海魔の神殿

「……面倒ね」


 俺の隣でニアがそう呟いた。

 以前にニアが言ったように、俺たちは巨獣の巣窟以上と言われているダンジョンの入り口が見える場所までやってきていた。


 海魔の神殿、そう言われているダンジョンらしい。

 ここも巨獣の巣窟と同じように王都の近くではあるのだが、少しだけ海が見える位置に存在しているダンジョンだ。


「……めっちゃ雰囲気のある場所だな」


 海魔という言葉が示すように深い青色が目立つ門構えだった。前の巨獣の巣窟は洞窟に入る形だったが、この場所は完全にザ・神殿って感じの出で立ちだ。


「それに……団体様?」

「そうね。これからあの大人数で攻略するつもりなんでしょう」


 ニアが先ほど面倒と言った意味はその団体さんにあった。

 数にして……そうだな、おそらくは五十人くらいは居るかもしれない。高難度のダンジョンだからこそ、その奥に眠る宝に夢を見る冒険者が多いってことだ。あれだけ人が居ると二人であそこに行っても目立ってしまうからだろう。


「ダンジョンに眠る宝を求めて……か。夢があるなぁ」

「ふふ、生の少ない人間だからこそ夢を見るのでしょうね。さてと、彼らが中に入ったら私たちも進みましょうか。そうすれば目立たないでしょうし」

「分かった」


 巨獣の巣窟も内部はかなり広かったし、ここはもしかしたらそれと同等かそれ以上はあるかもしれない。フィアが取ってきたくれた鞄もあれは最奥ではなく、更に向こう側があるみたいだし。


「彼らが居なくなるまでイチャイチャしてましょうか」

「え――」


 次の瞬間、いつものようにニアに抱きしめられていた。

 ニアもリリスもそうだけど何故か胸元に抱きしめるのが好きらしく、ずっとこうしているせいかこれが我が故郷と言わんばかりに落ち着くようになってしまった。


「気持ち良いでしょ?」

「……あい」

「ふふ♪ ちょっと動くだけで揺れて鬱陶しかったけど、きっと私の胸が大きくなったのはノアのためなのね♪」

「……っ」


 だからそういうことを言わないでくれってば心臓に悪いから!

 ……でも、やっぱり落ち着くんだよな。魔王だからこそ絶対の安心感があるのかは分からないけど、全てを包み込んでくれる慈愛があるのは確かで……あれ、ニアの方が女神なんじゃないか?


「みんな中に行ったわね。それじゃあ行きましょうか」


 気づいたら入り口には誰も居なかった。

 ニアに連れられるように神殿の入り口に向かい、俺たちも中に足を踏み入れるのだった。


 洞窟みたいな穴という感じではなく、レンガを敷き詰めて不気味な模様を描いたような壁がずっと続いている。


「不気味だし寒いな」


 不気味なのは当然だけど何より肌寒かった。

 我慢できないほどではないのだが、露出の多いドレスを着ているニアが心配になるくらいには冷たい。まあニアの表情を見ても普通そうだし、流石魔王様この程度の寒さはへっちゃららしい。


 ニアに腕を抱かれ、それこそ元の世界で見たカップルのように俺たちは高難度ダンジョンを進んでいく。以前にリリスが使っていたシャドーという気配を消す魔法だがそれも使ってとにかく静かに奥に進んでいった。


 すると、たくさんの戦闘音のようなものが聞こえてきた。


「やり合ってるわねえ。単純に魔物と遭遇したか、それともトラップを踏んだかは分からないけど」

「やっぱりそういうのもあるんだな」

「あれだけ大人数なら時間は掛かっても大して苦戦はしないはずよ」


 なるほど、分からないことだらけだしニアの話は本当に勉強になる。

 あぁそうそう、ちなみにこの世界には魔法によって属性が分かれているらしい。RPGのゲームなどで馴染みがあったからすんなりと入ってきたが、ニアとリリスが使うシャドーという魔法は闇属性らしく人間は使えないとのことだ。


「光魔法の聖なる光で魔物を遠ざけるモノはあるけれど、結局それは使用者の力量によって遮れる範囲は決まってくるの。シャドーも自分より強い存在には見破られるけど大丈夫。私は魔王だから♪」

「おぉ……流石魔王様」

「うふふ~♪ もっと褒めてもいいのよこのこの♪」


 でもあれだな。

 こうして俺とニアはそーっと進むことが出来るけど他の人たちは必死に戦っているわけだ。なんか反則って気がしないでもないけど、俺の隣に居るのは魔王様だからまあいいっか。


「けどこうしてコソコソするのは好きじゃないのよね。前の時みたいに向かってくる奴は正面から消し飛ばす方が性に合ってるもの」

「あ、だからあの時は使わなかったの?」

「えぇ。魔王だから残忍な部分も少しはあってね。自分の魔法で敵の体が音を立ててバラバラになる瞬間はちょっと気持ちいいわ」

「……おぉ魔王様」


 さっきと同じ反応をしたけどニアはさっと俺の方に顔を向けた。


「でもね、趣味とかそういうんじゃないのよ? 別に戦わないとスッキリしない戦闘狂でもないし、どっちかっていうと静かな方が好きでもある。だからノア、勘違いしないでね!」

「えっと……大丈夫。別に怖いとは思ってないし、逆に魔王って感じでその肩書に似合ってるなって思ったくらいだから」


 というか、ニアみたいな美女が敵を殺してニヤリと笑うのを想像するとこれぞラスボスって感じがしてかっこいいんだが。この世界の人からすると地獄みたいな光景だろうけど。


「それならもっと残酷になろうかしら♪」

「……優しいニアのままでいておくれ」

「分かったわ。優しく慈悲深い、ホワイトな魔界の魔王様になるわ♪」


 それは果たして魔王と呼ぶのだろうか……。

 それから俺とニアはまるでピクニックをするかのように気楽に話をしながらダンジョンを進んでいく。奥に行けば行くほど戦いによって出来た傷も少なくなっており、あまり人がここまで来ないことが窺えた。


「……それにしても気持ち悪い魔物が増えたなぁ」


 深海をイメージさせるようななんとも気持ち悪い姿の魔物が多い。

 全身海藻みたいなものが生えている人型も居れば、だらんと長い舌を垂らす一つ目の浮遊する魔物であったり……本当に気持ち悪かった。


「そうねぇ。それじゃあお掃除のために暴れようかしら」


 ニアがそう言った瞬間シャドーの魔法が切れ、俺たちの姿が晒された。

 その瞬間、あたりをうろついていた無数の気持ち悪い魔物たちが一斉にこちら側向かってきた。


「人間たちは魔法もそうだけど、剣や弓矢なんかを使って形を残して殺すわ。でも私たちは素材になんか興味はないし、ノアが気持ち悪いって言ったから素材になる未来すらなく消滅してちょうだい」


 ダンジョンの奥の魔物から取れる素材ほど高価なものらしいが、そんなことは知らんと言わんばかりにニアは次々から次へと魔法によって魔物たちを消滅させていく。

 あっという間に近くに居た魔物たちは消え失せ、俺とニアだけしかその場には残らなかった。


「はい、おしまい」

「おぉ!」


 思わずパチパチと手を叩いた。

 取り敢えず、この光景を見て思ったことがあるから言わせてほしい。


 魔王様すげえ……。

 何度目か分からないがそう思うのだった。

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