魔王の愛

「……?」

「どうも、ご無沙汰していますノアさん!」


 いつぞやの真っ白な空間に気づいたら俺は居た。前後の記憶がないのは気になるけど、取り敢えず俺は声を掛けてきた女神に視線を向けるのだった。


「ご無沙汰です。どうしたんですか?」

「あぁいえ、特に用はないのですが……一応ノアさんを転生させた者としては色々と気にしておりまして」


 ほう、少し深刻そうな顔をした女神に俺はどうしたのかと首を傾げた。


「……ノアさんに授けた回復スキルは欠陥がありますし、無限に食材を出せるとはいっても分かりやすいチート能力からはかけ離れていますから」


 なるほど、どうやら女神はずっとそれを気にしていたのかもしれない。

 確かに大勢を相手にしたり、強敵を倒して無双できるようなスキルをもらったわけではない。どんな食材でも無限に生み出せるアイテムとはいっても、そこから先の料理にするのは結局手間がいるわけだし……まあでも、分かってると思うけど俺は全く現状に不満は抱いていない。


「まあでも、凄く楽しんでますよ俺は。素敵な出会いもあったし、素敵な人たちに囲まれていますから」


 ニアやリリス、ルミナスやフィア、サンや他の多くの人たちと知り合えたことで俺の異世界生活は本当に楽しいものに変化した。まあ魔王であるニアとの出会いこそ衝撃の展開ではあったが、あの出会いがあったからこそ今がある。


 俺がそう伝えると女神は目を丸くしたもののすぐに笑みを浮かべた。


「そうですね。色々と見ていました。魔王を始め、多くの魔族の方に好かれているようで見てるこちらとしても微笑ましかったですよ」


 そう言ってくれるなら嬉しいものだ。

 あぁでも、女神に対して俺は聞きたいことがあったのだ。基本的に魔王とは勇者に敗れる悪の存在だ。今更ニアを悪と言うつもりは一切ないが、それでも女神だからこそ聞きたいことがある。


「女神様的には良いんですか? その……勇者はあんなことになりましたけど」

「あぁそれですか。全然構いませんよ? ノアさんを転生させましたけど、私はこの世界の管理人というわけではありません。この世界がどんな未来を迎えようとも私はただ見届けるだけです」


 そんなもんか、少しドライな言い方かもしれないけど女神はそこまでこの世界のことを気に掛けているわけではないのかな? まあでも、勇者のことに関して特に気にしてないのなら俺としても助かる。


「そろそろあちらに戻る時間ですね」

「みたいですね」


 辺りの空間が明るくなってきた。

 履いている背の高いヒールの音を響かせながら女神は俺の前に立った。そして自身の手を重ねるように俺の手を握りしめた。


「どうしてあの時使えないはずだったスキルが使えるようになったのかは分かりません。もしまた使えるようになったらご報告します。ですのでご無事に……ふふ、周りに凄い方々が居ますから心配はなさそうですけど」

「あはは、それは言えてますね」

「……ノアさん」

「はい?」


 女神は最後に俺にこう言うのだった。


「良き異世界ライフを」

「……はい!」


 そうして俺は元居た場所に戻った。


「……?」


 目が覚めた。

 すると、そんな俺を覗き込むように黒髪の美女が見つめていた。


「ニア?」

「おはようノア、とても良い寝顔だったわね?」


 ……どうやらずっと寝顔を見られていたみたいだ。

 傍に来たのなら起こしてくれても良かったのに……まあでも、こうやって寝顔を眺められるのは初めてではない。恥ずかしくはあるけど、無防備な状態を最強の魔王に守られていると思えばそれはそれでとてもありがたい。


「……ふわぁ」

「まだ眠いかしら?」

「うん……ちょっとね」


 大きな欠伸が出てしまうくらいには眠たい。二度寝を決め込むにもニアが居るからそれも出来そうにない……いや、ニアを巻き込むか。


「ニア」

「あら……っ」


 覗き込むようにしていたニアの腕を引っ張った。魔王である彼女の体は簡単に俺に抱き寄せられ、綺麗に俺の胸元にニアが顔を埋める形になった。


「……眠いからニアを抱き枕にする」


 ……何を言ってるんだって話だが、今はこの眠気に頼ることにしよう。ニアはクスっと笑って俺の胸から脱出した。そして逆にいつものように俺をその豊かな胸に抱きしめる形になった。


「それならこっちの方がいいでしょ? ノアはこれが好きだし♪」

「……好き」

「……今日のノアはとても素直ね。でもそれがいい!」


 あぁ本当に落ち着くなぁ。

 何度も思うけどこの世界に来た時に不安は当然あった。けど思えばどんな時にもニアは居てくれて……俺をこうやって包んでくれていた。


「……ニア」

「なあに?」

「……これからも傍に居てほしいんだ」


 寂しいから……傍に居てほしい。

 ニアは少しだけ驚いたような顔になったが、すぐに俺の頭を撫でて頷いてくれるのだった。


「もちろんよ。ずっとあなたの傍に居てあげる。でも忘れないで、私だけじゃなくて他にも多くの子たちがあなたの傍に居るから」

「……そうだね」

「静けさとは無縁になるのも考え物だけど、それはそれで幸せなことかしら♪」


 そうだな、本当に幸せなことだ。

 唐突に訪れた異世界生活……だけど俺は断言できる。


 今の俺は間違いなく幸せで、この世界のことが大好きなのだということを。






「本当に可愛いわねノアは」


 胸の中でまた眠ったノアを見つめてニアはそう呟いた。

 ニアの胸で眠るノアの寝顔は幼子のようで本当に可愛らしく、いつまでも見守っていたいと思わせる何かがあった。


「傍に居てほしい……か。聞いたわよ? 絶対にいつまでもあなたの傍に居るわ」


 嫌と言われても離れるつもりはない、既にニアはノアを捕まえているのだから。

 ノアにプレゼントした指輪もそうだし、ノアにスキルを使われた時からずっと魔力が内側に残り続けている。だからこそ、どこにノアが向かったとしても見つけられるしこうやって抱きしめることが出来る。


「ノア、私の愛おしい人……本当に大好き」


 実を言えば、ニアはある程度ノアがどんな状況にあるかを推測できていた。

 流れ人、時折別の世界から現れる人間のことをそう呼ぶのだが……おそらくノアがそれではないかと睨んでいる。だがだからといって聞き出すようなことはしないし気が向いた時にノアが話してくれればそれでいいと考えている。


「本来なら魔王に魅せられるはずなのにその逆なんてね……でもそれもいい。相手がノアならなんだっていいわ」


 眠り続けるノアを抱きしめながら、ニアは至福の時間を過ごす。

 この腕に抱える愛おしい存在を絶対に手放さない、そう誓ってニアも同じように目を閉じた。


 仄暗くもありながら温かさも孕む愛、そんな重たい愛をこれからも一人の人間に魔王は注ぎ続けるのだ。




【あとがき】


ということで一章的なものは終わりです。

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