ、この世界の人間とは全く違うものを持っている。その時点で少しだけ予想を立てて、それでここまで仲良くなったから話してくれるかなって聞いてみたのよ」

「……そうだったんだ」


 その考えは的を射ていた。

 俺の頬を優しく指で撫でながらニアは言葉を続けた。


「そもそも違う世界があるという考え自体はまさかってものだったけど、本当に合ってたとは思わなかったわ。もしかして、魔王とか勇者ってのも居なかったりする?」


 俺は頷いた。

 俺が居た世界はこのファンタジーな世界に比べればどこまでも普通だ。魔法なんてないし魔王や勇者と言った存在も居ない。それは全て物語の世界だけであり、現実では絶対にあり得ないのだから。


「魔王も勇者も居ない。みんなどこまでも普通の人間だよ……まあ、争いが無くならないのは同じだけど」

「そうなのね。どこの世界もそれは一緒か」


 魔法なんてなくても争うための力は作られるものだしな。

 さて、そうなってくると当然どうして俺がこの世界に来たのかという話になる。ニアとしては普通の質問だっただろうが、俺としては特に隠すことでもないのでそのまま伝えた。


「一回死んだんだよ。それで生き返らせてもらう代わりにこの世界に来たんだ」

「……え?」


 目を丸くしてニアは固まった。

 確かに一度死んだなんて言われても困るよな……あれ、でもよくよく考えたらサンに見透かされなかったのが気になるな。俺の心を読むことが出来るなら、絶対に俺の記憶に残るこの出来事も知られるはずなんだが……。


「……何があったの?」

「……あ~」


 っと、サンのことは取り合えず置いておこう。

 別に話してもマズイことではないと思うし、トラックに轢かれて死んでこの世界に来たことを伝えた。


「そのトラック? というのは高速で動く馬車みたいなもので、それに轢かれて死んでしまったと……それで女神と名乗る女に出会って……」


 一応伝えられることは全て伝えた。

 するとニアは少し体勢を変えて俺に腕を伸ばした。そのままいつもするようにその胸元に俺の頭を抱いた。


「……死ぬという経験がないから私には分からないわ。でも、ノアがそんな目に遭ったと思うと心が痛いの。でも何より」

「何より?」

「そんな出来事があったからこそ私たちが出会った……それに少しでも喜ぶ最低な自分が居て嫌になるのよ」

「……そっか」


 ったく、魔王なのに優しすぎるんだよニアは。

 いや、この場合は魔王とかは関係ない。そもそも魔王イコール悪、魔族イコール悪という考えはもう俺の中にはない。


「ニア、俺はこっちに来て幸せだよ。ニアに会えたし、みんなにも会えたから」


 あの時の俺の行動が運命を変えた。

 確かにニアを救ったことで人間側の犠牲を無駄にしたことは否めない。今更違う世界のことだからと知らんぷりをしても、それはそれで罪でしかないのは当然だ。それでも、俺はこの選択を取ったんだ。


「あの時の俺の行動が人間側からすれば許されないことだとしても、受け入れて行くしかない。その程度のことで、そう思われるかもしれないけどもう時間は巻き戻せないからな。だけどニアたちが居てくれるから押しつぶされないで済んだんだ。ありがとうニア」

「……お礼なんていらないわよ。そうね、一緒に背負っていくしかないわね」


 老聖女……あの人には謝罪しか伝えることは出来ない。

 開き直りと思われても仕方ないしむしろその通りだけど、俺はそれでもこの世界で生きていくしかないのだ。


「まあでも、人間側の方が屑な性格をした連中が多いから気にし過ぎないことよ。ノアは何も知らなかった。知らないことは罪と言うけど言いたい連中にだけ言わせておきなさい」

「……そうだな」


 自分の中での大切に優先順位があるからこそ、俺はニアの言葉に救われた。

 人間側の未来よりも、ニアたちと一緒に居る未来の方が大切だとそう思ったのだ。


「なあニア、明日どっか二人で行かないか?」

「あら、デートのお誘いかしら?」

「連れていくことは出来ないけどね。ニアが良いならどこか遠くにでも」

「もちろんよ! さあてどこに行こうかしら♪」


 笑顔のニアを見つめながら、心の中では改めて申し訳ないと謝っておく。

 まあでも、サンを通してヨクの内心から魔族と対立を煽る王都の内情はある程度知れているのもあってあまり申し訳なさは感じなかったが。

 

 

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