ヨクの進撃とお昼寝を堪能

 魔族の一員であり、魔王ニアールに想いを寄せるライガルは困惑していた。

 いつものように遠慮なくニアールの屋敷に訪れた彼を待ち受けていたのが魔族の敵である人間の女だったからだ。


『人間、貴様何のつもりだ?』


 人間とは滅ぼすもの、それが根底にあるからこそ出てきた言葉だった。しかしいくら人間とはいえ女子供を嬲り殺す趣味はないため、その女に対し暴力を振るうつもりはなかった。

 どうして人間の女がここに、そんな疑問が当然ある中彼女の第一声はこれだった。


『……素敵ですわぁ♪』

『……はっ!?』


 怖がらせるつもりで魔力を滾らせたのに目の前の女は恍惚の表情だった。ライガルから発せられる重圧に恐れを抱くどころか、その重圧が気持ちいいと言わんばかりの姿に一歩退いた。


『お待ちになってください。逃げることは許しませんよ……ようやく、ようやくこうして会うことが出来たのですからぁ!』


 歴戦のドラコでもあるライガルですらその動きを目で追うことは出来なかった。女はライガルの体にすり寄り、その太い腕に頬をくっ付ける。意味不明すぎる行動だが女の容姿はかなり優れており、見た目に似合わず初心なライガルは顔を赤くした。


『な、何をするか!』

『あら照れてるのですか? そんなところも可愛いです♪』


 力づくで腕を離そうとしても、どこからそんな力が出ているのか分からないくらいに離れない。


『私は魔王様より重大な役割を与えられてここに居るのですよ』

『なんだと?』

『あなたを口説き落とす……ふふ……フフフフフッ!!!』

『……なんか怖いぞこいつ!』


 剛腕で吹き飛ばしてもいい、灼熱の業火で灰にしてもいい……そうは思ってもやはり女相手に暴力は振るえない。どうすればいいのか分からない状況の中、結局ライガルは女を連れ帰るしかなかったのだ。


「……一体何なんだ」


 そうして今に至る。

 連れ帰った女はヨクと名乗り、ライガルのお嫁さんになるために生まれてきたのだと言った。当然その意味は分からなかったが、出会ってまだ全然時間は経っていないのにヨクの愛情表現は凄まじかった。


「ライガル様、お茶を入れましたよ」

「……よく分かったな」

「探知魔法といいますか、空間把握系のスキルが優れておりますのでこの屋敷の何処に何があるのか全て把握しております。それこそ隅々まで、全部もう頭の中に入れました♪」

「ひっ」


 怖い……怖すぎるこの女とライガルは思った。

 しかし、やはり見た目が整っているので妙な気持ちになる。ニアールほどでないのは当たり前だが、それでも真っ直ぐに向けられる好意の視線には困惑を通り越して若干の嬉しさがあった。


 つまり何が言いたいかというと、ライガルはちょろいのだ。

 そもそもライガルがニアールに惚れた理由は戦場で圧倒的な力を見せつけた彼女のことが気になっただけであり、そんな彼女にもっと気に入られたいからと動いていただけに過ぎないのだ。


「ライガル様、私はずっとここに居ます。魔王様からこちら側で過ごすための許可はいただきましたから♪」

「……いやしかし……しかしだな」

「絶対にこのチャンスは逃しません。ライガル様、お慕いしています♪」


 なぜこんなことになったのだろうとライガルは頭を悩ませるのだった。

 さて、そんなヨクの内心はというとこうだった。


(好みド真ん中のイケメンがする困り顔はたまらないわねぇ!! これは絶対に逃せないわ見てなさいライガル様! 絶対にあなたを逃がさないわよ!! あぁでもこの屋敷も立派だしお金持ちってのは確かみたいね……でもライガル様だけでいいかしら何が逆ハーレムよクソくらいだわ。私が股を開くのはこの方だけよ!!)


