聖女をライガルにぶつけよう

 欲望に忠実な人ほど強いというか、その魂のようなものは光り輝いているような気がする。それは俺の目の前に立っている聖女にも同じことが言えた。


 近々聖女がこの街に来ることは知っていた。顔は覚えてなかったが、声だけであの時の聖女とは分かった。ただあちらは俺のことに気づいてないらしく、それだけあの時の戦いは彼女たちにとって切羽詰まっていたということなんだろう。


(このイケメンはどこで会えるのよ!? 好き!! もう好きすぎて今もぐっちょぐちょになりそうなんだけど!?)

「……………」


 なあ王都のお偉いさんよ、こんなのを聖女にして良かったのかい?

 どうして聖女の心の声が分かるのか、それはどうやら隣に居るサンのスキルの応用らしい。人の心を読むことも出来れば、その相手が考えていることを他者に伝えることも出来るし、何ならサンの思い描く想像を直接相手の脳内に叩き込むことが出来るとのことだ。


「サンのスキルは凄いなぁ。って、そうなると聖女よりサンの方が強いってことだよな?」

「ふっふ~ん当然でしょ! もっと崇めていいんだからねぇ?」


 言葉では尊大な感じなのに、実際のサンは褒めて褒めてと犬が尻尾を振る姿が幻視出来るくらいに目をキラキラさせている。やっぱり背丈もそうだし性格も相まって年下にしか見えないんだよな。


「……よしよし」


 これで合ってるかは分からないが、恐る恐る手を頭に乗せて撫でた。ちゃんと手入れがされているのかサラサラの金髪だった。


「……えへへ」


 どうやら正解だったみたいだ。

 さて、こうして聖女に出会ったわけだけど俺としては用はない。ずっとトリップし続けている聖女に背を向けようとしたのだが、ハッと我に返るように彼女はこちら側に戻ってきた。


「……失礼しました。ちょっとこの世界の行く末を憂いておりました」


 はは、何か言ってら。

 聖女というのは基本的に人間第一、魔族絶対殺すウーマンとか勝手に思っていたけどある意味現実的というかこんな感じなのかな? この人だけが特殊すぎるだけなのかもしれないけど。


「ねえお姉さん」

「何ですか?」


 そこで何を思ったのかサンが話しかけた。

 魔法で角と翼を隠しているとはいえ、もしもサキュバスであることを見抜かれたらと思うと怖かったがその心配はなさそうか?


「お姉さんは聖女としてとても素晴らしい女性だと思いますがぁ、私ぃ……お姉さんの恋のお話が聞きたいなぁ?」

「恋……ですか?」

(ふっふ~ん、やっぱり気になるわよね聖女の恋愛! 色々とこいついいわって候補は居るけどそれ止まりなのよねぇ)


 おっとまた流れ込んできたぞ聖女の心の声が。

 どうやらサンはスキルを発動すると目が光るらしく、今も僅かながら紫色のような光を発している。とはいえ考え事に夢中なのか聖女は気づかない。


「聖女とは人々を導く存在です。恋に現を抜かす暇はありません……ですが本当の意味で世界が平和になった時、大切な恋人と多くの大切な存在に包まれて過ごしたいものですね」


 っと、聖女は誰もが見惚れそうな笑みを浮かべてそう口にした。

 ……すっごく良いことを言ってるんだけどなぁ。サンのおかげでこの人の声が筒抜けなんだよなぁ。


(女なら憧れるでしょ逆ハーレムってやつ! あぁでもさっきのドラコを見ちゃったら今まで出会った男なんてカスよカス! あぁどこに行けば会えるのかしら私の王子様! かっこいい私の勇者様マジで抱いて!)


 内面と外面の言葉が違いすぎて俺は困惑……いやもう慣れたわ。

 でもこのドラコってライガルのことだよな? あれっきり会ってないけど確かにイケメンではあるし刺さる人には凄く刺さりそうだ。


「私ねぇ? 知り合いにこういう人が居るんだよねぇ。筋肉が凄くて顔に傷があって厳つくて、おまけにドラコなんだけどぉ」

「サン?」


 流石にドラコの知り合いってのはマズいんじゃ……そう思った俺だったが全くの杞憂だったらしい。


「そ、それは……こほん! ちなみにどこでお会いしたのですか? 私は人間ですが魔族側を出会った瞬間悪即斬という人間ではありませんですのでちょっとお会いして確かめてみたいと思うのですが」

「……凄い早口だな」


 分かりやすい聖女の様子に苦笑する。

 とはいえライガルはニアに一直線みたいだし、ドラコとしても誇り高く人間を見下しているとか聞いたような……。


「大丈夫。ライガルはあれで女子供には弱いからぁ。そこには相手が魔族であっても人間であっても変化はないのよぉ」

「へぇ?」


 ってサン? なんでそんな意地悪を思いついたような顔を?

 結局、その後すぐに聖女とは別れた。俺としても聖女にそこまでの用はなかったのだが、それでもあの人となりを知れたのは案外良かったかもしれない。


 家に戻ってサンと雑談をしていると魔法陣が輝きニアとルミナスが現れた。

 サンがこちらに来ていることはリリスを通して知っていたらしく、あなたも変わったわねとニアは笑っていた。


「リリスのお気に入りってのは伊達じゃないわね。可愛いじゃない凄く」

「あ、ありがとうございます……」


 間延びする喋り方は流石に緊張で出来ないらしい。

 そんな姿もニアにとっては可愛かったのか、よしよしと俺がやったように頭を撫でていた。しばらく撫でられていたサンだったが、さっき聖女に出会ったことをニアに教えるのだった。


「魔王様、実は……」


 聖女がライガルを気に入ったことを伝えるとニアは薄く笑った。


「ふ~ん? あの聖女がねぇ……アリね大アリだわ」

「ニア?」


 えっと……一体何がアリなんだろうか。

 首を傾げる俺だったが、ルミナスもいいですねと笑っていた。どうやら分かってないのは俺だけみたいでちょっと悲しい。そんな風に思っているとニアがギュッと抱きしめてきた。


「ふふ、とてもいいことを思いついたのよ。サンのスキルで改めて聖女の内心を覗くことが出来た。あれは何が何でも欲しいものは手に入れる強欲なタイプだわ。とても良い! とても良いわねああいう子は好きよ」


 嬉しそうに、楽しそうに笑ったニアはとびっきりの笑顔でこう言った。


「聖女にライガルをあげましょう」


 その言葉に俺はぽかんと口を開けた。

 聖女にライガルをあげるとは一体……つまりそういうことなのか?


「私はライガルに全く興味はないし、それならライガルにとことん興味を持つ聖女に任せる方が良いでしょう。ライガルはああ見えて美人に弱いから♪」

「ですね。意外とムッツリというのも調査済みです」

「時々魔王様の裸を想像している声も聴いたことがありますしぃ」

「それは初耳ね殺しましょうか」


 ゾッとするような空気を醸し出したニアを何とか咎めた。

 まあでもライガルの気持ちも分からないわけじゃない。ニアもそうだし、リリスなんて美人を前にしたらそういうことも想像するのが男ってもんだ……って俺は一体何を言ってるんだ。


「……ふんっ!」

「サン?」


 背中にピッタリとサンがくっ付いてきた。

 突然どうしたのかと思ったが、背中に当てられる大きな胸の感触に緊張してしまった。だが俺がそう思ったのと同時に満足そうにサンは離れるのだった。


「うんうん。私も自分のことはエッチな体だと思ってるからぁ……フフフ」


 ……ええい取り敢えず!

 聖女を巻き込んで何かが起ころうとしていたのは確かだった。

 

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