メスガキのお通りだ
「あぁ……それで魔王様はちょっと気を落としてるのね」
「俺としては全然楽しかったんだけどね。怖くもあったけど」
ニアとダンジョンに行った翌日のことだ。
最近では来ることが珍しくもなくなったリリスの屋敷、サキュバスたちが住まう区画の中央に位置する場所なのだがここに来るのももう慣れたものだ。
「よくよく考えたら成果ないんだもん世の中クソだわ」
「……あはは」
ソファに寝転がってニアがそう呟いた。
ダンジョンでも伝えたけど俺としてはニアと一緒に冒険が出来ただけで凄く楽しかったのだ。だがいざ持ち帰った成果が何もないということにやっぱりニアは悔しかったらしい。
「ということで私は不貞寝するから!」
「あらあら」
そう言ってニアは文字通り不貞寝を決め込んだらしい。
とはいえ、すぐに規則正しい寝息が僅かに聞こえてきたので本当の意味で眠ったらしい。
「魔王として疲れもあるでしょうし寝かせましょうか」
「そうですね」
リリスが手をニアに向けた。するとニアを包むように黒い膜のようなものが生成された。
「これで雑音は魔王様に届かないわ」
「そういうことも出来るんだな」
防音の魔法みたいなものかな。
どうやらそれに似たものらしく、本来の使い方ではないがそれだけニアには安心して眠ってもらいたいのだろう。
「さてと、それじゃあノア君は私とイチャイチャしましょうか」
「……うん?」
……おや、そう思った時には遅かった。
ニアと同じようにリリスがパチンと指を鳴らすと、俺はいつの間にかリリスの正面から抱き着くように引っ付いていた。そのままリリスから抱擁されるように捕まってしまった。
「ニアもそうだけど魔法の無駄遣いでは」
「何を言ってるのよ。ノア君とこうするのに無駄遣いも何もないわ♪」
リリスの豊満な胸に左の頬をくっつけ、枕にするような形で頭をポンポンと撫でられるこの状況……やっぱり恥ずかしい……恥ずかしいが安心する。全サキュバスの母と言われるだけあり、恥ずかしさよりも安心感を齎す母性は流石だった。
「……この安心しきった表情を見ると女が疼くのよね。甘やかせたい私、食べちゃいたい私……あぁノア君ったら罪な人♪」
つーっと人差し指で頬を撫でられる。
その指の感触に背中にゾクゾクしたものが走り抜けるが、俺としてはこの感触に浸っていたくて何も言えない。というかあまりに気持ち良すぎて眠くなってきてしまったのだ。
「あら、眠たい?」
「……あぁ」
「寝てもいいわよ。このままずっとノア君を癒してあげるから」
そうして子守歌のようなものをリリスは口ずさみ始めた。
この世のモノとは思えないほどの柔らかさ、甘い香り、安心する子守歌に包まれて俺が瞳を閉じようとしたその時だった――音を立てて扉が開いたのは。
「リリス様~! ご機嫌麗しゅう……?」
「あら?」
「?」
ここはサキュバスの里なので基本的に女性しか居ない。なので今入ってきたのは間違いなく女の人だ。少しだけキンキンするような子供っぽい声だったが……それでも俺は顔を動かすことはせずこの体勢を維持していた。
「人間? どうして人間がここに?」
俺の顔が向いている方に移動してきたその子は背の小さな女の子だった。
金色の髪をツインテールにしており真っ赤な瞳を持った女の子、角と羽はリリスに似通ったものがありサキュバスだというのは分かった。まあ、やっぱりというか小さい背丈に似合わない大きすぎる胸が印象的だが。
「どうしたのよサン、予定はなかったはずだけど」
「ちょっとリリス様に会いたかっただけですぅ! というかどうして人間が居るんですかぁ? 見た感じクソ雑魚ナメクジって感じですけどぉ?」