 もはや聖女の面影はなかった。

 ある意味欲望に忠実なのは実に魔族寄りであり、そんな彼女の性格をニアールが気に入っているのも間違いはなかった。


(……あぁ、てか勇者にハーレムに加われとか言われてたっけ。くっそどうでもよくて忘れてたわ。そもそもマジックアイテムに頼らないと満足に動けなくなった男の世話なんて面倒だわ。小便と糞の処理くらい自分でしろっての)


 ……見よ人類、これが聖女として生きてきたヨクの真実である。






「あははははははっ!!! この子最高じゃない!」


 巨大な鏡に映る光景を見てニアがお腹を抱えて爆笑していた。

 使い魔を通じて見ているその光景はライガルと聖女のやり取りである。俺でも引いてしまうくらいの勢いがあるヨクに押され気味にライガルの姿……でも確かに見ている分にはかなり面白い。


「……しかし、あのライガルがこのような姿をするとは。だがこの聖女も聖女だな実に汚らしい欲望に忠実な姿だ」


 今日は頭が離れていないフィアがクールな声音でそう呟いた。

 その呟きに俺以外のみんなの視線が突き刺さる。


「魔王様までどうしたのですか……?」

「いいえ、何でもないわ」


 首を振ったニアだったが、リリスとルミナスはフィアを見つめ返して口を開いた。


「ねえフィア、あなたブーメランって言葉知ってる?」

「欲望に忠実な姿は私たちもよく見ていますが」


 そうだね、いつも頭を取って甘えてくるのはどこの誰かな?


 まあフィアのことは一旦置いておくとして、目の前で繰り広げられる屈強なドラコと元聖女のやり取りは両者の温度差もあって本当に飽きない。こう言うと彼には悪いかもしれないけど……まあでも、ヨクも本当に考えてることが凄いな。


「凄いわねぇ。ねえノア、もっと覗いてみましょうよぉ♪」


 俺の傍でサンがそう呟いた。

 サンのスキルによって聖女の考えていることが手に取るように分かる。つまりその内心で呟かれる心の声も筒抜けなのだ。


「……取り敢えず頑張れライガル」


 俺が一方的に知っているだけだが、それでも心の中で合掌しておいた。

 さてと、ヨクの件に関してはなるようになるしかない。それよりもこっち側で聖女について調査が入るとゾナさんから聞いたが……どうなるかな。


「ライガルの件はこれでいいでしょう。大笑いしたら眠くなってきたわねぇ」


 大きな欠伸をしたニアは俺を手招きした。

 特に何も考えなかった俺はそのままニアに近寄り、肩に腕を回されてそのまま大きなベッドに向かって歩かされた。


「それじゃあ今日は解散で。私はこれからノアとお昼寝するから♪」

「え?」


 気づけばニアのベッドの上に横になっていた。

 大きな枕に頭を預けるようにしてニアと向き合った。


「ノアもちょっと眠たいでしょ? 一緒にお昼寝しましょう」

「……そうだね」


 確かにそう言われたら少し眠いかもしれない。

 天井に体を向けるようにするとニアが腕に抱き着き、かと思えば反対の腕も恐ろしく大きく柔らかなモノに包まれた。


「魔王様だけズルいです。私もノアとお昼寝しますね」


 その声の正体はリリスだった。

 そして、まさかのサンも俺の体の上に乗るように飛び込んできた。かなりの衝撃を受けるかと思ったが、何か魔法を使ったのか少し重さを感じた程度だった。


「私も寝るもんねぇ♪ あぁノアの香り好きよぉ」

「……アンタたちは本当に……っ!」


 ニアは何かを言いたげだったが、今回は許すと言ってそのままに。

 ちなみにルミナスは仕事があるので部屋を出ていったが、フィアは残って頭だけをベッドに置いた。


「ノアぁ……むにゃむにゃ」


 頭だけになったフィアはリリスの胸元で眠っていた。

 ……一体どういう状況なんだろう、取り敢えず一言良いか?


「……全然眠れん」


 魔王とサキュバス二人、デュラハンの頭と寝るのはまだ難易度が高いようだ。

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