もっと魔王に甘やかされて

スライムが最弱?馬鹿を言うな

「……五カ月くらいか?」


 とある日のこと、俺はふとそう呟いた。

 女神の手によってこの世界に転生してからざっとそれくらいの日数が経過したことになる。あれからニアたちとも良好な関係を築けており……まあちょっと仲が良すぎるかなとも思うが、それは決して嫌じゃないしむしろ嬉しいことだ。


「……ほんと、毎日が楽しみで仕方ない」


 一日中を一人で過ごすということはまずないし、必ず誰かが傍に居ることが増えていた。知り合ったニアたち全員が揃うことは稀だけど、誰かが傍に居れるようにと時間の調整もしてくれていた。


 完全に人間よりも魔族寄りだけど、これだけ幸せなのなら仕方ない。

 そんな風に色々と感慨深く考えているといつものように魔法陣が輝いた。生まれた人影は二つ、その影が形を成した時片方が飛び出してきた。


「ノア君!」

「わぷっ!?」


 サキュバスクイーンであるリリスだった。

 彼女自身癖になったのか、その豊満な胸元に俺の頭を抱えるのもいつものことだ。その度に俺は赤面して大変なことになるのだが、最近ではこうされると落ち着いてくるのでたくさんしてほしいとさえ思える……ま、色々言ったけど単純に俺がエロガキってだけなのかもしれないが。


「リリス様だけずるぃ! ノア、私も来たのよぉ!」


 顔が谷間に挟まれているので顔を見ることは出来ないが、声でそれがサンのモノだと理解できた。背中から抱き着くように彼女も身を寄せてきて……うん、最高に大変な状況である。


 夢魔とも呼ばれ、淫魔とも呼ばれる彼女たち二人に挟まれるこの空間は本当に頭がクラクラしてくる。彼女たちは俺に対してチャームを使うつもりは一切ないらしいがこの溢れ出るフェロモンだけはどうしても止められないのだとか。


「ふふ、本当に可愛いわねノア君は。ちょっとキッチンを借りるわよ」

「あ、あぁ……」


 俺から離れたリリスはキッチンに向かった。

 ニアもそうだしリリスも完全にこの家の構造を頭に入れている。どこに何があるのかも知っているし、俺の世界で言う温かいお茶の作り方もマスターしたのだ。


 ある意味凄い光景だよな。露出の多いビキニスタイルのサキュバスが湯呑にお茶を淹れてるんだぜ? なんというか……凄く良いなって思う光景だ。


「ノアぁ、私たちは座って待ってましょうよぉ」

「分かった」


 サンはサンで結構自由奔放だ。

 リリスがああしているので手伝おうとしたことがあるのだが、その際にリリスからこれは私がしたい仕事だと言って断られたらしい。それからはこうして待っている時間は俺の傍から離れようとしない。


「じゃあ今日もこうするねぇ」


 ソファに座った俺の足の上にサンは座った。

 非常に小柄なので重さはあまり感じないが、その小柄な体に似合わない暴力的な膨らみが目に入ってしまう。しかもサンはニヤリと笑いながらも自らの腰をフリフリと揺らしていた。


「ほらほらぁ、おっきしろ♪ おっきしろ♪」

「……サン」

「あははぁ♪ 耐えてるねぇ……で~も、ノアはざぁこだからいつまで――」


 ……中でも特にサンはこうやって俺の理性を完全に刈り取ろうとしてくるのは本当に困ってしまう。正直襲い掛かってもいいのでは、というか襲い掛かってほしそうな目をしてる気がするなんて思ってしまい俺も本当にギリギリだった。


 しかし、そんなピンチの俺を救ったのはリリスだった。


「サン」

「ひゃぃ!?」


 凍てつくようなリリスの声が響いた。

 一瞬にしてサンは動きを止め、神速の動きで俺の隣に行儀よく腰を下ろした。さっきまでの挑発顔は鳴りを潜め、完全に母親に怒られた子供のように小さくなってしまった。


「……やれやれ」

「あ……えへへ♪」


 頭をなでてやるとすぐに元気になるのも無邪気さ所以か。まあでもこんな無邪気な中に垣間見えるエロさが本当に心臓に悪い。それ以上の存在がこれまた隣に腰を下ろしたリリスだけど……案外二人のおかげで鋼の心を養う訓練にはなるかもしれん。