こっちの世界でクソ雑魚ナメクジを聞けるとは……ちょっと感動した。それは罵倒されて嬉しいとかではなく、単純に元の世界で聞き覚えがあったからだ。
背が低くわがままボディーを揺らす彼女は……何というか、表情と言葉からクソガキって感じが滲み出ている。サキュバスなので俺が戦って勝てるわけもないし、彼女からすれば確かに俺はクソ雑魚ナメクジではあるな。
「サン、失礼なことを言うのはやめなさい。怒るわよ?」
「もしかしてリリス様この人間のことが好きなんですかぁ?」
「好きよ。当然じゃない」
「……マジですか?」
好きと言われたことに心臓が跳ねたが、それよりもやっぱりこのサンと呼ばれた女の子に見つめられているのでそっちに意識が向いてしまう。とはいえ、この子はちょっと他のサキュバスに比べて不思議な格好をしている。他のサキュバスはリリスを含めて大事な部分しか隠れていない際どい衣装だが、この子は左腕と右足を隠す服装をしているがそれ以外は他の子たちとほぼ一緒だ。
「私の手と足が気になるのぉ? ついでにおっぱいまで見てきてエッチだなぁ? ねえクソ雑魚ナメクジ――」
「サン?」
「ごめんなさい!!」
リリスのマジ声音にすぐさまこの子は頭を下げた。
ビクビクするようにリリスを見上げており、リリスはそんなサンの様子に小さく溜息を吐いた。
「そうやってすぐに後悔するくらいならやめておきなさい。ここではまだあなたの愛嬌として受け入れられているけれど、他所に行ったら相手の不興を買って攻撃されてもおかしくないわよ?」
「ぐぐぐ……っ」
しかし、このやり取りをリリスの胸を枕にして見つめている俺って何なんだろう。
そこでリリスが俺の肩に手を置き体を離した。
「ちょっと席を外すわね。サン、ノアの傍に居てちょうだい。くれぐれもスキルは使わないように」
「……分かってますぅ」
それだけ言ってリリスは言ってしまった。
相変わらず向こうでニアは寝ているけどサンは気づいてないみたいだ。リリスが退出した瞬間、さっきまで縮こまっていたサンは再び尊大な態度に早変わりした。
「人間、名前はノアって言うのぉ?」
「あぁ。よろしくサン?」
「軽々しく呼ばないでくれるかなぁ? ざあこ♪ ざあこ♪」
「すまん、ならサキュバスの子で」
「……長いから名前でいいよぉ」
「どっちやねん」
「やねん?」
ちょっとめんどくさい気がしないでもない……いやめんどくさい。
元の世界にある漫画に出てきそうな子だ。こういう子を何て言うんだっけか……メスガキ?
「メスガキって言わないでくれるぅ……あ、スキル使っちゃったつい」
「スキル?」
「何でもないもん!」
ニアとリリスはともかく、この子ちょっと鋭すぎないか? まるで俺の考えていることが分かっているような……あ、ドヤ顔してる。
「……………」
俺はちょっと確かめる意味も込めて、元の世界にあったドスケベすぎるとある作品を思い浮かべた。魔物と戦う忍のお話、感度を弄られて凄いことになると有名な作品だった。すると、サンの頬が一気に紅潮していき目を回し始めた。
「な、なんてドスケベなことを考えてるのこの人間は……えぇ? そんなこと出来るのだってそこは後ろの……きゅぅ」
あ、倒れそうだ。
俺は彼女が倒れこまないように体を支えた。その時、彼女が布で隠している左腕に手が当たったのだが……やけに固い。というか、これは腕でなく何だ? まるで体の中にある骨そのものに触れたみたいだ。
「……あ」
っと、そこで布が取れてしまいその秘密を俺は知ることになった。
彼女の肩から指先に掛けて全てが骨だった。普通の人間と同じ右腕とは全く違った姿をしていたのだ。
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