これは魔王様

「……なんだあれ」


 あれからニアと共に奥に進んでいくと、気味の悪い植物のような物が目の前に現れた。ドクドクと心臓の鼓動のようなものが聞こえ、青色の体のようなものが脈打っている。


「気持ち悪いわね」

「だな……」


 素直に言うと気持ち悪い。

 見てくれは巨大な植物だと分かるのに、どこか肉体を感じるその出で立ちが本当に気持ち悪かった。広間の侵入者を撃退するボスなんだろうけど、何だろうこの正気度を狂わせてくるような見た目は。


「もう少し近づくと動き出すのかしらね。ノア、私から離れないでね。何なら終わるまでまた抱きしめた方がいい?」

「……いや、大丈夫だ」


 確かにそうしてもらった方が楽なのは確かだ。

 でも戦うニアの姿を見届けたいって気持ちもあった。だから俺はアレを不気味に思う心に喝を入れるように、前を見据えてニアの傍に並んだ。


「……むぅ」


 ただ、どことなくニアに不満そうにされてしまったが。

 抱きしめないのならせめて手を繋ごう、そういわれて手を繋ぎ歩いていく。広間の中央に差し掛かったくらいで植物が動き始めた。


「……~~~~~~~♪♪」


 それはまるで歌声のような音だった。

 巨大な植物が体を揺らし、花弁の中からキーンとする高い音を放つ。どこに目があるのかも分からないが、あの植物が今俺たちを見据えていることは何となく理解できた。


「ここはまだ中層より少し奥くらい、もっと底に行くとどんな見た目のモノが存在しているのか気になるわね」

「……うへぇ」


 あれよりも強烈な見た目なのかと思ってつい想像してしまった。

 ゲンナリとした表情の俺を見て苦笑したニアは臨戦態勢に移行した植物に向かって手の平を向けた。


「本来なら宝を求める人間たちへの試練として用意された存在だろうけれどごめんなさい。私もノアに何かプレゼントをしたくてね、消えてちょうだい」


 植物の体を封じるように、無数の黒い鎖が体に巻き付いた。動きを止めた植物を囲むように何もない場所からこれまた黒い槍が無数に現れ、そのままハチの巣にするようにグサグサと突き刺さった。


「……ニアの魔法って全部かっこいいなぁ」

「そう? かっこよさと可憐さを併せ持った魔王ニアールとは私のことよ♪」


 だからそれは魔王とは……いや、ニアだからこそかな。

 歌うように体を揺らしていた植物は苦しそうな呻き声を発し、そのまま体が崩れるように消滅した。


「終わったわよ」

「お疲れ様」


 パチパチと手を叩くとニアは頬を染めて嬉しそうに笑った。

 魔王だというのにこういった仕草が本当に可愛いんだよなニアは。魔王として今まで幾度となく魔界で大きな戦果を上げて称えられただろうに、それでも俺の言葉一つに嬉しそうにしてくれた姿は二度目になるが本当に可愛かった。


「お待ちかねのお宝ね」


 ニアの視線の先には巨獣の巣窟と同じように台座があった。

 そこには一本の剣が突き刺さっていた。見るからに伝説の剣というか、とんでもない力を秘めているように俺の目には見えた。これはとんでもないものだと俺が思っている中、ニアはガッカリしたように肩を落としていた。


「そこそこの剣なのは分かるけど、ノアからしたら日常的に使える物が良かったでしょう? フィアが見つけた鞄みたいなのがどうしてないのよゴミダンジョン!!」

「あ……あはは」


 確かに俺は戦えないし、これは無用の長物になりそうだ。

 肩を落としたニアに近づき、その肩をトントンと叩いた。


「まあでも、やっぱりニアと冒険をしたって感じがして俺は楽しかったよ。ニアとの一緒の時間はやっぱり好きだね俺は」

「あ……ノアあああああああああああっ!!」


 ほとんどニアの規格外な力を見るだけの時間だったが、それでも目の前に繰り広げられる無双劇は見ていて気持ちが良かった。これが魔王の力、これぞ最強と言われる所以なんだなってマジでかっこよかった。


「でも、ニアからすればこれはそこそこの剣なんだな?」

「そうねぇ。勇者の聖剣には当然及ばないし、私からすれば少し頑丈でよく斬れるってくらいかしら。人間たちの中だととてつもない価値だとは思うけどね」


 なるほど、ニアからすればその程度の価値しかないのか。

 売ればかなりの金額にもなるし、戦いに使えばとてつもない力になるがそれはあくまで人間の中での話らしい。


「……う~ん……ふふ♪」


 っと、そこで何やらニアが悪戯を思いついたような顔になった。

 台座に刺さる剣を抜いたニアはそれを手にこんなことを口にするのだった。


「ちょっと悪戯をしましょうか。さっきも言ったけどこれは人間たちの中ではそれなりのお宝よ。ここまで来ることが出来る冒険者も限られてくる……さて、そんな階層のお宝をまだ上層で必死こいて戦っている人間たちの中に放り込んだらどうなると思う?」

「……どうなるんだ?」

「早速見てみましょう! きっと面白い光景になりそうだわ♪」


 魔王! これは魔王様だ!

 でも……俺も意地汚いと思われるかもしれないが是非とも見てみたい。本当に楽しそうに笑うニアと共に元来た道を戻っていく。そしてある程度歩いていると再び戦闘音が聞こえてきた。


「五十人規模でここまでしか来れないなら一人一人は大した存在じゃないわ。研鑽を積む意図もあるかもしれないけどその程度だわ」


 戦闘が起きていると思われる場所、そこはやっぱり多くの人たちが魔物と戦っていた。こうしてみると年齢の幅がかなりあるように見え、中には本当に幼く見える子供の姿もあった。


「……やっぱり大した人間は居なさそうね。ま、当然だけど」


 隣でニアが小さく呟いた。

 勇者パーティが壊滅した今、その気になったニアを止められる存在は居ないらしいから期待していた部分もあったのかもしれない。


「ま、今となってはもっと楽しい時間を過ごしているからどうでもいいわ。ノアが居てくれるもの、夜寝るときに早く明日になってノアに会いたいなって思ってしまうくらいだから♪」

「……それは俺もかな」

「ふふ♪」


 小さく呟いたつもりだったが聞こえてたらしい……。

 さて、そんな風にニアと待っていると戦いは終わったみたいだ。魔物の攻勢が一旦止まり、冒険者たちは一休みをするようにその場に腰を下ろしていた。


「さてと、それじゃあフィーバータイムをプレゼントと行こうかしら」


 ニアは手に持っていた剣をフロアの真ん中に突き刺さるように放り投げた。

 綺麗な放物線を描き中央に突き刺さった剣にびっくりした様子で冒険者たちが目を向け……そして。


「お、俺が見つけたんだ!!」

「私よ!!」

「何言ってやがる!!」

「こら暴れるな!!」

「うるせええええ!!」

「うるさいわよ!!」


 ……あ~。

 まあそうなるよねって感じの絵面になった。


「フフフ、欲望に素直な姿は嫌いじゃないわ。もしかしたらあの剣を取り合って殺し合いにでも発展するんじゃない? これよこれ、この混沌が好きなのよぉ♪」


 ……魔王だ完全に魔王の顔になっている。

 それからしばらくしてニアと共にダンジョンから地上に出た。あの騒ぎがどんな決着になるかは分からないが、まあ欲望に忠実な姿は老若男女関係ないんだなと一つ勉強になった。

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