 リリスの淹れてくれたお茶を飲む。

 俺が淹れた時と変わらない日本を思い出させてくれる味だ。


「……苦いけどぉ、クセになる味なのよねぇ」

「そうね。ノア君が故郷で飲んでいたお茶……私は好きよ?」


 そう言ってくれるのは嬉しいねぇ。

 ずずずっとお茶を飲み、ほぼ同じタイミングで湯呑を口から離してはぁっと三人息を吐いた。あまりのタイミングの良さに、俺たちは互いに目を見合わせ誰からともなく笑うのだった。


 そんな風にのんびりした時間を過ごしていると、リリスがこんな提案をした。


「今日はね。久しぶりに旧い友人に会いに行こうと思ったのよ。ゾナと同じようにこっち側に住んでるけど、ノア君が良かったら一緒に行かない?」

「そんな人が……いいよ。俺も色々と見てみたいし」

「決まりね。サンも来るでしょ?」

「もちろんですぅ!」


 ということで急遽であるがリリスの友人に会いに行くことが決まった。

 でも……どんな人なんだろうか。いや、人というよりもどんな魔族なんだろうか。


「彼女の種族はスライムよ」

「へぇ、スライムなんだ」

「私も会ったことあるけどぉ、結構趣味の良い人間の食べ方をするわぁ」

「……食べるんだやっぱり」


 まあ魔族が人間を食すことは珍しいことではないらしい、もちろんリリスたちは物理的に喰ったりはしないものの、色んな種族が居る以上そういう存在も居るということか。


「って、趣味の良い食べ方ってどういうこと?」

「なんていうかぁ……食べて自分の栄養にするからそのお礼も込めて凄く良い思いをさせるの彼女は」

「ふ~ん?」


 良く分からないけど、会ってみれば分かるのかもしれないな。





 人間界にあるとある樹海、そこは迷ってしまったら二度と抜け出せないと曰く付きの場所だった。しかし人々はまだ見ぬ秘宝を求めて樹海を探検し、帰らぬ人となるか生還する人かで運命が分かれる。


 そして今日も、一人の男が樹海を彷徨っていた。


「……くそっ、ここさっきも通ったじゃねえか」


 どれだけ進んでも景色が変わってくれず、気のせいか同じ道を通ったような気さえしてくる。一攫千金を夢見て足を踏み入れた樹海だが後悔先に立たず、男はリュックにある僅かな食料に不安を募らせた。


 もう少し進んだら少し休もう、そう思って進んでいると少しだけ開けた場所に男は出た……そして、彼はそこで美しい女たちを見た。


「……え?」


 温かそうな湯気のようなものが立ち込めており、これは自然に湧き出た温泉だろうか。まあそれはどうでもいい、そのお湯の中に数人の美女が気持ちよさそうに浸かっていたのである。

 男としてスケベ心はあるが、流石に全裸の女を直視することは出来ない。目を逸らそうとしたが、その内の一人が男に気づいた。女は悲鳴を上げるでもなく、手招きをして男を呼ぶ。


「そこの人、迷子かしら? とても気持ちが良いからまずは体を温めてリラックスしたらどう? これも何かの縁、たくさんサービスしてあげるわよ♪」

「……ま、マジかよ」


 疲れていたのも確かなので、男は何も疑わずに服を脱いで全裸になった。全裸になった男を歓迎するように女たちは黄色い悲鳴を上げ、それすらも男を燃え上がらせる要因になった。


「待ってろよおらあああああああ!!」


 意気揚々と男はパラダイスへと飛び込んだ。

 だが、それはパラダイスなどではなく……男を死に誘う最悪の罠だった。


「……はっ!?」


 お湯に浸かったと思ったら下半身が動かないのだ。どうしたのかと目を向けて男は目を丸くした。何故なら下半身が消失していたからだ。痛みを感じるまでもなく下半身を失ったが、必然的にその上もお湯に沈んでいくためどんどん体が消えていく。


「な、なんだこりゃ……たすけ――」

「だ~め♪」


 多くいた美女は消え失せ、その場には一人の女しか残っていない。

 女は胸の下辺りまで消失した男を抱き上げ、そのまま抱きしめた。するとその大きな胸に抱かれると思いきや、男はそのまま頭から女の体に取り込まれた。


 何かが蒸発するような音が聞こえ、女は艶めかしい吐息を溢す。


「はぁ♪ ご馳走様でした。良い夢を見れたから満足でしょう?」


 そう、彼女はスライムと呼ばれる魔族だった。

 問答無用で溶かして捕食するスライムとは違い、彼女は食事になってくれる相手への尊重を忘れない。だからこそ、ああやって至高の夢を見せることでお礼代わりに捕食するのである。


「……あ、そういえばリリスがくるんだったっけ。支度しないと」


 このスライムこそがリリスの知り合いであり、これからノアが出会うスライムだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る