スライム娘の抱擁はびしょびしょ

「……ここが樹海か」


 リリスとサンに連れられ、俺は光も届かない森の中に居た。

 ここは樹海、またの名をアビスフォレストというらしい。なるほど、確かにアビスって言葉が似あう場所だ。


「もう少し奥まで進むと森の性質上転移魔法は使えないわ。文字通り迷ってしまったら抜け出すことは困難よ」

「……そうか」


 元の世界でも樹海というものは存在するし、迷ってしまい数日後に遺体で見つかったりなどのニュースはよく目にしていた。だからこそ、こんな森の中で迷ってしまったらひとたまりもない……飢えで死ぬか、魔物に食われて死ぬかの二択だろう。


「大丈夫よ。ノア君の傍には私たちが居るのだから」

「そうよぉ。だから安心してね?」

「あぁ。ありがとう二人とも」


 まあ、こんなに恐ろし気な森の中であっても二人に腕を抱かれている状態だ。やっぱり怖さよりも若干の気恥ずかしさが先に出てくる。……柔らかいなぁ、この大きな膨らみに夢が詰まっているというのは大いに理解できる。


「もうノアのえっちぃ♪」

「……あ、ごめん」

「謝らないでいいわよぉ? それは男として当然の感情だもの。むしろ、私もリリス様も嬉しいんだからぁ。ね? リリス様ぁ?」


 あ、もしかしてこの言い方だとリリスと意識を共有させていたのか? 今更サンに心を読まれてもどうでもいいけど、それをリリスにまで知られるのは……あぁでもそれこそ今更なのか?


「そうよノア君。むしろ何も感じてくれなかったら女として悲しいわよ……あぁもう魔王様早くゴールしてくれないかしら。そうすればノア君を食べることが出来るっていうのに」

「……ノアに組み伏せられてずっこんばっこん……きゃんっ♪」


 途中までは二人の声が聞こえていたのだが、隙を突くように魔物と思われる存在の遠吠えが聞こえビビッてしまった。思いっきり怖がった俺に何を思ったのかリリスが俺の頭を撫でてきた。


「大丈夫よ。大丈夫、さっきも言ったけど私たちが傍に居るわ。仮に私たちを突破できてもその指輪が魔王様に知らせてくれるから」


 リリスは俺の指に付けられた指輪を見つめてそう言った。

 そうだな。この指輪がある以上俺はニアに常時守られていることになる。そう考えると何も心配することはないかと恐怖心は消え去った。ニアがそうであるようにリリスとも契約しているからどっちにしろ守られるとのことだ。


「ノアったら怖がりなんだからぁ。ざぁこ♪ ざぁこ♪」


 言われてることはムカつくのだが、サンがあまりにも可愛らしいのもあるしそういう性格だと分かってるから怒る気にもなれなかった。


 そうして進んでいると、少しだけ広い場所に出た。

 中央の穴に注がれているの温かそうな水で……自然に発生した温泉かな? こちらの世界にも温泉のようなものはあるみたいだが、生憎と行ったことはない。風呂に関しては家の小さな浴室で済ませるしな。


「この先よ」

「家に居るんですかねぇ」

「……?」


 二人に連れられて行く中、少し汚れた服とズボンが捨てられていたが……まあ気にすることはないか。


 しばらく歩いていると一つの小さな家が見えてきた。

 豪華な家というわけではないが、まるでお伽噺に出てくる魔女の家を彷彿とさせるような造りだった。リリスが扉を叩くと、中から入ってと声が返ってきた。


「入りましょう」

「はぁい」

「……………」


 果たして中に居るのはどんな人か、俺はその家の中に足を踏み入れた。

 中に入ってまず目に入ったのは色とりどり家具で……これだけ見ると普通の家と何も変わらないか。


「いらっしゃい。リリスとサンは久しぶり」


 そして、その人は現れた。

 水色の髪……なのか? 上手く言葉に出来ないのだが、全体的に水のように透明で毛先が丸かった。そんな不思議な髪を腰ほどまで伸ばし……って!?


「っ!?」


 俺はすぐに体を後ろに向けた。

 だってこの人……服を何も着てなかったのだ。ひょっこりと顔を出した時に肩を出しているとは思ったが、体全体を見せてくれた瞬間全裸だとすぐに気づいた。


「あら、どうしたの?」

「……あ、そうよね。この子はこれがデフォルトだから気づかなかったわ。あなたが裸だからよ」

「なるほどね。でもこれが私の平常スタイルだし」

「タオルくらい巻きなさいよぉ」


 ニアやリリスのおっぱいにさんざん顔を埋めておいて恥ずかしいのか、なんて言われそうだが初対面の相手だぞ。通報されたら完全に俺がアウトだ……って、ここには警察は居なかったんだった。


「仕方ないね」


 どうやら彼女はタオルを体に巻いてくれたらしい。

 振り返った先の彼女の大事な部分は隠されていたが、それでもやっぱりその豊満な肉体の線は良く見える。というかなんでこの世界の人たちはこんなに美人でスタイルが良いんだろうか……流石異世界凄すぎる。


「その子は餌として献上してくれるの?」

「冗談も言っていいことと悪いことがあるわよ

「そこまで怒らなくていいじゃん……えっと」


 そこで女性は俺に視線を向けた。

 髪と同じ綺麗な水色の瞳に俺を映し彼女は口を開いた。


「初めまして、私はアルミナ。種族はスライム、よろしく人間さん」

「……俺はノア、よろしく」


 それにしても……これがスライムか。

 やっぱり見た目は人間とそう変わらない。髪の毛がやっぱり不思議な感じだけど他は人間そのものだ。


「どうしたの?」

「いや……スライムと言われても人と変わらないんだなって」


 一応ここに来る前にリリスとサンから彼女について聞いていた。

 スライムという種族であり、人間を内部に取り込んで溶かして捕食するという少し怖いことを。後はそれなりに魔法が使えるらしく、戦闘能力もかなり高いとか。


「ま、見た目に関しては変わらないものねぇ」

「……みたいだな」


 隣に立つサンに俺は頷いた。すると――


「スライムだって分かりやすいことをしてあげようか?」

「え?」


 俺が疑問を浮かべた瞬間、アルミナは体に巻いていたタオルを放り投げた。

 当然は俺はそれに驚いたが、それよりも更に早くアルミナが俺を抱きしめたのだ。


「……っ!?」


 しかし、抱きしめられた感覚はなかった。

 背中に回された腕の感触は確かに感じたが、その豊満な胸元に抱き寄せられたかと思えばまるで水に溶け込むような感触が俺を襲う。目、鼻、口、その全てを水で覆われているみたいだが、呼吸は出来るし目の前はしっかりと見えた。


「私の体はこれと言った実態を持たないの。分かりやすいでしょ?」


 耳に届いた彼女の声に俺は頷いた。

 するとぬるりと彼女の体から引き抜かれるように、俺はある意味彼女の抱擁とも言えるものから抜け出すのだった。


「……びしょびしょだな」

「……あ、ごめんなさい」


 ま、当然体が濡れるのは当たり前だった。

 服を温めてもらうために魔法をお願いしようとしたのだが、アルミナがこんな提案をするのだった。


「ねえ、せっかくだしみんなで温泉に入らない? 近くに転移したとはいえ歩いた距離はそれなりだし疲れたでしょ?」

「あら、いいわね」

「入りましょうかぁ」


 ……おや?

 どうやら、今ここに居る四人で急遽温泉に入ることが決定したらしい。

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